女王様とわたし 番外編 ~招かれざる客は羽音と共に去りぬ~
澳 加純
第1話
続編は書きたくない書きたくないと連呼しつつ、なぜか続くこのエッセイ。
前回も書いたとおり、第三段を書くとなれば、当然騒動が起こったことを意味します。
はい。騒動勃発です。
気の緩みから招いた油断。思わぬところから……。
* * * *
それはゴールデンウィークに突入した土曜日。
温かな午後でした。
わたしは乾いた洗濯物を取り込もうとベランダに出たのです。この季節、わたしはベランダに出るとき、さらにはそこでの作業中、警戒を怠ることはありません。
絶えずあたりに気を配り、ゆらゆらと飛ぶ小さな影を見落とすことはないのです。
敵は、女王様!!
スタイル抜群の黄色と黒のドレスをまとい、毒針を携帯した女王様。一昨年のアシナガバチ、昨年のスズメバチ。
わたしはなんとか撃退してきたのです。
決してわたしのテリトリー(ベランダ)内で巣を作ることは許しません。
エゴではありません。
互いの平和のために、別の場所で営巣して欲しいだけなのです。
万が一にでも巣作りを始めてしまった場合、初期段階での落城を目論む
我が家のエクスカリバーとも云うべきGブリ用の撃退スプレー(ハチ専用のそれもありますがこれで兼用)も常備。百均ショップで購入したゴミはさみも、直ぐ手に取れるところに置いてあります。
もちろん、洗濯物を取り込む際には、衣類に張り付いていないかもチェック。十二分に警戒をしていたはずでした……。
――その日。
好天に恵まれ、ベランダに干した大量の洗濯物も全てカラリと乾きました。
なんて気持ちがよいのでしょう。
いつものように小さな影があたりにないかを確認してから、ハンガーやピンチハンガー、手すりに干してあった衣類を素早く取り込んでいきます。
最後に、裏干ししてあった息子の厚手の黒色のパンツ(下着じゃなくて長ズボンの方、ね)をピンチハンガーから外し、表に返そうと中に手を突っ込んだとき、チクリと強烈な痛みが走ったのです。
(刺された!)
直ぐにわかりました。パンツから手を抜き、刺された箇所を確認すると、右手中指第2関節に小さな赤い跡があります。
刺された箇所をつまみ、心臓より上に右腕を上げました。なるべく毒が広範囲に回らないようにするためです。
投げ出した息子のパンツから、ブンブンとうるさい羽音が聞こえ始めました。敵もかなりの興奮状態。迂闊には近づけません。
異様に大きな羽音は、アシナガバチではないでしょう。スズメバチとも違うような……。
このとき、わたしと敵の潜む
それに相手の姿を確認しておかねばなりません。万が一、症状が悪化した場合、敵の正体の名がわかっていれば、医者も対処がしやすいのは間違いないのですから。
しかし敵は脱出に手間取っているのか、なかなか姿を現わしません。その間も羽音は不気味に大きくなっていますから、数秒の間にパンツのウェスト部分から顔を出してくるはず!
駆けつけた娘と共に、敵が姿を現わすまで固唾を呑んで見守っていると、洗濯物の中から現われたのは黒くて胸部が黄色いずんぐりとした体形の物体。
しかも、デカい!!
ようやく長いトンネルから這い出た敵は、一目散に上空へと飛び去って行きました。
母娘とも、言葉がありません。
それは、クマバチだったのです。
* * * *
その後、冷水で患部を洗いさらに保冷剤を当て、塗り薬を塗っておきました。なにせ土曜日の午後なので、かかりつけの医院は休院中。午後の診察もナシで、次回の開院は月曜日の朝。
取り敢えず娘がネットで調べてくれた応急処置を執り行い、それでダメなら主人が帰宅した後に救急へ連れて行ってもらうことにしました。
新型ウイルスが猛威を振るっている中、ドタバタと病院に駆け込むのもいかがなものかと。
多少気分は悪くなりましたが、呼吸困難とか、意識障害と云った症状は現われなかったので、しばらく安静にして様子を見ることに。
ただ刺された箇所は脈打つように痛く、あれだけ一生懸命に水で流したのに、中指は赤く腫れ上がってきました。
誤解のないように。
クマバチの見た目は恐ろしいのですが、実は比較的温厚な性格なのだそうです。スズメバチやアシナガバチのように肉食では無く、花の蜜や花粉が主食。
特にフジの花が大好物とのこと。
(あぁ~、なるほど……)
あるのですよ、我が家の庭にフジ棚が。
夫の祖父が生前丹精込めて育てていたフジの棚が。諸事情により、残念ながら現在は規模縮小してしまいましたが、毎年美しい花を咲かせてくれています。
ええ、毎年お姿は拝見しておりましたとも。フジの花が咲く頃。垂れ下がる花の周りでホバリングする大きな黒いお姿を。
で。本日もそこにいらっしゃった途中、ベランダにお寄り遊ばしたらしい。
だからって、干してあった息子のパンツの中で休憩しなくたっていいではありませんか!?
せめて外側の目につきやすい場所にいてくださったのなら、こちらの対処の仕方もあったというものですのに。
さらにムカッときたのは、クマバチが毒針を持つのはメスだけ。オスならば、針を持たないので刺される心配もないという事実を知ったから。
クマバチに限らず、彼女らが攻撃するのは自己防衛のためだけなのです。自分の身や巣を守る必然性がない限り、むやみに攻撃してくることはありません。
つまり相手にも理由があった(自己防衛)とはいえ、今回の事故はかなり不幸な確率とタイミングで起きたハプニングだったのです。
その不幸なハプニングが、彼女たちを害虫にしてしまうのです。
人間の『上から目線』によって。
※ちなみにクマバチは単独行動です。だから彼女は女王様では無く、ママバチなのです。
* * * *
翌日には痛みは消えました。心配したアレルギー症状も出ませんでしたが、ゴールデンウィーク中は中指に腫れや痒みが残っていました。
クマバチの毒はアシナガバチやスズメバチより弱いそうで、そこが不幸中の幸いだったかもしれません。
でも、痛いモノは痛かったの!
その後、ベランダでは毎晩のように蚊取り線香が焚かれています。
もちろん蚊避けもありますが、ハチも蚊と同様に煙や炎に弱く本能的に避ける性質があるそうですから、殺虫能力は期待出来ないまでもハチ除けにはなっているようです。
なんでも蚊取り線香に含まれるピレスロイドという成分、蚊やハチのみならず昆虫の皆様全般がお嫌いらしいとのこと。
これを利用しない手はございません。
その効果でしょうか、今年は(今のところ)あまりハチの姿を見かけませんの!
(※注:だたし、洗濯物を干しているときは焚いてはいけません。煙臭が付きます)
* * * *
クマバチ
ミツバチ科クマバチ属に属する昆虫の総称。一般に大型のハナバチであり、これまで約500種が記載されている。別名、クマンバチとも。(ウィキペディア参照)
大きさと羽音からクマバチまではわかりましたが、その種類まではさすがにわかりませんでした。だって、一瞬で目の前通過していったんですもの。
たぶんキムネクマバチだと思います。胸のあたりが黄色だったから。
クマバチといえばリムスキー・コルサコフの楽曲を想い出しますが、あれはホントは「クマバチ」ではなく、よく似た「マルハナバチ」のことなのだそうな。
クマバチもマルハナバチも、航空力学的には飛べるはずのない形なのに飛べている(現在は謎は解明済み)として、不可能を可能にする象徴とされているのですって。
そのクマバチに刺されたわたしにも、不可能を可能にするようないいことがないものでしょうか?
女王様とわたし 番外編 ~招かれざる客は羽音と共に去りぬ~ 澳 加純 @Leslie24M
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます