16 冒険者ギルド
「あら、こんばんはモノグさん」
冒険者ギルドに入ると、突然声をかけられた。
受付カウンターの奥、職員の執務スペースとして並べられたデスクに向き合っていた職員さん——時に受付業務も兼任する妙齢の美女、ラキュアさんだ。
「こんにち——って、凄い書類の量ですね、ラキュアさん」
「ええ、ギルドマスターがまた行方不明になっちゃって」
ラキュアさんは苦笑しつつ、受付カウンターに来ると、大きなお胸をクッションにするように寄りかかった。
わーお、これが大人の女性ってやつか。びっくりだぜ。
「また消えたんですか、あの人」
「まあ、どうせどこかの飲み屋で飲んだくれているんでしょうけどね」
そう、ワイシャツの隙間からのぞく胸の谷間の誘惑に不屈の精神であらがいつつ、会話を交わす俺。
女性というのは男性のいやらしい視線に敏感と聞く。万が一、それを見咎められでもしてみろ。
相手は冒険者業界に幅を利かすギルドの人間だ。一瞬でつるし上げられ、俺は瞬く間に居場所を失うだろう。
実際、普段からうちの美少女達、特にボリューム的にいえばサニィに慣れていなければマジマジと見過ぎて変態扱いされていただろう。
ラキュアさんとは付き合いも長い。それこそ長さだけで見れば、俺がストームブレイカーに入る前からの顔見知りだ。
面倒見が良く、気さくで美人な大人の女性。いかにも仕事ができそうな雰囲気を放ち、理知的な眼鏡姿もカッコいい。
男女問わず人気のある彼女は、俺のような冴えない奴でも懇意にしてくれている。
油断すれば普通に異性として好きになってしまいそうだが、ギルド職員に手を出そうとした冒険者の末路は聞くに耐えないものばかりだ。
噂はすぐに広まるし、仮に上手くいってもその職員さんのファンから嫉妬され、嫌がらせを受けたりするらしい。
本当に陰湿だな、冒険者業界。サポーターは追放するしよぉ。
「それで、今日は何の用かしら」
「え、ラキュアさんが対応してくれるんですか?」
「そんなに驚くこと?」
「いや、忙しそうですし……」
再び大量に重ねられた書類を見る俺。
その疑問に答えるように、ラキュアさんは腰から指揮棒のような杖を抜き、軽く書類の山を叩く。
すると、書類の山は生き物のようにふわっと宙に浮き、そして現在空であるギルドマスターの席に着地した。
「なんのことかしら?」
「い、いいんですか」
「まぁ、元々あの人の仕事を、善意で代わりにやってあげようとしただけだもの。今日はモノグ君優先よ」
そう言いあつつ、ラキュアさんはぱちっとウインクした。なんかカッコイイ。
「まぁ、ちょっとばかし申し訳ない気もしますが・・・まぁ、いいや。要件といってももう察してますよね」
「ええ、素材の換金でしょう? なんでも家を買うとか」
「そんな噂を耳にしたみたいな……ちゃんと把握してるでしょ……」
「まだモノグ君から聞いてないもの。まぁ、お酒の席でゆっくりじっくり聞かせて貰ってもいいのだけれど♪」
「いや、それは遠慮しようかな……へへへ……」
ラキュアさんとは冒険者・ギルド職員の垣根を越えてたまに一緒に飲みに行く仲ではあるが……美人相手に役得という以上に、とにかくこの人、酒乱がすぎるのだ!
大声でわめくし、下手すりゃ木のジョッキで殴ってくるし、突然泣いたりするし、その気なんか無いくせにスキンシップ過多に抱きついてくるし、そんで好き勝手やった後1人寝ちゃうし!!
こっちは振り回されるだけ振り回されて、後に残るのは焼け野原のみ……よっぽどのことが無ければ是非とも遠慮したいイベントだ。
「まぁ、リーダーが申請した通りですよ。ストームブレイカーで家を買うんです。この町に」
「それで美少女に囲まれて鼻息荒くするのよね。やらしー」
「いや、レインがいますから。うちの中心はアイツです」
「ああ、そうだったわね」
まったく、やめて欲しいぜ。
まぁ俺とレインじゃタレント性が違いすぎて、そういう勘違いをされることも珍しいけれどさ。
喜ぶべきか、悲しむべきか。
「それじゃあモノグ君は私が可愛がってあげよっか~?」
「ははは、さすがにリップサービスがすぎます。俺だっていっぱしの冒険者なんですから騙されませんよ」
このままではからかわれ続けるだけなので、そう受け流しつつ俺は【ポケット】からダンジョンで取ってきた素材を出す。
「とにかく金がいるんでね。鑑定と換金、お願いします!」
「はーいはい。まったく、相変わらずね、モノグ君も」
仕事熱心なだけなのに、なぜか呆れられつつ、ラキュアさんは魔物の素材に手を伸ばした。
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