18 とりあえず肉を食う

「はぁ……随分時間かかっちゃったなぁ」


 ギルドを出て、思わずそうぼやく。

 原因はついラキュアさんと長話をしてしまったことなんだけれど、長話ってのはその時は楽しくても、終わってみたらぐっと疲れが押し寄せ来るものだ。


 町にはもう夕日が差し始めていた。

 腹も減ったし……これからどうしようかと思っていると。


「……モノグ」

「サンドラ? もしかして待ってくれてたのか?」


 ギルドの入口の傍でしゃがみ込んでいたサンドラが声を掛けてきた。

 確か用事があるってどこか行ってたけど、戻ってきたらしい。


「もしかしたら、まだいるかなって」

「だったら入ってくれば良かったのに」

「ううん、お仕事の邪魔したくなかったから」

「気にするなよ、そんなこと。邪魔なんかならないって」


 サンドラは無表情ながら、どこか元気がないように感じた。

 さっき別れたときよりも心なしか小さく見える。


「サンドラ、何かあったのか?」

「……ううん」


 明らかに何かを隠すサンドラ。

 そりゃあ、プライベートなことを何でも話さなきゃいけないとは思わないけれど。


「ちょっと、お腹減ったかも」

「ああ、そうだな。何か食いに行くか。晩飯前だから、軽くだけど」


 サンドラの頭をポンポン撫でるように叩く。

 彼女はまるでいじけた子どもみたいに、口をへの字に曲げた。


「また子ども扱い」

「ああ、悪い悪い」

「……べつにいいけど」


 サンドラはそう言って立ち上がり、歩き出す。方向的に出店が立ち並ぶ通りを目指すようだ。

 ゆったりとした足取りながら、俺を先導するように前を行き、振り返る気配はない。


 ここ数日の彼女の様子と比べると、どうにも違和感がある。

 スノウやサニィ達と自分を比べて落ち込んでいる感じとも違う。


(こりゃ、マジで何かあったな)


 変化のきっかけは、彼女の言っていた『用事』とやらで間違いないだろう。

 俺には俺の事情があるように、サンドラにもサンドラの事情がある。


 プライベートに首を突っ込むのは、やはり憚られるけれど、もしもサンドラにとって、そしてパーティーにとってマイナスになる何かが潜んでいるのであれば、俺はストームブレイカーのサポーター、雑用係兼支援術師として、行動に出なきゃいけなくなるかもしれない。


 飯食って、少しは機嫌が直ればいいんだけれど……楽観視こそ、もっとも厄介な死神と誰かが言っていたし、念を入れるか。


「……ウチ」

『ハイ、デス』


 俺は妖精さんに願い事を囁く。

 なんて、心の温まる童話の書き出しのように語るには、中身はドロドロかもしれないけれど。


 俺達は冒険者だ。

 ダンジョンに潜れば常に危険と隣り合わせ。

 常に、最悪を想定して動くことこそ生き抜くために最も肝要な心構えと言える。


 たとえ、四肢を失っても、命さえつなぎ止められれば次に繋がる。

 重畳とは口が裂けても言えないが、まだ不幸中の幸いと喜べるだろう。


(だから、その為に俺ができることは……)


 俺はサンドラの背中を見つめつつ、あらゆる可能性と、『最悪』を想定する。

 

 そして、自分の取るべき行動を。


「おっ、サンドラ。あれなんてどうだ?」

「ん」


 サンドラの肩を叩き、路肩に出ている出店の一つを指さす。

 至ってシンプルで無難な、肉串の出店だ。

 焼きたてのごろっとした肉を竹串に刺し、塩こしょうで味付けをして雑に焼いた、子どもから大人まで大好きな、非常に満足感のあるジューシーな逸品だ。


「晩飯前って考えたら少し多めな気もするけれど、サンドラの胃袋なら問題ないだろ?」

「うん、問題ない」

「じゃあ決まりだ! おっさん、それ二本!」

「あいよー」


 屋台のおじさんに早速注文する。

 そして、ポケットから財布を出そうとしたサンドラを制した。


「ここはお兄さんに任せなさい」

「でも、モノグの薄財布をこれ以上痛めつけるのは」

「うぐ……!? き、気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、俺にもプライドってもんがあるからさぁ……?」


 薄財布なのは確かにそう。

 けれど、買い食いするくらいの余力は十分……いや、十分ではないけれど、残している。


「こっちの用が終わるまでギルドの前で待たしちゃっただろ? だから、そのお詫びも兼ねてさ」

「別にお詫びなんていらないけど……いちおう、もらっとく」

「おお、もらっとけ」


 こうして支払いの算段も整い、屋台のおじさんからもらった肉串を受け取った。


「んー!」

「おいひい」


 そして、それぞれかぶりつき、肉串を堪能しつつ、俺達は帰路へとつくのだった。

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