掌編5 翔び立った日
残暑は消え、紅葉が目立つようになった秋の最中。つい先日まで生きていた青年は、自らその命を絶った。
その青年が使っていた机には、一羽の鳥が入った鳥かごが置かれている。
その鳥は見知った存在がいないことに何ら疑問を抱くことなく、今日も悠々と生きている。
青年は、その鳥によくこう漏らしていた。
「どうしてこの世の中はこうも生きづらいんだろうな」
鳥には何を言っているのか、一切理解できなかっただろうし、興味を示すこともなかったことだろう。
青年は自ら命を絶った。学校の屋上から飛び降りての自殺だそうだ。遺書なんてものは当然のようにあるわけもなく。
家庭にも学校にも居場所がなかったその青年は、その鳥に対してだけは本音を吐き出していた。
「お前みたいに、鳥かごの中に閉じ込められた鳥みたいだよ俺は」
そうつぶやくこともしばしばあったようで。それと同時に、
「お前ら鳥みたいに、自由に空を羽ばたいてみたいよ」
と吐き出すこともあったようだ。
青年は様々な点で制限がかかった生き方を強要されてきた。親に歯向かえば外に出され、同級生、下級生、上級生に歯向かえば返り討ちにあった。
そんな青年の唯一の娯楽といえば、弟に押し付けられた鳥の飼育くらいのもので。だからこそ必然的に、その鳥に吐き出すほかなかったのだろう。
青年が自ら命を絶った日。いつものように青年は家族と一切の会話を交わすことなくただ罵倒されてから家を出た。同級生にはいつものようにいじりと称したいじめを受けた。ただその日に関して言えば、青年は不気味なほどに笑顔だったそうだ。
その日の放課後、青年は学校の屋上から飛び降りて、自ら命を絶った。まるで鳥のように。
青年は、机の上の鳥に、自分を重ねていたのだろう。最後に、青年は鳥かごのように制限された世界から、鳥のように空を羽ばたいて解放された。
机の上の鳥かごの扉は、ロックが外され開け放たれたいる。そして今、
その鳥は、鳥かごから飛び出して、空へと翔けていった。
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