音を頼りに⑤




少年は何かを喋っている。 複雑そうな顔をしたり、笑ったり表情が忙しかった。 

先程の気持ち悪い二人組ではないことに安堵したが、何を言っているのか分からない他人なんて、夏々にとって恐怖の対象でしかない。 

ただずっと話しているのを見るに、それまでも話しかけてきていたのかもしれなかった。


―――・・・何?


何か用事があるのかもしれないが、できれば人とは関わりたくないため何も言わずにここから立ち去ることにした。 そうすれば諦めてどこかへ行くと思ったのだが、まだ後を付いてくる気配がある。


―――まだ何かを言ってる・・・。

―――でも、携帯がないから無理だよ。


もしかしたら、また自分をからかっているのかもしれない。 そう思うと再度怖くなった。 だけど、それももう限界。 結構な距離を付いてくるためしつこく感じ、仕舞いには怒鳴ってしまった。


「付いてこないで! 私のことは放っておいて!」


―ドンッ。


振り返りながらそう言ったため、偶然すれ違った人と衝突してしまう。 ぶつかったのは大人の男性で、どうやら持っていた飲み物を衝撃でこぼしてしまったようだ。


「ご、ごめんなさい!」


慌てて頭を下げ謝った。 だが顔を上げてみると、彼は酷く怒っている。


「え、っと・・・」


飲み物をこぼしてしまい怒っているのは分かるのだが、彼が何を喋っているのかは分からなかった。 新しい飲み物を弁償したいが、お金を今は持っていない。 全て博登に任せていたためだ。 

困っていると、先程の少年が二人の間に入ってくる。 目の前に立たれたため、何を話しているのかは分からない。 だがいくらか言葉を交わすと、大人の男性は複雑そうな顔をしてこの場を去っていった。


「あ、ありがとう・・・」


助けてくれた少年に礼を言う。 振り返って夏々と向き合った少年は、また凄い勢いで喋り出した。 夏々は極力“耳が聞こえない”ということを人に言いたくはなかった。 相手に悟られない限りは。

正直これ以上関わりたくなかったのだが、助けてくれたのは事実だ。 その親切を、無下にすることはできない。


「さっきは怒鳴ってごめんなさい。 でも、これ以上は・・・」


困り顔で少年のことを見つめていると、彼は自分の耳に手を添えた。 そしてそのまま、両手で×を作る。 “耳が聞こえないの?”と言っているのだろう。 夏々は観念するよう軽く頷いた。 

少年は肩を叩くと、大きな口を開けて指を差す。


『ま い ご?』


と、言っているのだと分かった。 確かに今の自分の状態を適切に表す単語は“迷子”だろう。 それに頷くと彼は夏々の腕を引っ張り、どこかへ連れていこうとした。


「ッ、どこへ行くの!?」


少年は数十メートル先にいるスタッフを指差した。 スタッフに私を預けてしまおうということなのだろう。


「駄目! 行けない!」


手を振り払い、その場で立ち止まる。 少年は困った顔をしてこちらを見ていた。 彼は自分を指差し“僕が事情を話すよ”とジェスチャーで伝えてくる。 それに首を横に振った。


「たくさんの大人がいる中で、私を一人にする気なんでしょ!? そんなの嫌! 他人は信じられない」

「・・・」

「・・・」


黙っていると、彼は自分も迷子だとジェスチャーと口の動きで伝えてきた。 同じ境遇だと言いたいのだろう。


「だったら、貴方こそスタッフさんのところへ行ったら?」

『無理無理無理無理!』


聞こえはしないが、雰囲気とぶんぶんと横に振る手ぶりで分かった。 その後、慌てて色々話していたがそれは聞こえない。 少年は落ち着きを取り戻すと、今度はゆっくりと口を動かした。


『だ れ と き た の?』

「・・・従兄のお兄ちゃん」


これ以降は、夏々に伝わるようゆっくりと口の動きを見せてくれた。 


『じゃあ俺も、捜すの手伝ってあげる』

「ううん。 君のことも、信じることができないから」

『どうして?』

「・・・小さい頃、耳が聞こえないっていう理由でいじめられたことがあるの。 だから、知らない人を簡単には信じることができない」

『じゃあ、知っている人になればいいよ。 俺の名前は“まさき” こう書くんだ』


言いながら、手の平に名前を書いた。 確かにこれなら、口だけよりかは分かりやすい。 まだ信用できるというわけではなかったが、相手が名乗ったのだから自分も名乗るべきかと考え名前を教えた。

お互いに名前を知っていれば知り合い、というわけではないが、幾分か心に余裕が生まれていた。



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