柊夜と下校

 薄暗い街灯と、登り始めた月の光が夜道を照らす。

 真っ暗ーーーとはいかないが、それでも今歩いているこの道はほとんど前が見えにくい。

 行き交うお店もあるわけでもなく、住宅が入り交じっているだけ。

 少しくらい家の明かりがついていてもいいのでは? と疑問に思ったが、生憎と視界の範囲には住んでいるであろう生活の光が見えない。


 だからこそ不気味。

 俺達もその不気味さに怯え、テンションが低くーーーー


「ふふっ、初めての下校ですね♪」


「そうっすね……」


 ーーーーなっていなかった。

 どちらかと言うと柊夜は若干浮かれているし、俺に至っては彼女のスキンシップにドキドキしてる。


 現在、柊夜と共に下校中。

 神楽坂には「遅くなったから、柊夜を送って帰る」とラオンで伝え、「分かった!今日は麻耶先輩家でご飯食べるから!気をつけて帰ってね♪」という返事が帰ってきた。

 自分で作って食べるという選択肢がないのが若干悲しいが、塩酸を勝手に使われないだけマシと言えるだろう。


 訳あって一緒に住んでいる神楽坂は料理ができない。

 なので、一人で家にいさせるのは不安だったが、幼なじみの麻耶ねぇの家に行くなら安心だ。帰りに麻耶ねぇの家に行こう。


「今思いますけど、望さんの手は意外と大きいのですね……」


 にぎにぎ。

 柊夜は俺の手の感触を何度も確かめるように握ってくる。


 ……うぉぅ 。

 案外、女の子の手って柔らかいんだなぁ……。


 先程までの羞恥心はどこに行ったのか?

 俺も柊夜の手の感触が新鮮で何度も確かめてしまう。


「しかし、この手の繋ぎ方はいささか不満があります」


「ふむ、不満というのは一体どういうことでしょう?」


 手を繋いで帰っている柊夜が不満げに愚痴を零す。


「いえ、こんな握手みたいな手の握り方に不満があるというのです。もっとこう……恋人らしいといいますか……」


 すると、柊夜は顔を赤くして体をモジモジさせる。


 ……なるほど、彼女はこんな握手みたいな繋ぎ方ではなく、恋人繋ぎがご所望というわけか。

 しかし、何故俺の彼女はここで恥ずかしがるのか?

 腕に抱きついてきた時はあんなに堂々としていたのに。


「ほれ、これでいいか?」


 俺はそんな柊夜の手の握りを変え、無理矢理恋人繋ぎ変えた。

 すると、柊夜は一瞬だけ肩を震わせたが、すぐさま落ち着きを取り戻し、何度も俺の手をにぎにぎする。


「……望さん、慣れてませんか?」


「……そんなことないっす」


 怪訝そうな顔をする柊夜から思わず顔を逸らしてしまう。

 ……いえね?一回だけ神楽坂とデートした時に手を握ったんですよ?


 だからこの繋ぎ方は少しだけ経験があるだけなんです……本当です。


「……まぁ、いいです。これからは私の特権なのですから♪」


 ……おっと、今度から麻耶ねぇと神楽坂に要求されてもお断りしないといけなくなった。

 まぁ、いいんだけどね。


「それで?今日は柊夜の親父さんは帰ってくるのか?」


「あら?いきなり結婚前のご挨拶ですか?……私はやぶさかではありませんし、結婚できる年齢なのですが……」


「誰が結婚前の挨拶をするって言ったよ?」


 話を飛躍させすぎだ馬鹿野郎。

 どうして学校帰りに「娘さんください!おなしゃす!」って言いに行かんといかんのだ。

 時と場合が違いすぎるだろ。


「……そうですか」


 すると、柊夜がシュンとうなだれる。

 ……いや、そんなあからさまに落ち込まなくてもさ?


 別にしないって言ってる訳じゃなくてさ、早すぎるって言う話で……。


「……俺が社会人になって、お前を幸せにできる準備が出来たら……その……挨拶に行くから」


 そんな柊夜の姿を見て、俺は顔を逸らしながら口にする。

 今は高校生だしな……もうちょっとだけ待って欲しいというかーーーーまぁ、こいつが俺に愛想つかされたら意味がないけどさ。


「わ、分かりました……っ!お、お待ちしておりますね……」


「お、おう……悪いな」


「……」


「……」


 お互い顔を赤くし、気まずい沈黙が二人の間に充満する。


 ……やっべ、すごい恥ずかしいんですけど?

 これって、遠回しのプロポーズじゃね?高校生なのに、プロポーズしちゃったよ俺?


 柊夜も柊夜でめちゃくちゃ顔を赤くしてるし……もう嫌、この空気!

 この作品はコメディなの!こんな甘々な展開をする作品じゃないの!


 分かった作者!?

 顔を赤くしている柊夜も好きなんだけどさ?俺的には砂糖過剰摂取は苦手なんだよ!


「そ、それで!?柊夜の親父は帰ってくるのか!?」


「え、えぇ!今日は家に帰ってくるというお話でしたよ!」


「な、なら良かったな!」


「そ、そうですね!」


「……」


「……」


 話を続けるも、再び沈黙に入ってしまう。

 お互いに視線を逸らし、前こそ向いているものの、相手の顔は見ない。

 理由は恥ずかしいから。そんなことは分かってる。分かってるんだが……。



 俺達は、その問題を解決しようとはしなかった。

 会話もないまま、柊夜の家を目指して帰路を歩いていく。


(これが付き合うってことなのかね……?)


 なんとも前途多難なことよの……?


 そう思いつつ、正直な話そこまでこの沈黙は嫌いじゃなかった。


 だからなのか、俺達は未だに互いの熱を確かめ合うように手を握ったままだった。


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