最後の人
とある日のこと。小さな湖が見える民家の縁側に、その少女はいた。
「こんにちは。お邪魔してるよ」
その民家に住んでいるぼくは、その少女に初めて会った。なのに、初めてではないと感じるような、懐かしさがあった。
「ほら、そんなところに突っ立ってないで、こっちに来て一緒に話そう」
少女はぼくに向かってゆっくりと手招きをして、縁側の自身の隣をとんとんと叩いた。訝しむこともなく、気づいたときにはぼくはその少女の隣に座っていた。
「あそこに、小さな湖があるだろう?」
少女は大人びた雰囲気と言葉使いで、ポツポツと話し始めた。
「あの湖は、随分と昔からあったらしくてね。よくいろんな子供が遊びに来ていたそうだ」
懐かしむような目で、少女は湖を眺めながらそんなことを言う。
「私の家族からは、よくいろんな話を聞いたよ」
少女いわく、少女の親族があの湖を管理しているらしかった。
「しょうもないいたずらをする少年、バカみたいに楽しそうに遊ぶ少女、何でもかんでもねだる青年、男をたぶらかす中学生程度の少女。いろんな人がいたって」
クスクスと、少女はくすぐられたかのように、笑う。ふと、頬を冷たい風が通り過ぎていった。
「私の親族も、あの湖で出会う人たちが多かったんだ」
くすぐられた笑いの名残を残した表情で、寂しげに目線をこちらに向けてくる。
「時間の流れというのはあまりにも残酷だね」
年々、この縁側から見える湖周辺から、人が少しずついなくなっているらしい。これについては、今は亡き祖父が嘆いていた。
「住む人は少なくなって、遊びに来る人はいなくなって」
遠くを見る少女の目は、湖よりも上の、都会がある方に向けられていた。
「今はもう、君が住んでいるこの家しか、ここには残っていないんだ」
消えてしまいそうな声でつぶやいて、少女は軽く手を叩く。ふわりと頬を撫でる程度の冷たい風が、また通り過ぎていく。
「また、ここに来てもいいかい?」
少女は寂しげな声でそう言って、寂しげな目線でこちらに訴えかけてくる。しかし、
「……そうか、もう、この家は取り壊されるんだね」
もう、古いから。誰も、住んでいないから。家を取り壊して、都会の方に引っ越す。
「寂しくなるね」
少女は一筋の涙を流し、ニコリと微笑んでこういった。
「さようなら、最後の人」
ぼくが瞬きをした瞬間、大きな風が通り過ぎていったのと同時に、少女の姿はどこにもなくなっていた。
あとから聞いた話だと、湖を管理している人は、とっくの昔にどこかに行ってしまったらしかった。湖を管理している親族の少女と話したといっても、そんなことできるはずないだろうと一蹴された。
少女は、誰だったんだろう。何者だったのだろう。今となっては、わからない。
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