10 サンドラ対モノグ

 そうこうして始まった模擬戦、否、武器のテストであったが、その結果は中々なもので……


「モノグ、本気でやって」

「やってる! やってます!!」


 そう、サンドラからお叱りを受ける程度には一方的な状況になっていた。


 模擬戦用に形だけ持っていた片手剣は最初の一撃を防いだ際にあっさりへし折られた。

 もうその時点で勝負はついたようなものだが、これはあくまでサンドラに合う大剣を見つけるのが目的だ。俺の方から待ったをかけるのは忍びない。


 それに、


「モノグ氏ー! ここからっすよー!」

「大丈夫、当たっても死なないよー」


 観客の2人も止める気はさらさら無いらしい。


 ベルさん、ここからってこちとらもう武器を失っているんですが……?

 レインさん、確かに死なないかもですけど、滅茶苦茶痛いですよね……!?


 流石に飲んではいないが、酒のつまみにされている気分だ。くそ、楽しんでくれちゃってよぉ!


「はあっ!」


 なんて、そっちに意識を向けてる余裕などあるはずもなく、容赦なく振るわれたサンドラの剣を、俺は紙一重でなんとか躱す。


「ひぐっ!?」


 しかし、刃を躱したとはいっても、その剣圧は避けられる筈もなく、体勢を崩してしまった。

 幸い、サンドラには機動力が欠如している。多少体勢を崩してもすぐさま追撃されることはない。

 これがレインなら……と思ったが、その比較は無駄か。あいつの剣はスピード重視。威力を持つ剣圧を生むほどのパワーは無い。


 サンドラとレインは同じ剣士だが、その本質は全く異なる。

 最初、同業の剣士としてレインをライバル視していたサンドラが早々にその敵意を鎮めた理由もそこにある。

 2人の剣は対極にあり、同じ土俵に置いて優劣をつけられるものではないのだ。


「むぅ……じゃあ、こっち」


 追撃より先に体勢を整える俺に、サンドラはほんの少し不満げな声を漏らしつつ、普段の大剣(贋作)を投げ捨て、軽く取り回しの良さそうな太刀に持ち返る。

 なんだ、このやる気は。


「ん、軽い。これなら……」


 これなら、何!?

 サンドラは太刀を掴み、確かな手応えを感じたようで、再び俺に向かって戦闘態勢を整える。


 アーツ禁止、剣は刃を潰されている。そんな前提で模擬戦の体を保ってはいたが、しかし、彼女から向けられる闘志は本物だ。


「モノグ、覚悟……!」

「何の覚悟だよ……!?」


 斬られる覚悟なんか全くできている筈もなく、俺はまたも必死にサンドラの攻撃を避け続けるのだった。


◆◆◆


「ぜえ……はあ……ぜえ……はあ……」


 数分後、俺は訓練場の床に身を投げつつ、荒い呼吸を繰り返していた。


「おつかれ、モノグ」

「お、つ……水……」

「オッケー。ボクの唾液でいい?」

「いいわけ、あるか……!」

「ジョーダンだよ。ほら、水筒」


 レインから革製の水筒を受け取り、喉を潤す。ああ、生き返る……!


「にしても流石モノグだねぇ。結局一撃も喰らわないなんて」

「あれは、防戦に徹したからだよ」


 反撃を考えていたらまた違っただろう。

 それにサンドラも本調子だったようには見えない。

 妙に力が入っていたというか、緊張していたというか。


「でも、なんとなく向き不向きは分かったな」

「だね」


 それは新発見というより、再確認といった手応えだが、それもそれで大切だ。

 レインに手を掴んで引き起こして貰い、使用感などを話し合うサンドラとベルの方へと近づく。


「あ、モノグ。元気になった?」

「おう」

「ごめん。無理させて」

「んなことねぇよ。間近で見れた分、俺からも武器製作を色々手助けできそうだし」


 これは出任せではなく、事実……というか、今回俺が立ち会った一番の目的だと思うのだけれど、サンドラは少し気まずそうに俯く。

 気まずそうというのは、もしかしたら杞憂かもしれない。彼女は感情表現が薄く、特に意味なく俯いただけかもしれないから。

 そう思うとやっぱり杞憂に思えてきた。サンドラも多少は疲労していると思うし、変に不審がるのはよくないな。


「そういやレイン」

「ん、なに?」

「お前ギルドに用事があるとか言ってたけど、どういう用件だったわけ?」

「えー、気になる?」

「なるだろ。それこそ普段だったら俺に任すと思うのにさ」


 そう言いつつ、サンドラにも同意を求めると、彼女もコクコクと首を縦に振る。

 レインは困ったように頬をかきつつ、観念したように息を吐く。


「折角なら、もっともったいぶりたかったんだけどなぁ。2人の頼みじゃ仕方ない。申請を出しに行ってたんだ」

「申請?」

「住民登録と住宅購入のね」

「え」


 思わず固まる俺と、ついでにベル。首を傾げるサンドラ。

 そしてニヤリと口角をあげるレイン。


「ボクらもいよいよ、家を買うべきだと思ってね」


 そう、宿屋暮らしから“家持ち”に。

 それは冒険者としてまた一歩、明確にステップアップすることを意味していた

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る