第3話 森へ
親に《無能》と烙印を押されてからの生活は酷いものだった。
ただでさえ質素な食事が小さなパン1つに変更。自室も没収され庭の片隅にあった汚い豚小屋の様な木で囲いがされてあるだけの場所に変更。服はボロ切れに変更。家に入る事さえ禁止されてしまった。
このままでは──確実に死ぬ。
それも数日以内に。確実に訪れる。
僕は──家を出る決心した。
雨が振る日だった。土埃が上がり蛙が喜びの鳴き声をあげる。鳥達は木に止まり羽を休めている。
両親とはあれから一言も言葉を交わしていないが《無能は出ていけ》と言われていることは重々承知しているつもりだ。だから出ていく。本来は成人してから家を出るつもりだったがそれが早まっただけだ。成人の15歳まであと10年。育児を放棄されただけの事だ。農民にはそんな余裕無かったのかもしれない。
5歳児に家計事情は教えてくれなかったがニーファン先生やリューネ先生の指導料も高かったのだろう。だからしょうがないでは無いか。へっちゃらだ。
でも……僕は何故か涙が止まらなかった。今まで目に入れても痛くない程溺愛っぷりだった両親の態度が一変して生ゴミを扱うような態度に変わったが、僕は変わらず両親を愛していたからだろう。どんな酷い条件での生活にも耐えるつもりだった。それで死ぬなら仕方が無いと。
だが僕は見てしまったのだ──
親に毒物とみられる禍々しい液体をパンに練り込む瞬間を。
寒気がした。両親は僕を殺す気なのだと。
──よし。準備らしいものは特に無いしな。剣と背嚢。これだけだ。
リューネ先生が練習に使いなさいと置いていってくれた短剣を腰に差し、背嚢を背負った。
夜から降り続く雨に豚小屋の様な僕の居場所には盛大な雨漏りがしていて既に体は濡れていた。しかし雨音は僕の気配を消してくれる。願ってもない状況だった。何とか殺されぬ前に出なければいけないからだ。
ギィィ…
ゆっくりと扉を開けた。小雨が続くまだ薄暗い明朝に僕は旅立つ。周囲の住宅からもまだ人の気配を感じないほどひっそりとしていた。
ザーザー
ゲコゲコ
雨音は大分落ち着いたが相変わらず農民の周辺には蛙が多い。現在は梅雨という季節らしく雨が週の大半を占めていた。
豚小屋からゆっくりと出た僕は家に向かって一礼をした。どんなに酷い仕打ちをされたとしても今まで愛してくれていた事は変わらない。「今までありがとう」とたった一言呟いた小さな声は雨音にかき消され誰にも届くことなく消えていった。
僕は家から出ると左に聳える──山へと向かった。
山は危険だ。と親に言われ今まで決して入った事は無かったが前世の記憶から水、食料の観点から言えば山でしか生きる道は無い。
背丈ほどある鬱蒼と茂る草を短剣で排除しながら森へと進む。
5歳児の体力は思った程無い様で山に着くまでに息切れを起こしていた。
はぁはぁはぁ……
やっとついた…。家を出る時はまだ薄暗い明朝だったがもうそろそろ朝の早い農民が起きてくる時間になる。
「でも……順調だね」
ライネル少年ポツリと呟くと疲れた足を引き摺るように森へと消えていった──
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