掌編2 旅立ちはおばあちゃんと汽笛とともに
3月の空は冬の清らかさを残しつつ、少しずつ春の訪れを告げるような暖かなものに変わりつつある。
島に一つしかない港。そこでは毎年この季節、島に住む数人の学生が、島の外へと旅立っていく。なぜなら、この島には高校も大学もないからだ。
今日はそんな数人の学生の一人である私も、この島から旅立つ。
「なんか実感わかないな」
親元を離れて暮らすこと。それは、ある種憧れを持つものだ。だけど、これから先もずっと、この小さな島で過ごしていくものだと漠然と思っていた。
「忘れ物はないね?」
隣では背筋ののびたおばあちゃんが、私に対して少し強めの口調で聞いてくる。
「ないって。必要なものはもう事前に運んでもらってるし」
「そう言っていつも油断して痛い目見たのはどこの誰だい?」
「え? 誰のことかな」
そうすっとぼけると、
「あんたのことをいってんのさ、今朝だって携帯を忘れるところだったじゃないか」
「はいごめんなさい」
おばあちゃんは少し強めに私に注意する。私はボケては謝る。いつものパターンだ。こんな会話も、帰省するまではできないのだろう。
そう考えると、じわりとさびしさがにじんできた。
おばあちゃんと他愛ない、いつもどおりの会話をしていると、
『十三時発、〇〇丸の出向まで、あと五分となります。急なご乗船は危ないですので、余裕を持ってご乗船くださいますよう、お願い申し上げます』
出向のアナウンスが告げられた。
「そろそろ、時間だね」
時刻表に書いてある出向時間は十三時ピッタリ。それに乗ったら私は、この島とおばあちゃんにお別れを告げなきゃいけない。
「おばあちゃん」
「なんだい」
ゆっくりとおばあちゃんの方を向いて、声をかける。そうすれば、いつものように、おばあちゃんはかったるそうな顔をしながら私の方を向いた。
はっきりと告げる。
「今まで、育ててくれてありがとう」
恥ずかしくて言えなかった感謝の言葉を。
おばあちゃんはそれを聞いて、ふと表情を柔らかな、久々に見る笑顔に変えると、
「ああ。立派になって戻ってきな」
そう言って、私の背中を優しく押した。
「それじゃあ、行ってきます」
「ああ。いってらっしゃい」
私は船の上へと足を運ぶ。
出向を知らせる汽笛とともに、私は新たなスタートを切った。
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