30[epilogue] 快晴
それから夜が明け、俺達は特段トラブルに巻き込まれることなく地上に戻った。
トラブル……は、無かったのだが、気になることは、みんなにウチのことを紹介した時の反応だ。
基本、全員歓迎ムードだったし、特にサニィは自分の背負ったものの重さに表情を暗くする瞬間もあったのだが、どうにも全員、呆れたような感じを出していた気がするのだ。主に俺に対し。
口には出されていないし、気のせいかもしれないのだが、なんともチクチクする感じがするのだ。ただ、レインも、スノウも、サニィも、サンドラも……それぞれ全員が俺に抱く同じチクチクする感情というのには全く心当たりが無くて……俺はついついそんな奇妙な感覚を頭の隅に放り投げるのだった。
そして――
「ベル、本当に助かった、お前のおかげで全部が全部、上手く行ったよ」
翌日、俺はベルハウスに借りたハンマーを返しに訪れた。今回の主役、サニィも一緒だ。
もちろんウチも。彼女はその在り方の性質上、俺から離れられないらしい。常に起きてはおらず、結構自由に寝たり起きたりするらしいが……なんとも賑やかなものだ。
「むふふ、それは良かったっす」
ベルは実に嬉しそうにハンマーを受け取った。
これで俺が妖精たちを見て、話せていた理由となる、所有権的なアレが無くなったのだろうけれど、以前ウチは見えたままだ。
まぁ、コイツに関しては最早俺の一部といっても間違いではない感じになっているし、なんだったらコイツが他のメンバーとコミュニケーションを取るための支援魔術も作っている。その点、心配は不要だろう。
「しかし、本当に妖精の泉だったり神器だったりがあるなんて……あっしもその現場にいたかったっすよ!」
「仕方ないだろ、お前は冒険者じゃないんだから」
「そうなんすよねー……まぁでも、モノグ氏が本物の妖精さんを連れてきてくれたんでオッケーっす!」
『ウチも嬉しい、デス。ベルサン』
満面の笑みを浮かべるベルに対し、俺の頭の上に乗ったウチが挨拶をする。
こいつ、飛ぶのが面倒なのか最近は俺の頭の上や肩に乗ってくることが多い。光の球なので重さは無いし、基本他人からは見えないので、何か被害があるわけではないのだが、なんだかいいように使われている気がして釈然としない。俺のことをマスターとか呼ぶくせに。
「ねぇ、モノグ氏。ちょっとウチちゃん借りてもいいっすか? 色々と話聞いてみたいなーって。ね、ウチちゃん、モノグ氏のあれやこれやを教えてあげるっすよー?」
『それはぜひ聞きたい、デス!』
「なんだよあれやこれやって。お前が俺の何を知ってるってんだ」
「冷たいっすねぇ~唯一無二の親友なのに」
ニヤニヤと笑うベルの様子から、付き合いもそこそこな俺やサニィは冗談だと分かるのだが、ウチは本気にしたようで、『唯一無二の、親友!』などと興奮した姿を見せていた。
そんなわけで、ベルと話し込み始めたウチは放置することにし、俺は店の中に置いてあるベンチに脱力しつつ座り込んだ。
「珍しいわね、モノグ君」
「んー?」
「ああいう話の流れの時、いつもだったら変なことを吹き込まれないよう止めるんじゃないかしら?」
肩が触れ合いそうな距離に腰をかけてきつつ、更に顔もグッと近づけてくるサニィ。
傍から見れば迫られているようにも見えるが……さすがにそんなことはないだろう。
「……酔ってる?」
「まだお昼よ? お酒なんて飲む時間があるわけないじゃない」
そう言いつつも余計に体重を預けてくるサニィ。ああ、近い近い近いっ!
「モノグ君、なんだかドキドキしてる?」
「してませ……いや、して……してない……」
「何、その嘘」
やはりからかわれていただけだろう。サニィは楽し気に笑いつつ、ほんの少し離れてくれた。あぁ、顔が熱い。
「ウチちゃんも、ベルさんも、凄く楽しそうね」
「まぁ、2人とも俺と気が合うからな。あいつら同士が気が合ってもおかしくない」
「モノグ君は割と誰とも気が合うんじゃない?」
「ったく、人を能天気なやつみたいに」
どうにも褒められている感じがせず、溜め息を吐く俺。
一体こんな中身のない会話のどこが楽しいのか、サニィはやっぱり笑顔のままだ。
「でも、出会った時は自信無さげだったお前が今や“神器使い”だもんな。たった1年で変わるもんだ」
“神器使い”なんて呼び方に特別な意味が定められているわけではない。
しかし、冒険者にとって、ダンジョンに遺された神器を扱うということは、それなりに特別な意味を持つ。
それこそ、スノウ、そしてサニィと2人も神器持ちがパーティー内に誕生した。そのことは彼女達を、そしてストームブレイカーを次のステージへと導くだろう。
彼らがそれを望もうが、望むまいが。
「……私が変われたとしたなら、それは間違いなくモノグ君のおかげね」
「大げさだなぁ」
「大げさどころか、言葉に尽くせないほど感謝しているのよ? だって、モノグ君は私に進むべき標をくれたのだもの」
サニィは俺の手を握り、両手で優しく包み込んでくる。
「それに、年長者だからって気を張ってばかりいた私がこうやって甘えられるようになったのもモノグ君がいてくれたからでしょう?」
「甘えるなんて……まだ俺の方が甘えてばかりだ」
愚痴を聞いてもらったり、悩み事を相談したり……俺が俺にとってのサニィみたいになれているとはとても思えない。
標をくれた、なんて言われても俺のは精々きっかけ程度だろうし、彼女が人として、冒険者として成長を遂げているのは他ならぬ彼女自身の力だ。その点はもっと自信を持ってくれてもいいと思うんだけど。
「今回のことで、私は力を手に入れた。神器……新しい“モニカ”を」
サニィは俺の手を放し、そして手の平を上に向けるように広げる。
直後、そこに光が集まり――純白の弓が出現した。神器“モニカ”が。
「【ポケット】と似て、全く原理の違う収納機能か……なんとも便利だなぁ」
「そうね。実際の矢を使わずとも魔力を弾にできるし――けれど、これも“彼ら”の犠牲があってこそ、なのよね」
「犠牲なんて思う必要は無いさ。全て、アイツら自身が決めたことだ」
「ええ……そんな言い方、彼らに失礼だったわね。けれど……私は彼らの想いが込められたこの武器を持つ以上、決してそのことを忘れてはならないと思うの」
ぎゅっと弓を握りしめ、サニィは真剣な表情を浮かべる。
「私、もっと強くなりたい。もっとこの子を使いこなせるように。正しく使えるように」
「ああ、そうだな」
「他人事だと思わないでね? モノグ君は彼らと話した唯一の人なんだから。私が彼らの想いにしっかり応えられているか、“いつまでも”見守ってもらわないと」
「ああ、もちろ――ん?」
なんだか妙にねとっとした、いや、ドロっとした? なにかそういう感情が通り過ぎていった気がする。その正体を探ろうにも、もう既に消え去ってしまっていて……考えるだけ無駄だということだけは分かった。
「どうしたの、なんだかボーっとしているみたいだけれど?」
「い、いや。なんでもない」
「しっかりしてね? 私が心から甘えられるのはモノグ君だけなんだもの」
「ったく、冗談なのか本気なのか」
なんて溜め息を吐く俺だが、事実、この瞬間を見ればサニィは俺に甘えているのだろう。
気兼ねなく冗談を吐けるならそれだけ心を許してくれているということだし、本気なら言わずもがなだ。
彼女だけじゃない、ストームブレイカーの連中が強くなるたびに、どこか遠くに行ってしまったような寂しさのようなものを感じなかったといえば嘘になる。
けれど、変わらない……いや、より良くなっているものも確かに在る。
それを確かに受け止め、前に進んでいく。言葉にすれば単純だが、いつだってやるべきことは同じだ。
「ああ、存分に甘えてくれ。俺はそれ以上にお前らに甘え倒すがな!」
「ず、随分自信満々に言い切ったわね……!?」
「俺だってストームブレイカーじゃあお前に次ぐ年長者だ。それなりに心労が溜まる立場なんだぜ?」
ほんの少しおちゃらけつつ、俺はそんな愚痴をこぼす。まぁ、俺の心労なんてものは大したものじゃないんだろうけど。
いつか、サニィだって俺なんかじゃなく、他のみんな――それこそレインにも本当の自分を曝け出せるようになるだろう。だから、それまでは今の、彼女が望む関係に甘えてもいいだろう。
ふふっ、とサニィが息を漏らす。弓が光の泡となり消える。再び彼女の中へと戻っていく。
ただの町の一角にある、素朴な雰囲気な武器屋。その中においても、その光景はつい見惚れてしまうほどに美しかった。
「なんだかいい雰囲気っすね~?」
『いいふいんき、デス』
突然、割って入ってきたベルとウチの声にハッと我を取り戻す。
同時にサニィを見ながら胸の底から湧き上がってきかけていた感情もどこかに沈んでいってしまった。
「別に、普通に話していただけよ?」
「そうっすか~? ムフフでウフフな感じになっちゃったんじゃないっすか~?」
「どういう関係だよ、それ」
ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべて近寄ってくるベルを押しのけるように逃げる。
そんな俺達のやり取りをサニィはいつもと同じ抱擁感のある笑顔で眺めてきていた。
「ウチとのおしゃべりは済んだのかよ」
「ええっ。まぁ、まだまだ足りないっすけど、どうせモノグ氏はまた来店されるでしょうしその時にでも」
『とのこと、デス』
「そーかい」
「じゃあ、サニィさん。次はサニィさんの番っすよ。その神器もメンテが必要かとか、あっしでもある程度は分かると思うっすから」
「ええ、お願いします」
ベルがサニィを工房の方へと手招きする。サニィがここに来たのは何も俺がベルにハンマーを返すための付き添いだけじゃない。
同じモニカがベースとはいえ、扱う武器が変わったのだ。それに合わせてグローブや防具などの装備も適したものに見直す必要がある。
「モノグ氏も付き合うっすか~? サニィさんのスリーサイズも測ったりするっすけど! きゃっ、このむっつりスケベ!」
「それを言われて付き合いますなんて言えないから。俺は帰る。サニィをよろしくな」
『ウチもモノグさんと一緒に帰る、デス。どうせ離れられない、デスし』
なんて、冗談じゃなければ成立しない会話を最後に、俺はベルハウスを後にした。
別に空気が籠っていたわけではないのだけれど、なんだかやけに空気が澄んで感じるぜ。
『それで、どうする、デス? マスター』
「寝る」
『……マスターは怠け者、デス?』
「うるせぇ。人の中に間借りして、好きな時に起きて好きな時に寝るお前には言われたくないね」
頬を突いてくるウチをデコピンで弾き飛ばしつつ、住み慣れた宿へと足を向ける。
怠け者なんて言われはしたが、こちとらまだダンジョンでの疲れが抜けていないんだ。次、いつ試練が待ち受けているか分からない。休める時には休んでおく。いつだって万全に備えておくことこそが何よりも肝要なのだから。
「まぁ……寝て過ごすにはちょっとばかし勿体ない気もするけどな」
けれど、そんなことも思ってしまう。
ついつい、何かしたくなる。ただ惰眠を貪って一日を終えることが、途轍もない無駄に感じる。
それほどまでに、目の前に広がる快晴の空は、清々しいまでに青々と光り輝いていた。
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