音を頼りに③




13時過ぎ。 もう少し我慢しようと思ったのだが、漂ってくる美味しそうな匂いに空腹の限界が訪れた。


「お兄ちゃん。 お腹が空いた」

『じゃあ、そろそろお昼ご飯にしようか』


マップをよく見えるよう広げてくれたのは“好きなお店を選んでいい”と言っているのだろう。 正直な話、簡易な写真は載っているがあまりピンとこない。 加えて、なるべく早く遊ぶのを再開したかった。


「じゃあ、ここにする!」


というわけで選んだのは、ファストフード店。 酔いやすい夏々にとって、食べ過ぎなくて済む店の方がよかったこともある。 

それにテーマパークのファストフードは外の店とは違って、楽しめるよう作られているのだ。 


混み入った店内の列に並んでいると、メニューを渡された。

 

「私、これにする! お兄ちゃんは?」


選んだのはサンドウィッチ。 パンに、先程写真を撮ったキャラクターのシルエットが見えて即決だ。


『夏々がそれにするなら、僕も同じものにしようかな』


博登はそう言うと、店内を見渡した。


『凄く混んでいるから、スムーズにいけるよう分担しようか。 僕が並んで買っておくから、夏々は空いている席を取っておいてくれる?』


今日初めての分担作業だった。 普段から博登は、夏々が“自分のことは自分でできるように”と気を配っている。 

いつでも自分が手を貸せるわけではないし、耳が聞こえないのは知らない人から見ると非常に分かりにくい。 この騒音の温床とでもいうべき場所で、夏々は無音。 

周りからのシグナルを一切聞き取れないのだから。


「分かった!」


夏々は元気よく返事をすると、とことこと歩き出した。 誰かに話しかけることは無理だが、空いてそうな席を見れば座ってみて、誰かに話しかけられないかなどと試している。

それを博登は、列に並びながらじっと見守っていた。


―――よし、ここにしよう!


夏々は席を確保するため、持っていた小さな鞄を置いた。 席を立ったのは、テーブルを片付けるためだ。 ゴミや食器は片付けられていたが、ジュースのような液体がこぼれていた。

それを綺麗にしているうちに、博登がトレーを二つ持ってやってくる。


『ちゃんと綺麗にしてくれるところ、見ていたよ。 ありがとう』


優しく語りかけてくれる博登の声が聞きたかった。 だが、それは無理だと分かっている。


『コーヒーに入れる砂糖を取り忘れてしまった』


だから更に褒めてもらうため、夏々はその言葉に気合を入れて立ち上がる。


「私、取ってきてあげる!」

『ありがとう』


戻ってくると、博登は頭を撫でてくれた。 狙い通りであるため、余計にそれが嬉しかった。


「ふふ」

『どうしたの?』

「来てよかったなーって」

『・・・僕もそう思うよ』


本当に楽しかった。 二人きりで遊びに来るのもそうだし、久しぶりのテーマパークであることもそう。


「このオレンジジュース、変わった味がするね!」

『そうなの? テーマパークだから、普通とは味を変えているのかもしれないね』

「ふーん」


野菜と照り焼きチキンがいっぱいのサンドウィッチにかぶりついていると、ジュースの違和感も消えていった。 慣れというものなのかもしれない。


昼食を終え片付けも終えると、二人は休憩がてら午後の予定を考える。


『まずはどこへ行きたい?』

「えっとねー、あれ!」


指差したのはコーヒーカップ。 ゆったりとはしているが、食後に回転系はキツい。 夏々は酔いやすいため尚更だ。


『流石に、食後は止めておこう』

「じゃあ、ボートに乗りたい! 白鳥のヤツ!」


次のアトラクションは決定したのだが、やはりまだ小学生で聴覚がないので疲労の蓄積も激しい。 歩いているうちに脱力感を感じたが、次はゆったりボートに乗るだけのためそこまで我慢しようと歩いた。

白鳥ボートに乗ると、博登が操縦してくれるから夏々は安心して身体を預けることができる。 水面を撫でる風が、肌をひんやり冷やし気持ちがいい。

水の音も聞こえたらなおいいが、飛沫を眺めているだけで身体をリラックスさせることができた。


「お兄ちゃん、私、凄く眠いかも」


博登は手話で何かを言っているが、瞼がとろんと落ち何を言っているのか分からなかった。 だが、別に構わない。

博登は自分を池に捨てるようなことはするはずないし、安心して任せていればいいのだから。


「おやすみなさい」


夏々はそう言うと、夢の世界へ旅立っていった。



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