音を頼りに②




夏々は自分が迷子になる可能性は低いと思っていた。 今までも迷子になったことがないという事実があるし、最大の理由は自分が耳が聞こえないというのが逆に幸いしている。

雑音は聞こえず、鈴の音だけが聞こえるのだ。 余程不注意でなければ、はぐれる可能性は少ない。


―――でも、もし、鈴の音がお兄ちゃん以外から聞こえたら・・・。


今までそういったことはないが、全くないとは言い切れない。 ただ現実に聴覚がない故に、博登や家族が付けている鈴の音は通常よりも鋭く聞き取れている。 

限定的な能力の進化なのか、視力がない人間の聴力が高まるような現象が起こっているのは事実だ。


そんなこんなでテーマパークへ辿り着いた二人は、先ず入場券を買い中へと入った。 初めての場所ではないが、気軽に遊びにこれない夏々からしてみれば新鮮な感じがする。 

それはいくつになっても変わらなかった。


「きゃっほーう! きたきたきたー!」

『凄いはしゃぎ様だな』


そう言って博登は笑う。 何かを呟き、そして夏々の頭を撫でた。


「お兄ちゃん・・・?」

『よーし! それじゃあ、たくさん遊ぶぞ。 夏々はどれから乗りたいんだ?』

「・・・? あ、うん! あれ! あれがいい! ジェットコースター!」


夏々は博登の腕を引きながら言う。


『いいけど、最初だから軽めのものにしたら?』

「ジェットコースターでいいの!」


休日の今日は、人が多いためアトラクションの待ち時間が長い。 聴覚がない夏々は見聞きして楽しむアトラクションよりも、実際に身体が動く乗り物の方が楽しかった。 

ただ博登の提案も、乗り物酔いしやすい夏々を思ってのことだ。 向かっている途中、壇上のような場所でパフォーマンスが行われていた。

簡易なコンサートとキャラクターショーのようなもので、観客からは歓声が上がっている。


―――みんな、揃っていて綺麗。

―――・・・音楽が聴こえたら、きっともっと楽しいんだろうな。


事故以前は音楽を聴くのも、歌を歌うのも好きだった。 だが今ではそれはなくなってしまった。 何となく歌うことはできる。 だがそれは、逆に心に虚しさを呼ぶだけだった。


『見ていく?』

「ううん、別にいい」


もちろん見るだけでも十分に楽しめるのは事実だ。 どんな曲が流れているのか予想することもできるし、何を話しているのか想像する楽しみ方もある。

今はジェットコースターに乗りたいと思っていたのだが、流石はテーマパーク。 興味を引くものがたくさんあった。


「あ、お兄ちゃん! その前に私、あそこへ行きたい!」


指差したのは、キャラクターの着ぐるみと一緒に記念撮影をする順番待ち。 二人は列の最後に並び、順番を待つ。


―――どうしてマスコットは、何も言葉を喋らないのにこんなに多くの人から愛されるんだろう。


中に人が入っていることは知っている。 だから喋ろうと思えば喋れるのだが、以前耳が聞こえる時にも全く話していなかったのを思い出した。


―――私が住んでいる世界とは違う。

―――誰もがみんな、私のような人に優しくなんかしてくれない。

―――聞こえないと分かると、面倒臭がったり、無視されたと勘違いして怒ったりするんだもん。


彼らは言葉を喋らなくても、動きで感情を伝えている。 表情も一切変わらないのに、子供たちは頭を撫でられ喜んでいた。


―――私は喋れるし、手話もできるのに、感情を伝えるのが下手っぴだ。


少ししょんぼりしているうちに、順番が来て写真を撮った。


「ありがとう! 大切にするね!」


夏々は笑顔でそう言った。 もちろん楽しくて嬉しかったから笑っただけだが、夏々にとっては意思疎通の手段の一種と、客観的に思ってしまうことがある。


―――聴力がない人は喋れない人もたくさんいるから、私はよかった方なのかな。


相手に礼を言うだけなら、これだけで十分だ。 夏々はもらった写真を大事に携帯カバーの中へしまった。 いつも家にいる時は読書ばかりをしている。 

テレビを見たり友達と話をしたりしたいのだが、それはあまり楽しめなかった。 毎日がつまらない。 だから夏々は、この日を楽しみにしていたのだ。



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