第3話 女王陛下のお気に入り?

 スズメバチ(雀蜂、胡蜂)は、ハチ目スズメバチ科に属する昆虫のうち、スズメバチ亜科に属するものの総称です。

 スズメバチ科はいまのところ四属六七種が知られているそうです。このうち日本にはスズメバチ属七種、クロスズメバチ属五種、ホオナガスズメバチ属四種の合計三属一六種が生息するそうですが、このうち人間との関係性が大きいのは最初のスズメバチ属七種のみなさま。

 そう。TVの害虫駆除特集などでおなじみのオオスズメバチやキイロスズメバチたちはここに所属するのです。


 スズメバチ亜科はハチの中でも比較的大型の種が多く、性質はおおむね攻撃性が高いのだと。

 一匹の女王蜂を中心とした大きな社会を形成し、その防衛のためには大型動物を襲撃することも辞さない。また凶暴かつ好戦的で積極的に刺してくることも多いことで知られますが、これは巣を守るためで、何もせずとも襲ってくるように見えるのは、人間が巣の近くにいることに気付かないためだとか。(ウェキペディア参照)


 防御のための攻撃? でもね、女王様。その前に不可侵条約を結びませんか?

 たとえば「ここに巣があります。スズメバチ」って、一目で分かるようにのぼりでも立てておいてくれたらいいものを……と思うのですけど。オシャレなボードでも構わないし、それともLEDの電光掲示板がいいかしら。なるべく目立つデザインが、よろしいです。

 そうしたらむやみに近づくことなんてしませんし、お互い気を使って距離を取れば、被害も減ると思うのですが。


 それと私たち人間の生活圏に近づきすぎていませんか。ニアミス覚悟でやっているとしか思えない場所に営巣するのは、酷すぎます。

 加えて、あなたの忠実なメイド(働きバチ)さんたちは血気盛んな方ばかり。すぐに毒針と云う伝家の宝刀を抜いて対抗してくるのですから、こちらとしても強制撤去と云う手段に出るしかありませんよ。

 注意警告します(ブンブンという羽音とか、カチカチと顎を鳴らす音)とか言いますが、こっちが気付いた時には、すでにメイドさんたちは攻撃態勢に入っているのですから反則ですってば! 


 ――無理ですね。


 でもね。スズメバチの刺害による死亡ニュースは、年々増えているように思うのですもの。そろそろ何らかの手段を打たねば……。





 * * * *





 こっちに近づいてきます。


 でも急に動いたら相手を刺激してしまう。刺激を与えたら、ハチは攻撃してくるのです。


 黄色い顔がどんどん近づいて来ます。


(ひゃあぁぁ)


 万事休す! 


(保険証は財布の中!!)


 惨事は免れないと覚悟しました。





 ところが――!

 女王様はわたしに向かって飛んできたにもかかわらず衝撃はありません。それどころか姿を見失ってしまいました。

 敵の姿を見失うとは、なんと云う失態でしょう。

 けれどもどちらへお隠れあそばされたのか、確かめる勇気も余裕もありませんでした。


 第一、照明設備の無い我が家のベランダは暗く、視力の悪い夫婦には、体長数センチの昆虫の姿を見つけ出すのは困難です。


 ならば、です。

 とにかく今のうちに、身の安全を確保しなければ。


 相手は、かのキイロスズメバチです。獰猛なことで有名な、あのハチです。迅速かつ的確な行動が必要とされます。(←必死!)

 とにかく最初の攻撃(!?)は回避したんです。


 何度も申し上げたとおり、わたしは虫の毒素に過敏に反応を示す体質ですから、刺されたら由々しき事態です。

 スズメバチの毒針は未体験ですが、刺されていいことなんてあるわけありません。明日も仕事なのに、体調悪くなったら困ります。


 前回腕を刺された時は患部が真っ赤に腫れ上がって、ほてりがなかなか引かず、非常につらい思いをしました。仕事にも、日常生活にも支障をきたしてしまいました。

 一度刺された経験があるからと云って、必ずアナフィラキシーショックを起こすとは限らないそうですが、医者の診察を受けるべく、病院の深夜外来へ行かざるを得なくなるでしょう。

 時刻は夜の一〇時過ぎ、家族を巻き込んでの騒ぎになるのは避けたいのです。


 とにかく、まずは退却。安全の確保が第一!

 急いで網戸を開け、ランドリーボックスを引っ掴んで、脱兎のごとく明るい室内へと逃げ込みます。

 どんなに慌てていても、きっちりと最後に網戸を閉めることは忘れないっ! 





「(女王蜂は)どこ行った~」


 網戸越しに外の様子をうかがう主人でしたが、女王様の姿を見つけることが出来ません。照明が付けた明るい室内にいる主人の眼は、屋外の暗さになかなか順応できないのです。

 それに女王様がいかに目立つお顔の色をしているにしても、蛍光反射板を付けて「ここにいるよ」アピールをしている訳でもないのですから、ちょっとやそっとじゃ見つかる訳がありません。


「いないぞぉ。どこに行ったんだよ?」


 居場所を訊かれても困ります。

 刺されるのを回避しただけでも、褒めてもらいたいくらいなのに! どこか「他人事」感を匂わせる主人の声に苛立ちを覚えましたとも。



 ふらふらと掃出し窓から離れたわたしは、ドッと力が抜け、崩れるように畳の上で四つん這いになってしまいました。自律神経が混乱を始め、目が回り始めたからです。そのままばったりと畳の上に倒れ込んでしまいたいくらいに。

 それでも窮地を脱した安堵感に、大きく息を吐こうとした瞬間――。





 畳に着いたわたしの両腕の間を女王様がブーンと……。



(―――――!!)



 吐き出しかけた息も止まります。

 わたしの目の前一五センチ程のところを、彼女が飛行しているのです。見開いた目は、彼女から離すことなどできません。吸い寄せられた視線は、そのお姿だけに集中してしまうのです。


 女王様はわたしのお腹のあたりから現れ、両腕の間を掻い潜るようにして眼前を素通りし、天井方面へ上昇しようとしていました。わたしのことなど、歯牙にもかけぬと云った風情で(←注:妄想です)!


 明るい場所での超至近距離での遭遇に、意志の強そうな(←注:もちろん妄想ですから)黄色いお顔や、ピンと張った触角、いかにも頑丈そうな顎もはっきりと見て取れたほどです!

 まるで拡大鏡で観ているように、堂々たるお姿は大きく見えました。黄色と黒のドレスを見せつけるようにひるがえし(←注:被害妄想暴走中!)、ゆっくりと天井へと昇って行きます。


 いえ、実際はあっという間だったのでしょう。でもわたしには、たっぷりと勿体をつけた女王様の飛行なのでした。





(……なぜ女王様がここに!?)


 フリーズしたままの身体で、女王様のお姿を見つめるしかありませんでした。

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