14 アメとムチ

「モノグぅ、アンタはいいわよねぇ? ここ最近まともに仕事してないんじゃないのぉ~?」


 ネチネチと耳元でそんな呪詛のような言葉を吐きつけてくるスノウ。

 逃れたい、耳を塞ぎたい……が、それは叶わない。

 なぜなら彼女は今、俺の背中に乗っかり、両腕を俺の身体に巻き付けてきているからだ。


 即ち、おんぶしている状態なのである。俺が、スノウを。

 いや、あれこれいちゃもんを付けられ、強制的におぶらされているというべきか。


「アァン? なんか不服そうじゃないの。アンタねぇ、アタシほどの美少女をおぶれる機会なんて滅多にないんだからありがたく思いなさいよ!」

「へーへー、そうですね。ああ役得役得」

「ふふん、そうでしょ?」

「ああ、心なしかいい香りもするよ。すんすんすん」

「嗅ぐな馬鹿!!」


 ゴツン、と脳天に拳を落とされる。痛い。


「いい? アンタは馬なの。アタシは冷気フィールドの展開で大変なんだから、代わりに歩くくらいしなさいよね」

「がってん承知」


 優秀な攻撃術師でありながら、魔物の動きを封じる妨害術師の分野もケアするスノウには確かに頭が下がる。

 まったく、本当に嫉妬で暴れたくなるほど輝かしい才能の持ち主だ。

 まぁ、彼女のこの冷気フィールドも根源的には攻撃魔術……攻撃性がないまでに細かくした氷魔術で敵の体温を奪い動きを阻害しているというのがカラクリなのだが。


 ただ彼女の言う通り、“大変”というのは想像に難くない。

 冷気によって体温を奪われ、動きを鈍らせるのは魔物だけじゃない。

 当然、レイン達前線で戦うアタッカーも影響を受けてしまう。


 だからスノウは魔物達の体温だけを奪い、レイン達に影響を与えないよう、常に緻密にフィールドの範囲をコントロールしている。

 動きの鈍った魔物の急所を、彼らが的確に打てるように。


(にしたって……)


 異様にスノウの身体が冷たい。

 正直、こうして触れるまで気が付きもしなかった。それだけ、スノウが平静を装えていたということだけど。


「お前、無理してないか」

「はぁ?」

「俺のことどんだけ馬鹿だと思ってんだよ。さすがにこうされりゃ気付くぞ」


 あの甲冑を打ち砕いた魔法を使った後、スノウの身体がものすごく冷たくなっていたことを思い出す。

 今回はそれほどではないが、多少なりとも影響を受けているのは、彼女がこの魔術を完全に掌握しきれていないからだろう。


 火を扱う攻撃術師の体温が高いという話はよく耳にする。

 それは術者本人が魔術のコントロールを完璧に行えておらず、自分の放つ魔術の影響を自身が受けてしまっているからだ。

 酷くなれば自分の魔術で自身を焼くことにもなる。


 魔術は便利だが、万能ではない。

 剣と同じだ。敵を切るが、翻せば自分の身体を傷つけることもある。


「しょうがないでしょ、殆ど一夜漬けなんだから」

「だとしても自分の身体が第一だ。いくら場の影響を正しく操ってみせても、自分が傷ついてんじゃ完璧には程遠いぞ」

「分かってるわよ……でも、アタシはこのストームブレイカーが誇る天才攻撃術師なんだから。こんなこと、簡単にやってのけて当たり前なの」


 できてないじゃねぇか、とツッコみたくなるが、その言葉は寸でのところで飲み込んだ。

 これは彼女が自分自身にかけた誓約のようなものだ。

 彼女が自分自身に『ストームブレイカーが誇る天才攻撃術師である』と発破をかけることで、彼女は前に進み続けることができる。そうあろうと、気を緩めないでいられる。


 けれど、俺は彼女の本当の姿を知っている。

 いや、今の姿が偽物というわけじゃ決してないが、ただ、自信に満ちた姿が彼女の全てではない。


「でも、アタシが完璧なんかじゃないってアンタは知ってるでしょ」


 ぎゅっと、俺の首に巻き付ける手に力を籠め、スノウは恥ずかし気に、しかしどこか甘えるように囁く。


「アンタには弱くて、情けない姿も見せちゃったからさ……だから、支えてよ。アタシが、理想のアタシでいられるように」

「スノウ……」

「そんなのアンタならわけないでしょ。『ストームブレイカーが誇る天才支援術師』なんだから」


 こいつ……!

 さっきまでまともに仕事してないだの、馬だの調子の良いこと言ってたくせに……!!


「俺はそんな雑なアメとムチに騙されないぞ」

「うっさい。いいからほら、歩く歩く!」


 そう足をバタバタさせて蹴ってくるスノウ。

 本当に鞭で尻を打つ馬扱いだ。さっきはちょっとばかししおらしく思ったというのに。


 とはいえ、このまま抵抗していても殴る蹴るの攻撃が続くことは明らかなので大人しく歩き出す。もうお馬さんのことは馬鹿にできないな。

 

「ところでよ」

「んー?」

「なんだかレインがすごくいい笑顔を向けてくるんだけど……」


 魔物の相手をしつつ、「何も考えてませんよ」と何か嫌なことを考えている奴しか浮かべない笑顔を向けてくるレインを見て、俺は身体を震わせた。

 これ、明らかに勘違いされてるだろ。俺がスノウにちょっかい出してるって……


「レイン! これは違うからな! ただ馬になってるだけだから!」

「アンタ、デカい声で何言ってんのよ……」

「お前がやらせてんだろ!?」


 そう文句を言いつつ、しかし、スノウに体調を崩されでもしたら大変なので、俺は支援魔術を使い彼女の身体をじんわりと温めるのだった。



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いよいよ書籍が2月5日発売となりますー!

それに先立ち、WEB版と書籍版がどう違うのかとか、店舗別特典がどんなのものなのか、

近況ノートに書きましたので、よろしければご覧ください!

https://kakuyomu.jp/users/toshizone23/news/16816452218425829254


よろしくお願いいたしますー!

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