15 家族

 楽しい。

 ここ最近の日々を振り返り、わたしはそんな感想を抱いていた。


 レインが家を買うと言った時、最初はよく分からなかったけれど、モノグに色々説明してもらうと、なんだかすごいことなんだなとは分かった。

 わたしは馬鹿で、あまり話が分からないことが多い。


 でも、その度モノグは、わたしに目を合わせて話してくれる。

 物分かりの悪いわたしにも分かるようにかみ砕いて、何度も、懲りずに教えてくれる。

 だからわたしは、モノグと話すたびに思う。


――もしもわたしにお父さんがいたら、モノグみたいなのかもしれない……って。


 家を買うと冒険者として箔が付くだけじゃなくて、パーティーみんなでこの地に根差すことになるという。

 宿屋暮らしのような気楽さも自由さも失われるけれど、一つ屋根の下で一緒に暮らす、家族になるのだと。


 モノグと、レインと、スノウと、サニィと、家族になる。

 そう思うと、なんだか胸の奥が少し温かくなる感じがした。


「なんだか嬉しそうだな、サンドラ」


 一緒に並んで、冒険者ギルドに向かっていたモノグがからかうように言ってきた。


「うん」


 そんなモノグにわたしは頷く。


 わたしは感情表現が苦手だ。

 嬉しいと思ってもレインみたいに頬っぺたを上げられない。

 ムッとすることがあってもスノウみたいに目を吊り上げられない。

 困ったことがあってもサニィみたいに眉を下げられない。

 鏡を見て練習しても、いつもわたしはわたしにしかなれないのだ。


 けれど、モノグはいつもそんなわたしの感情を見つけてくれる。

 だからモノグと一緒に居れば、わたしは新しい自分になれるって、そんな気がしてくる。


 きっと今も、モノグが「嬉しそう」と言うのなら、わたしは嬉しいに違いない。


「最近みんな楽しそう」

「かもなぁ。なんやかんやでやっぱりテンション上がるよ、家を買うってのはさ」

「ダンジョン攻略よりも?」

「ダンジョン攻略はあれだろ……うーん、楽しいっていうより、緊張する、かな?」


 モノグは顎に手を当て、首を傾げる。

 そのころころ変わる表情は見ていて飽きない。


「サンドラは楽しくないか?」

「サンドラも楽しいよ」


 みんなが楽しそうだから、わたしもつい頑張りたくなる。

 お金に換えるために魔物を綺麗に殺すのは、わたしはあまり得意じゃないけれど。


 もしかしたら、みんなの足を引っ張っているかもしれないけれど――そう頭に浮かべた瞬間、モノグの温かい手がわたしの頭に置かれた。


「モノグ?」

「お前は凄いよ。すごく助けられてる」


 モノグはまるでわたしの頭の中を読んだみたいにそんなことを言った。


「たとえば硬い魔物がいるだろ。レインの剣やサニィの矢じゃ簡単に貫けない敵だ」

「うん」

「そんな敵も、サンドラなら一撃で倒せる。硬い皮膚をガリガリ削って、無為に傷つけることなくな。確かにレイン達が一撃で倒せる敵に比べれば状態は落ちるかもしれない。でもな、そもそも硬い魔物ってのはそれだけ倒すのが難しい魔物なんだ。倒すのが難しいってことは、素材自体稀少で、その分高く買い取ってもらえるってことなんだぜ」


 モノグはわたしの頭を優しく撫でながらそう解説してくれる。

 正直、ほとんど耳に入ってこなかった。モノグの手が気持ち良くて。


 それに、わたしには十分なのだ。

 モノグが、仲間が褒めてくれる。それだけで、わたしはわたしでいられるから。


「まっ、これから換金に行くんだ。すぐに俺の言っていることが分かるさ」


 楽しみにしてろよ、とモノグは無邪気に笑い、また歩き出す。

 そんなモノグに置いていかれないように、わたしもすぐ後を追う。


 ダンジョンの中だと、わたしはモノグと一緒に居ることはあまりない。

 わたしは前に出て、モノグは後ろに控えている。

 せいぜい、モノグの傍でモノグを守る役目を与えられたときくらいだ。


 だから、こうしてモノグの近くにいて、モノグの背中を見ていると、わたしは嬉しくなる。

 でも同時に不安にもなる。いつか、この嬉しさも温かさも、夢が覚めるみたいにどこかに行ってしまうんじゃないかって。

 だから、あんな夢を……


「……あれ?」


 不意になにか、気になる匂いを感じ、足を止める。


「どうした、サンドラ?」

「ううん」


 モノグは気が付いていないみたい。

 でも、わたしはどうしても気になって……同時に、モノグには言ってはいけない気がした。


「わたし、ちょっと用事思い出したから行くね」

「……? ああ、分かった」


 もうすぐ冒険者ギルドなのに、換金についていくと言ったのはわたしなのに、そんなことを言うわたしをモノグは文句一つ言わず送り出してくれた。


 わたしはモノグと別れて町の中を走る。

 なんだか急がなくちゃいけない気がして、それで――


 辿り着いたのは人気の路地裏だった。

 野良猫も何もいない、その薄暗い場所に……


「久しぶりですわね、ノイン。壮健そうで何よりですわ」


 そう、高く明るく、それでいて冷たさを持った声が響いた。

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