掌編3 愛すべき日常、気まぐれな黒猫
「あああああああ」
黒猫が通ったドアが真っ二つに割れる。
「お前なぁいい加減にしてくれよぉ」
「にゃあ?」
朝の仕事が終わって帰ってきたらこれだ。
「たく……」
猫特有の可愛さとでも言うのか、どうしてかとても愛らしいのだ。なのに、この黒猫ときたら……
「どうして毎回毎回お前が通るたんびになにか壊れるんだ?」
どうしてかものが壊れていくのだ。例のごとく、目の前の扉なんかは何回壊れたか数しれず。
「にしたって真っ二つってそりゃないわ」
今まであったとしてもせいぜい金具が弾け飛ぶだとかだから、まだ修理できたのに。
どうしてこんな黒猫が家に上がり込むようになったかといえば、毎朝帰ってきたら黒猫がいて、放っておくのもなんだから毎日餌を上げてたらいつの間にか家にまで上がるようになってしまったのだ。その黒猫が通るたびに壊れるなんてことを知らずに。
「にゃあああ」
「ん? ああ、朝食か」
この黒猫がこうやって高らかに叫ぶときは、たいてい「腹減ったからとっととメシ出せ」だ。
朝食を出さないと、すごい荒ぶるからとっとと準備しないといけない。
「よいよいよいっと」
靴を脱いで一本道の廊下を歩き、黒猫が引っ掻いている台所への扉を開ける。
扉を開けるとすぐに黒猫が入り込む。するといつもどおり扉にピシっと傷が入った。
「ほれ、猫缶だ」
座卓の上に置かれた猫缶を開け、黒猫の前に差し出す。
それと同時に黒猫は猫缶をがっつき始める。
「ああ、俺もなんか食うか」
毎日毎日、黒猫に猫缶を捧げ、黒猫が猫缶にがっついているのと同時に俺は朝食をとる。
「んー、食パンでいいか」
冷蔵庫を開き、残り一枚となっている食パンを袋ごと引っ張り出して、座卓そばのソファへと向かう。その過程で黒猫をじっとみつめてみる。
「……やっぱし、メシを食ってるときは何も壊れないな」
どうしてか、メシを食べてるときは何も壊れないのだ。機嫌がよければなにか壊れるということはないのかもしれない。
「はー」
疲れた体をソファに叩きつけながら、食パンの袋を開ける。
「こいつ、本当に遠慮ないよな」
仕事で疲れ切っていてもこいつはやってくる。休みの日だってやってくる。たまーに、ごくたまーにだが、すごい福をもたらしてくれることもあるけれど。
「にゃあ」
「お、食い終わったか」
猫缶の中身はすでに黒猫の腹の中。
「じゃ、俺もいただきますかね」
意外と黒猫は律儀に、俺が朝食を食べ終わるまでは毛づくろいをして待っていてくれるのだ。
「……ごちそうさまでした」
「にゃあ」
食パンを食べ終わると同時に、猫は毛づくろいをやめて扉を出ていく。
「……本当、よくわかんないな」
毎日毎日、猫缶を食いにやってくる黒猫。そいつが通るところは必ず何かしら壊れるし傷つく。だけれど、突き放すことができない。
「にゃおおん」
「おう、じゃあな」
こうやって別れを告げてまた明日。
「こんな日常が、ある意味幸せなのかもな」
そうやってつぶやいた直後、バキャッという音を立てて座卓が割れた。
「なんでそうなるんだよ……」
黒猫はいつもよくわからない。
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