第54話 天鬼姫と淵鬼

突如真っ暗な場所へ転移させられたライネルは今混乱していた。


──ここはどこだ?


クンクンクン……


匂いは──無い。


ペロ……


味も……無いか。


周囲には気配があるが付かず離れずといった位置に居るようでとてもじゃないが接触は出来ない。


そして……何故かスキルが使えない。


これはまずいな。


スキルが使えないとなるとただの10歳児並の力しかない…………はずだ。


僕は意を決して声を出してみることにした。


「コォコォワァドォコォダァ?」


ん?なんでこんな壊れたスピーカーみたいな声なんだ?


「くひゅひゅひゅ。ねぇね。何か喋ってるよ?邪魔だねぇ。だよねぇ。」


「あぁ……そうだな。しかし……黙っててくれないか。集中が途切れる。」


「くひゅーーーー。ごめんなさいさい。ねぇね。終わったらたら遊んでくれりゅ?りゅ?」


「あぁ。遊んでやるから。ほらお前も手が留守になってるじゃないか。しっかりしてくれ。」


「くひゅひゅひゅ。わぁーい。わぃ。ねぇねととあそべりゅりゅー!」


トタトタと足音がする。まるで子供が小躍りしている様な音だ。


「イィカァゲェンニィシィテェクゥレェイ!」


うーむ。矢張りちゃんと話せないか。こうなれば……


──天姫てんき様僕を助けて……。


「あぁ?我を呼んだか?」


──え?この近くにある気配の主が天姫てんき様なの?


「あぁ……そうだ。貴様が今思っているであろう天気予報と言うスキルを与えたのは我だ。しかしそれもここまでよ。我の名は天鬼姫てんきひめ。頂点にして唯一の始祖なる鬼。我が器を返して貰おう。」


──え?てんきひめ様?てんき様って天姫てんきじゃなくて天鬼てんきだったのか……そうか……で?器って何?僕の体なの?


「くひゅひゅひゅ。そうそうだ。てんてんきさぁまの体を返せぇぇぇぇぇぇぇ!」


感情の起伏が少ないくぐもった声で話す気持ち悪いほど高い声の主が突如として激昴する。


すると今まで真っ暗で見えなかった体が少しだけ光って見えた。どうやら僕の体は何かに奪われた様だ。僕の体は土で出来た何かに変わっていた。


「おいおぃ淵鬼えんき五月蝿いだろ。少し黙っていろ。」


「くひゅ!ああああぁいあぃ!ごめごめんなさいさい。」


「………よし。出来た。おぃ。貴様話せるか?」


ライネルは口を開けた。


「………あ。ん?……声が出る。普通に話せそうだ。」


「あぁ。そうか。良かったな。我が名は天鬼。時は……貴様が元の世界から転生する時の事だ。我も丁度転生する予定だったのだがなんの手違いか我の器に貴様の魂が入ってしまったのだ。しかもだ。鬼としての器なら我が直接行って取り返せるのだが……何の因果か人族などという下等な生き物になっているではないか。我は仕方なく貴様を《鬼の大地》へと導いたのだ。我が種族を使ってな。」


「は?じゃあ絶鬼達は僕の事を騙してたのか?」


「いいゃ。それは違う。騙していたのは鬼族全てだ。スプライト達が襲撃してきた事。それすら幻であり偽り。」


「ふぅん。で?そんな性格の悪い鬼姫さんは何がしたいの?僕を殺すの?」


「いいゃ。殺さない。いや。殺せないと言った方が良いようだ。貴様が死ねば私も死ぬ。我は器に入ろうとしたのだがどうやら時間が経ちすぎたようだ。……貴様の体を乗っ取ろうとしたのだがな。もう無理なのだ。我は貴様。貴様は我であり一心同体となってしもうた様だ。」


──え!?僕多重人格になっちゃったの?


「あぁ……。まぁそのようなものだ。貴様のスキル天鬼与之法てんきのよほうの1部として取り込まれた我は貴様の体を間借りし額の眼と後頭部の口で話しておる。意識は貴様と同様にあるしスキルの使用も自由だ。」


「え?それって天気予報のスキルが同時に使えたりするって事?」


「あぁ……無論使うことも出来るな。だがしかし。それは我の思考も関わってくる。貴様にどんなに命令されても拒否することも可能なのだ。」


「ふぅん。へぇ。そうなんだ……」


僕の体を照らす光はどんどん大きくなり周囲に何があるのか。何が居るのかハッキリ分かるようになる。額にある眼が気になって触ろうとしたけど天鬼姫に速攻怒られた。ごめんなさい。後頭部にある口は噛まれそうだから触れなかった。


「くひゅひゅひゅ。さすさすがなんだな!天鬼様!僕僕も一緒に行き行きたいんだな!」


「淵鬼よ。それは無理だ。貴様はここの守護者だろう?」


「ひゅ……悲しい……悲しい……天鬼様……」


「まぁ案ずるな。お前をずっと独りにはしておかぬ。そうだな……交代で鬼をよこそう。」


「くひゅーーーーー!ありありがとうなんだな!なんだな!さすがてんてんき様なんだな!だな!」


──どうやらこの淵鬼と言う鬼は一人ぼっちなのだろう。また嬉しそうに小躍りしている。今まで気づかなかったが小躍りする淵鬼の中央には小さな苗木が植えられている。膝丈までの本当に小さな苗木で当たれば折れてしまいそうだ。


「ん?あぁ。この苗木か。これは神樹だ。我らが5族の始祖の力の源だ。これが枯れたり折れたりすれば世界は滅ぶだろうな。」


「ひぇ……まじか。淵鬼?踊るの止めて!」


「ははははは!奴がぶつかったりしても折れはせぬよ。神樹は生命体。誰よりも強く崇高だ。しかしな。5族の罪により減衰する事も事実。このままいけば枯れるのも時間の問題やも知れぬな。」


──枯れるたら世界が滅ぶ……なんて恐ろしい木なんだ。


そりゃ…誰かが守らなきゃだな。よし。淵鬼頑張れ!


「ぼ、僕が居るから大大丈夫なんだな!頑張るるんだな!」


こうしてライネルの体に天鬼姫の眼と口が刻まれる事になった。


次の瞬間僕はまた空白の大地もとい鬼の大地へと強制転移されることになる。

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