わたしの帰る場所
01 そんな朝
体が重い。
その日、目覚めて最初に思ったのはそんなことだった。
昨日は相変わらずの飲み会で、まあまあそこそこアルコールに溺れて帰ってきた記憶がある。
いつもどおり俺のベッドにダイブしたレインを、今回はベッドから蹴り落としつつ、ようやくベッドに潜り込む頃には時計の針もとうに天辺を越していた筈。
確かに眠りについたのは遅かったけれど、寝てもなお身体が重いなんて、そんなに疲れてただろうか。
ていうか、重いだけじゃなくちょっと蒸し暑くもあるし……ん?
不意に手に柔らかな何かが触れる。
布団の感触とは違う、明らかに暖かなそれは俺の人生経験上そう候補が多いわけではなくて……
「……え?」
恐る恐る布団の中を覗き込み、見つけたそれに、俺の頭は「何故?」という言葉で埋め尽くされることになった。
いったい、どうして、こんな状況に!?
「ふにゃあ……モノグぅ……」
「!!?」
不意に名前を呼ばれ、咄嗟にそれを隠すため、掛け布団を鼻先まで被り直す俺だが……追撃は来ない。
声の発生源はレインだった。
彼はベッドの上で相変わらず気持ちよさげに寝息を立てている。
両腕両足で掛け布団を抱き枕の如くキツく締め上げている。
寝言で俺の名前を呼んでいたけれど、いったい、夢の中の俺はどういう状態なんだ。締め上げられてるのか……?
とはいえ、この状況をそのままにしていたら、その夢が現実になりかねない。
この、俺の布団の中に隠れているそれが露見すれば。
(何がどうしてこんなことに……!? ええい、とにかくレインが寝ている内に……!)
「おい……おいっ、起きろっ」
囁き声でそう言いつつ、布団の中のそれを揺さぶる。
「ん……みゅ……」
みゅ?
なにか可愛らしい鳴き声を漏らしつつ、それでもそれは起きる気配がない。むしろ……
「んん……」
寝苦しげに身を捩りつつ、腕を伸ばして俺を抱きしめてきた。
な、何事!? 夢の中で俺を締め上げるのが流行ってるのか!?
「おーい……」
叩くのはどうかと思い揺さぶってみる。
しかし彼女は起きることなく、寝苦しそうに身を捩り、胸に顔を擦りつけてくる。
「困った……」
「困ったって、何が?」
「びゃっ!?」
「びゃ?」
いつの間にか目を覚ましていたレインに対し、身を跳ねさせる俺。
彼に悟られた様子はないが、状況は悪化している。
俺の本能が叫んでいる。この布団の中を彼に見られてはマズいと。
できるだけ布団の膨らみを隠すために、彼女の身体を胸に強く押し付ける。
互いに寝間着姿、即ち薄着だ。体温はもちろん、心臓の鼓動だって伝わってくる気がする。
「珍しいね、モノグ。オフの日に早起きなんて」
「お、俺だって偶には早起きするぞ」
「なんだか声上擦ってない?」
「あ、朝だからな! ちょっと喉が詰まってる感じがするかもな!」
「ふーん……」
などと、互いにそれぞれのベッドに入ったまま会話を続ける俺達。
こいつ、起き上がんないの?
「レイン、そういやお前、朝からギルドで用事があるとか言ってなかったか?」
「えー、折角なんだからピロートークを楽しもうよ」
「男同士で変なこと言うなよ!? それにベッドはそれぞれ独立してますからっ!」
「わざわざ口に出して説明しなくていいから。冗談が通じないなぁ」
そうしらけたように溜め息を吐くレイン。朝から元気な奴――
「えいっ」
「ぶへっ!?」
突然、視界を何かが覆う。というか、顔面にぶつかってきた。
妙に肌触りのいい布きれ……? いや、これは……
「てめっ、レイン!」
「洗濯しといてよ。我らが雑用係くんっ」
レインが目隠しに放ってきたのは、おそらく今の今まで履いていただろうロングパンツだった。まだはっきり体温が残っている。
そして、レインは俺の視界が塞がっている内に脅威のスピードで早着替えを行い、すっかり外出着に変身していた。
「そうそう、ギルドに用事があったんだー。結構大事なねっ。モノグ、どうせ今日もダラダラ惰眠を貪るつもりだろうけれど、ほどほどにね」
「人を怠け者みたいに言うなっ! こう見えて結構働らいてるんだぞっ!」
「こう見えて、ねぇ?」
レインがからかうように口角を上げる。
確かに布団にくるまりながら忙しいアピールをしてれば、説得力は欠片も無いけれど。
「それじゃーモノグ。行ってきまーす」
「……気をつけてな」
なんとも情けない気分になりつつ、朝からお出かけになるリーダー様を見送る俺。
一貫して布団から出ないままだったが……仕方がない。
「ふぅ……なんとかバレなかったか……とにかく、コイツが寝てる内になんとか――うっ!?」
布団の中に視線を落とすと、パッチリとまん丸に開かれた目がこちらを強く射抜いていた。
「…………おはよ」
「お、おう……?」
彼女は俺の胸の中にすっぽり収まりながら、上目遣いで呟くように挨拶してくる。
ずっと掛け布団で密閉された空間に閉じ込められていたからか、僅かに吐息は荒く、身体も火照って見えた。
「っと、大丈夫かっ!?」
レインが出かけたということもあり、慌てて掛け布団を取っ払いつつ起き上がる俺。
そんな俺に対し、彼女はやけに消耗したようにぐったりと俺のベッドに横たわったままで――
「なあ、おい。どうして俺のベッドにいるんだよ……サンドラ?」
サンドラは俺の問いに返事することなく、少し潤んだ瞳で俺を見た後、身体ごとそっぽを向いてしまった。
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