第2話 女王との(超至近距離)遭遇 

 悲劇は突然やって来るものです。


 悪意があったわけではありません。ただ身を守るために致し方なかったのです。


 だって、あなたは……。





 * * * *





 夜間。一般的には洗濯物を干そうなどとは思わない時間帯ですが、我が家は違います。主人や子供たちが帰宅後に脱ぎ捨てた衣類をまとめ、一度洗濯機を回さねばならないのです。


「明日の朝までに、これ乾かしといて~」


 とか、平気で言うのですもの。



 その日もそんなこんなで、お洗濯をしたのです。

 午後一〇時過ぎ。それらをベランダに干そうと思いました。この季節なら、厚手のタオルとかは無理ですが、一般的な衣類であれば室内に干さなくても朝までには乾いているはずです。


 庭に面したベランダには照明がありません。夜間は室内からの灯りが無ければかなり暗いのですが、慣れた場所ですので目を瞑っていてもどこになにがあるかぐらいは分かります。

 だからベランダに隣する和室の明かりは点けませんでした。隣りは空き家、庭と隣接する裏の建物は、現在外壁の塗り替え作業の最中で建物全体が覆ってあり、そちらからの灯りも漏れてこないので、いつも以上に暗いなぁとは感じていました。

 だからといって、作業に支障はありません。手元も見えないような暗さではありませんもの。

 いつものようにシャツ類はハンガーに、ズボン類も専用のハンガーに吊るし、それ以外はピンチハンガーにと、ひととおり干し終わって室内に戻ろうとした時でした。


 ふと見上げた頭上にぶら下がるハンガーの上に、かのお方のお姿を発見してしまったのです。





 ド近眼のわたしが、眼鏡無しでも発見できるほどのサイズで、しかも……しかもそのお方のかんばせは夜目にも鮮やかな黄色で…………、


(――――――――――――!!)


 スズメバチ、それもキイロスズメバチの……たぶん女王様ーーーーーー!!





 近所迷惑なんて言っていられません。

 悲鳴上げていました。一応、控えめの短めに。






 突然の珍事に、居間から主人がすっ飛んできます。我が家の間取りは居間の横に和室があり、その先がベランダとなっていますから、迅速に駆けつけられる距離なんですね。


 ――で。主人はまず和室の照明を点けてから、ベランダへの出入り口になっている引き違い式の大きな窓前までやって来ました。遮蔽用のレースのカーテンを開けると、その勢いで網戸まで開けようと手を掛けたので、わたしは開けないでくれと訴えました。

 助けを呼んでいるのに、来るなと言う。状況が呑み込めない主人は、ベランダに座り込む(身体を低くしていた)妻に何事かと問い掛けます。


 この押し問答の騒がしさと、室内の明かりがベランダに漏れたという事が、女王様の目を覚ましてしまった(……のではないか? と推測)とも気付かすに。





 わたしは頭上の物干しを指し、


「ハチ、ハチ、ハンガーに、ハチ。ハンガーのところに黄色いの!」


 日本語になっていませんが慌てているのです。

 ここで「物干しにかけてあるハンガーの左から二番目の、ズボン類専用ハンガーの上に、キイロスズメバチ(たぶん女王様)が留まっているから悲鳴を上げました」なんて、冷静かつ正確な説明なんて出来たものではありませんってば!


 ハチは大の苦手なんですもの!!



 しかもですよ。洗濯物を干す際に、わたしはハンガーを使用しています。そのハンガーを取るために、彼女のすぐそばまで、何度も手を伸ばしているのです。


 思い返せば、一本ハンガーを取る度に、残りのハンガーも揺れていました。

 視力悪いのに分かるのかって? 

 確認はしていなくても、プラスチック製のハンガーが揺れて擦れる音は聞いています。視力が悪い分は聴力でカバー。カチャカチャと擦れ合う音がはっきりと聞こえましたから、ハンガーが接触し、揺れ動いたのは間違いありません。

 ハンガーは並べて竿にかけてありますから、ひとつが揺れ始めたら、余波は彼女の留まるハンガーにも当然及んでいることでしょう。


 そして、です。今晩はハンガーを四本使用していますから、その都度刺激を与えていたってことになりませんか。しかもそのうちの一本は、女王様がお乗りになるハンガーのすぐ横から取っています。

 ピンチハンガーだって、彼女からは一メートルも間隔は空いていません。しかも同じ竿に吊るしてあります。

 洗濯物をピンチに挟む振動が竿にまで達していた? 振動を与えるのも刺激しているよね。



(…………と、すると。ですよ――)





 わたし、バッチリ危険行為をしまくっているのではありませんか!?


 ハチに刺されないようにするためには刺激を与えないのが一番だというのに、ですよ!!


 異変に動転した彼女も、あたふたと動き始めています。


(ヤバい、ヤバい、ヤバい…………)


 血の気が引いてきました。





 さて、戸口までやって来た主人。

 彼の身長では、網戸越しとはいえ女王様とは至近距離でご拝謁のはずなのですが、明るい室内で慣れた目(しかも視力悪い&老眼)で暗い野外にいる小型昆虫を探すのは難しかったのか。すぐには状況を理解してはくれませんでした。

 でも妻の尋常でない様子と意味不明に近い説明を聞いて、ハチ(……という単語だけは聞き取ってくれた!)の姿を確認しようとしています。



 その時です。飛びました、女王様。


 ブーンと、わたしの方に向かって!!



「いや~~~~~~!!」 

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