第八話 いってきます

 家族に見送られて葵が村を出たのは、翌日の朝だった。

 その場には、千歳の父母もいた。何故知っているのかと驚いたが、松葉が早朝のうちに知らせたのだと教えてくれた。

「葵ちゃん、千歳を探しに行くんだと聞いたよ」

 千歳の父・二藍ふたあいが眉を八の字にして言った。その傍らで、妻のはなだが膝を折る。そっと葵の顔を両手で包み込んだ。

「気を付けて、いってらっしゃい。あなたと千歳がきっと共に戻ってくれると信じていますよ」

「はい。必ず」

 葵の背には、旅に必要だろうと松葉と藤、朱華が揃えたものが背負われていた。布に包まれ、結び目を胸の前に回している。中には数日分の食べ物と薬草、服の換えなどが入っている。

 服装はといえば、普段とそれ程変わりはない。防人として旅立つ男たちと同様、少し足下を強くするために分厚い布をあてる程度だ。

 二藍と縹が葵から離れると、松葉と藤、それに朱華が進み出る。松葉は、娘の頭をぐりぐりと乱暴に撫でた。

「葵、怪我するなよ」

「はい」

「……お前は独りではない。忘れるな」

 乱れた葵の髪を整え、松葉は寂しげに微笑んだ。葵は父に抱きつき、笑みを浮かべて「いってきます」と挨拶をした。

 次いで葵の前に出た藤は、妹に一枚の紙を手渡した。貴重品の紙を兄が持っていたことは驚きだったが、その紙に書かれている内容は葵をより驚かせた。

「これ、地図?」

「そう。とはいえ、それほど詳しいものじゃない。この辺りの地形を書き記したものだ。都までの道のりは、残念ながら載っていない。それでも何かの足しにはなるだろう」

 藤は地図の一点を指差した。そこには大きな二股の道が描かれている。「梓さんの言っていた道はこれだ」と言う。

「そこまで行けば、あとは道なりに進めばいいはずだ。頑張れよ」

「うん。ありがとう、兄上」

 藤と笑い合い、葵は地図を荷物の中に仕舞った。村を出てからもう一度取り出すつもりだが。

 最後に、目に一杯涙をためた朱華が無言で葵に抱きついた。

「ちょ……朱華?」

「寂しいよ、葵。……千歳と絶対に帰って来てよね? じゃないと、許さない」

「……うん」

 朱華の背に腕を回し、葵はしっかりと頷いた。ぽんぽんと朱華の背中をたたいてやると、彼女は恥ずかしそうに手を離した。

 葵は皆から一歩下がり、自分を見送るために集まってくれた面々を見回した。松葉、藤、朱華。そして二藍と縹。ここに亡き母がいれば、と心の隅で思ったのは秘密だ。「じゃあ、行ってきます!」

 葵は明るくそう言うと、踵を返した。その視界が歪んでいることには、気付かないふりをする。

 日の光が、葵の行く道を白く照らしている。

 村から離れて松葉たちの姿が見えなくなってから、葵は一度振り返った。見慣れた建物は、もう見えない。振り返って続くのは、見たことのないような大きさの木々や未踏の道。

 ごくり、とつばを飲み込んだ。両手で目をこすり、視界を明瞭にする。

「……千歳、必ずあなたを探し出す」

 たった一つの決意だけを胸に、葵は一人で歩き出した。

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