31[bonus] モノグの好きな人

『改めてデス、これからお世話になるデス。よろデス』

「よろしくお願いします、な」

『よろしくお願いしますデス』


 そうフワフワと宙を漂いつつ、お辞儀するように上下運動して見せるウチ。

 そんな彼女をストームブレイカーの仲間たちは笑顔と拍手で迎えてくれる。

 まぁ、元々俺達は永遠にメンバー固定でやっていこうと思っているわけじゃない。サンドラをパーティーに加えた時もそうだが、状況や必要に応じてパーティーメンバーを増やすことには抵抗は無いのだ。

 ウチがパーティーメンバーという括りになるかどうかは微妙なところだが。


「よろしく、ウチさん……でいいのかな?」

『ハイ。ウチはウチデス。マスターにつけてもらった大切な名前デス』


 レインに対し、ウチは出会った時よりも若干流暢になった言葉で返す。

 相変わらず彼女を視認し会話するには俺が支援魔術を付与する必要があるけれど、出会った時のようなたどたどしい言葉は彼女が俺の中に住み着いてから散々会話をさせられたおかげで随分と改善された。

 デス、に変なアクセントが掛かるところは変わらずだし、まだ言葉遣いが変な箇所は残っているが、まぁそこは愛嬌だろう。


「お前の一人称から取っただけだから、嫌なら変えたっていいんだけどな」

『嫌じゃないデス』


 げしっと頬を蹴ってくるウチ。いや、体当たり?

 こんな軽いやり取りは早くも慣れたものだ。基本的にウチ相手でも俺の立場はあまり変わらず低い。


「でも不思議よね。こうして見ると確かに存在するのに、モノグの魔術を通さないと見えないんだもの。サニィはいつも見えてるんだっけ?」

「ええ。多分神器の影響だと思うけれど……」

「スノウの指輪もダンジョン産なのにスノウは見えないんだ」

「な、なんだか棘があるわね、サンドラ……!?」


 ワイワイキャッキャッと楽しそうにはしゃぐ女性陣。普段よりも騒がしく感じるのは、ここが大衆酒場ではなく普段寝泊りしている宿屋の中だからかもしれない。

 レインと俺の部屋に外で買った酒やつまみを持ち込んでの軽い宴会だが、他の目を気にしなくていいというのは実に心地がいいものだ。


「ねぇねぇ、ウチ。アンタってモノグの中に間借りしてるのよね? なんか普通聞こえないものとか聞こえたりするの?」

『普通聞こえないものデス?』

「例えばモノグの心の声とか!」

「ちょっ、スノウさん?」


 なんだか不穏なことを聞き出そうとしているスノウにツッコミを入れる俺だが、なぜか示し合わせたようにレインに取り押さえられる。


「まぁまぁモノグ」

「ええ、今後のためにも知っておきたいし」

「何か連携に使えるかも」

「くそっ仲良いな畜生!」


 ダンジョンの魔物どもも圧倒する連携力に舌を巻きつつも三人がかりでしっかり動きを封じられてしまう。

 実は俺も内心気になっていたことだ。ウチに思考を読まれているのであれば俺のプライバシーは消滅したことになる。

 こいつらにいったいどれだけ、俺の思考に対する興味があるのかは定かではないが、今みたいに酒のつまみにされることは間違いない。

 それこそ、連携に活かせるというのも否定しづらいからこそたちが悪い。


「ウチっ! 変なこと言うなよ!?」

『変なことも何も、別に心なんて読めないデスよ』

「ええっ、そうなの?」

『ウチはマスターに従属しているデス。マスターがウチの思考を読めないのにウチが読めるわけないデス』

「なんだ。つまらないの」

「おい、サンドラ。本音が漏れてるぞ」


 さっきは連携がどうとか言ってたくせ。

あっさり本音を漏らしたサンドラだが、なぜか表情には後ろめたさは浮かんでいない。というかサンドラだけでなく、こいつら全員つまらなそうな表情を浮かべている。


「お前ら、そんなに人の頭の中覗きたかったのかよ……」

「そりゃあ、ねぇ?」

「ええ、折角のチャンスじゃない」

「チャンスぅ……? お前ら、人の頭ん中暴いて何を知ろうってんだよ」


正直、覗いたって面白いものなんか隠されちゃいないだろう。心のまま何にも邪魔されることなく自堕落に眠りたいとか、懐事情を一切気にせず好きなだけ美味いものを食らい尽くしたいとか、そういういかにも普通で面白みのないことしか考えてない。

後は……アレだな。突然女の子にモテモテになりたいとか? これも面白みがない点では変わりないが、レインはともかく他の女性陣に見られるのはちょっと、いや、かなり嫌だなぁ。


「モノグの好きな人」

「は?」

「えっ」

「ちょっ」

「サンドラちゃん?」


 サンドラの突然の言葉に、俺、レイン、スノウ、サニィがそれぞれ驚きの声を漏らす。

 他のやつが言っても驚きはしただろうが、サンドラについてはその驚きの度合いが違う。

 レインのことならともかく、コイツがそれこそ俺なんかの好きな人に興味を持つなんて思いもしなかった。


「ど、どうしたんだ、サンドラ」

「ん。気になったから」

「お前が、俺の好きな人を?」

「うん」


 相変わらず眠たげな表情でこくりと頷くサンドラ。

 正直、本当に興味があるのか不思議なもんだが……むしろ、なぜサンドラの口からそんな言葉が出てきたのか、そっちの方が気になるぞ。


 そうだよな、みんな……と思いつつ、他の面々を見ると、レイン達はレイン達で何かを示し合わせるように互いに頷き合っていた。

 あれ、何この疎外感。ちょっと嫌な予感がするんですけど……。


「で、モノグの好きな人って誰なの?」

「レイン君?」

「さっさと答えなさいよ。サンドラが折角聞いてくれてるんだから」

「すっと言っちゃった方が男らしいと思うわよ?」

「スノウさん? サニィさん?」


 嫌な予感は速攻で回収されることとなった。

 まさかそっちに乗っかるのかよ!?


「お前ら絶対興味無いだろ!」

「えー、あるわよー」

「そうね。恋バナっていったら飲み会の定番ネタだもの」

「ぐ……実に興味無さげな棒読みでいけしゃあしゃあと……! そのくせ譲る気無い感じだし!」

「モノグ、教えて」

「ああっ、こっちはこっちでなんて純真無垢な瞳をっ!?」


 純真無垢とは程遠い連中の食い物にされるか、天使に見えてきた少女に供物を捧げるか……いや、同義だわ。よくよく考えたら!

 彼女らに圧され、いつの間にか吐く方に傾いていた。危ない危ない。そもそも俺が好きな相手の名前をここで言わなければいけない理由なんて何一つ無いんだ。


「まぁまぁ、みんな落ち着きなよ。ああ、どうしようモノグ、これじゃあ言わないなんて誰も納得しないよね」

「おい、味方のフリして追い詰めてくんのやめろ!」

「だからさ、ここはリーダーであるボクがみんなを代表して聞くっていうのはどうかな。ほら、モノグも同性相手なら言いやすいでしょ」


 言わなきゃいけない理由なんか無い、という流れに持っていこうと俺の頭が働いたのを見透かしたように、レインが回り込んでくる。

 レインは俺に肩を組んでくると、ぐっと顔を寄せてくる。耳元に囁けということだろうが……


「ほら、モノグ。ボクに言ってごらんよ、囁いてごらんよ」

「ぐ……!」


 ぐいっと顔を近づけてきたレインの、酒臭さが混じった甘ったるい吐息を浴びつつ、俺はあからさまに狼狽える。

 どうする。何を言うのが正解なんだ。


 レインはただの下世話な好奇心に突き動かされているのだろう。実際、俺もレインに好きな人がいるなんて話になれば、それが誰だか気になるし。

 対し女性陣がここまで興味を持つ理由は……おそらく、俺を通して一般男性が好む理想の女性像が誰なのか、ということを炙り出そうとしているのだろう。

 それもこれも、全てはレインの意識を向けるため。俺がここにいる誰かの名前を言えば、レインはその人物を意識せざるを得なくなるわけだし。


 俺の回答が真に求められているわけではないと思えばちょっと気は楽になるが……ぐぐぐ、どうする。どうする俺!?


「お、俺はだなぁ……!」


 ん……? 待てよ?

 そもそもの質問は、俺の好きな人が誰かってことだ。

 何も、ここにいる3人の中から選べって話でもない。変に誰かを選ぶことで波風立てるくらいなら……


「まぁ、一番好きって意味じゃあレインかな!」

「ふぇっ」

「えっ」

「うそ」

「はぁあああああ!?」


 迫ってきていたレインの肩を咄嗟に抱き、俺はハッキリと言った。

 それに対する反応はそれぞれだ。

 レインは自分に矛先が向けられると思っていなかったのか石化したかのように固まり、サニィが虚を突かれたように目を丸くする。

 サンドラが呆然と呟き、スノウは信じられないと言わんばかりに吠える。


 そう、俺は逃げた。恋愛的な好きではなく、友情的な好きに。

 そう、レインはこのパーティーにおいて唯一の同性だ。深い友情を感じたというには中々に説得力があるだろう。実際、唯一無二の親友くらいには思っているし。


 まぁ、同性愛者と誤解される可能性はあるが、サニィ達が今更そんな誤解をすることもないだろう。俺が本当に同性愛者だったら、もっと彼女らとレインを巡ってバチバチやってるだろうし。多分。


「はいっ! 言った! 言ったからな! それじゃあ俺はもう寝るから!!」


 自分でも強引だと思うくらい無理やりに話を畳み、逃げようとして――気が付く。

 ここ、俺が泊ってる部屋だ。どこに逃げるっていうんだ。


「も、モノグ。ぼ、ボクも……モノグが一番……好き、だよ?」

「……へ?」


 逃げ道を探していた俺の腕をきゅっと掴み、顔を真っ赤にしたレインがそうはにかんだ。


 固まる一同。照れくさそうに頭を掻くレイン。いつの間にか消えたウチ。

 なんだ。何が起きたんだ。酔ってんのか。誰がだ。俺か。レインか。


 一つ分かるのは、俺のつまらない冗談にレインがどういう意図か乗ってきたってことだ。

 顔を真っ赤にしているのは彼がすっかり酔っぱらっている証拠だろう。今の好きが、冗談でも“そういう好き”なのか、俺への意趣返し的な好きなのか……ええい! 考えている暇は無いっ!!


 もしも、万が一、酔っぱらって正常な判断力を失ったサニィやスノウが、“そういう好き”だと勘違いし、あろうことか俺をライバル認定し、亡き者にしようなどと直情的な行動に出てきたら……!?

 その可能性を俺は否定できない。今、彼女らが目の前で起きたことを処理できないみたいに固まっているこの機を逃す訳にはいかない!


「【ドランク】ッ!!!!!」


 多分、ここ最近で一番腹の底から叫んだだろう。

 【ドランク】――それは対象を酔っぱらわせる支援魔術だ。正確には、酔いを増長させる魔術で、ある程度酔っている相手にしか通用しないが――


「うっ」

「ふえっ」

「あっ……」

「きゅう……」


 レイン、スノウ、サニィ、サンドラがバタバタと床に倒れる。

 やはりサンドラもある程度酔っていたか。彼女が未成年で酒を口にしていないとはいえ、この部屋には酒気が充満しているからな。


 咄嗟の応急策ではあるが、今は十分及第点だ。

 彼らは酩酊状態になり、倒れる直前――つまり先ほどまでのカオスなやり取りを忘れるだろう。


「後はこいつらをベッドに運んで――いいや、全員レインのところに寝かせれば」


 一人一人担ぎ上げ、レインのシングルベッドに押し込む。ぎゅうぎゅう詰めにされて非常に寝苦しそうだが、実際役得だろう。

 一応、悪酔いして寝ながら嘔吐してしまわないよう、そこら辺をカバーする支援魔術を軽く付与してっと……これで良し。


「はぁ……まったく、酔っ払いは恐ろしい」


 ベッドに腰かけ、深々と溜息を吐く俺。

 あの怪鳥に捕まっている時よりも遥かに疲れた気がするぞ。


『静かになったデス』

「ウチ、お前どこにいたんだ」

『マスターの中に隠れていたデス』

「お前、ご主人様を隠れ蓑にしてるんじゃねぇよ」


 しれっと再び現れたウチにうんざりと溜め息を吐きつつ、同時に閃く。


(こいつを放っておいたら、サニィとかにさっきのことをバラしちまうんじゃねぇか?)


 だとすれば、レイン達を酩酊させた意味が無くなる。

 ぐ……一番の敵はウチだった……!? いや、まだ対処法はある!


「ウチよ、お前をこのまま生かしてはおけん」

『何言ってるデス、マスター』

「ええいっ! 繋がれぃっ!!」


 支援魔術としての体裁をしっかりと成していない状態の出来損ない魔術をウチに付与する。

 込めた効果は、感覚共有。ようは俺がウチに掛けている、彼女を認識させたり、話したりできるようにする魔術の応用だ。

 俺達は魔力で繋がっているため、感覚を繋ぐのもね……案外あっさりできちゃった。


『な、なにしたデス。体が重い、デス』

「くっくっくっ、お前は今俺の全身を蝕む“酔い”に侵された状態だ」

『酔いデス?』

「ああ……そして、俺と一緒に地獄の底に沈むのだ! ええい、ままよっ!!」


 俺はテーブルに残っていた酒瓶をガシッと掴み、勢いのまま全て喉奥へと流し込んだ。

 アルコールは体の内から激しい熱を放ち、そして酔いも格段に強くなる。すぐに何も考えられなくなるほどに。


『い、意識が保てない、デス……!?』

「ふ、ふふ……眠れウチ。そして今見たものを全てわしゅれりゅとりぃ……」


 言いながら、俺は倒れた。そして死んだ。完。






 こうしてウチの歓迎会は、未成年、そして人外である妖精も含め、全員激しく酔いつぶれる形で幕を閉じた。

 全員漏れなく二日酔い確定だ。これでサンドラはまた一歩大人の階段を上り、ウチも人間に対する理解を深めたことだろう。どちらも悪い意味で。


 案外、ストームブレイカーの一番の敵は魔物ではなく酒なのかもしれない。

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