27 想いが力となるならば

 とても静かだ。

 今は戦いの中に在り、決してのんびりしているような状況ではない。

 それでも、私の世界は静寂に包まれていた。


 敵は完全にレイン達が抑えてくれている。私はただ攻撃のみに集中すればいい。

 それは仲間に命を預けられる程私の精神が安定しているというのもあるし、それを裏付けられるほど周囲が見えているということでもある。

 今、私の命を脅かす脅威は、無い。


「ふぅ……」


 それでも私は深く、深く息を吐く。自分の心を落ち着けるように。

 静かで、それでも穏やかというわけじゃない。じっとしていられない……初めて弓矢を手にした時みたいな、ううん、それ以上の高鳴り。私は敵よりも前に、自分を律することから始めなければならなかった。


 この、新しいモニカは凄い。

 武器の凄さは、持ち手によって左右される。同じ剣でも英雄が振るえば聖剣と称えられ、悪人が振るえば魔剣と恐れられる。だから、私がモニカを正しく使えば、この子の価値はそれだけ上がっていく……そう思っていた。


 けれど、今、私はこの新しい力を使いこなせていない。武器に対し、それを扱う戦士の方が優位な立場にある……そういう思い込みを一蹴するほどに、モニカは、神器は凄いとしか言えない。

 先のモノグ君を助けるための射撃もそうだ。イメージ通り、いや、イメージ以上に射撃ができたのは初めてだ。風を読み、動きを読み、モノグ君を切り離した際、泉に落とせるように計算する……これまでの私だったら全ての条件が揃っても半々程度の成功率だっただろう。

 失敗すればモノグ君は地面に叩きつけられ……その高さ故に無事ではすまない。そんな状況に手が震えた筈だ。でも、それは起こらなかった。

 矢をつがえた時点で、私はあの射撃が成功すると確信していた。半々の成功率を100%に押し上げたのは私の実力ではなく、モニカの性能に他ならない。


 現時点で、私はまだこの子に使われているのだろう。あの完璧と言える射撃を以っても、完全ではない。

 精密性だけじゃ駄目だ。もっと、この子の限界も、私の限界ももっと先にある。


 それが、欲しい。強くなるために、優れた冒険者になるために。

 コモンアントに噛みつかれ苦しむ彼を見ているしかなかった私を、変えたい。


「ぷはぁ!」


 泉に落ちたモノグ君が上がってくる。いくら水の上といってもまったくノーダメージというわけにはいかないだろうけれど、無事そうだ。正直ホッとする。

 モノグ君は少し拗ねるように私の方を睨んでくるけれど……でもしょうがないじゃない。説明する時間なんか無かったんだから。


 彼の近くをウチさんが飛んでいて、彼は彼女と何か話しているようだった。

 それに、ほんの少し嫉妬してしまう自分がいるけれど……でも、大丈夫。あのガーディアンを倒したら、私は、私達はいくらでも彼と話し、笑い合うことができるから。


「……?」


 ふと、手が震えた。いや、私の手自体ではなく、モニカ自体が震えたのだ。それがなぜなのか、不思議とすぐに分かった。


「貴方も嬉しいのね」


 私はモニカを育ててきた。それこそ、自分の子供みたいに。

 そして一緒にこの子を育ててくれたのはベルさんに、モノグ君だ。

 もしもモニカに意志のようなものがあったとすれば、彼の無事を感じて喜ぶなんてこともまったく不思議な話じゃない。


 私の想いと、“モニカの想い”。

 2つが折り重なって、形になる感覚――きっとこの先に、モニカの真価がある。


 モノグ君やスノウちゃん――魔術師にとって、その想いが魔術の出来を左右するという。

 であるならば、私の、“私達”の想いが、アーツに力を与えない謂れは無い。


「私に、できるかしら」


 つい数刻前まで諦めの中に居た私に、そんなことができるだろうか。そんな開き直りが許されるのだろうか。

 一度諦めかけた私に、もう一度なんて権利が残っているのだろうか。


 そう、弱い心が顔を出そうとする――そんな時、


「サニィ、頑張れ」


 言葉が届く。乾いた身体に、心に染み込んでくる。


 泉から上がることもなく、モノグ君はただただ残酷なくらいに真っ直ぐ、私に期待の眼差しを向けてきていた。

 支援魔術を使うこともなく――それでも私と神器となったモニカならできると、信じている。


「ふふっ」


 自然と口には笑みが浮かんだ。

 嬉しいとか、恥ずかしいとか、緊張するとか……色々言葉にすればあるのだろうけれど、けれど、なんにしたって今やるべきことは明らかだ。


「応えないわけにはいかないわね」


 無意識のうちに身体が動き出す。

 つがえていた矢を矢筒へと戻し、私は矢を持たずに弓を構えた。

 弓から指先に光が走る。その光はやがて矢となり、私の手とモニカを繋いでくれる。


「光の矢……!?」


 モノグ君が驚いたように言葉を漏らした。

 そう、矢だ。これは私の心が作り出した矢。そしてこの矢こそ、モニカと私の新しい力。


「ギエエエエエエエエ!!」


 ガーディアンが咆哮を放ち、一度大きく距離を取った。

 それが助走の為だというのは明らかだ。おそらく、羽を飛ばしながら超速で突っ込み、レイン達を吹っ飛ばそうというのだろう。


 だったら、それを全て潰してやればいい。


「いくわよ、モニカ」


 腕に力を込める。ターゲットは全て見えている。どう撃てばそこに刺さるか……全て、全て視えるッ!


「行きなさい……! 【シャイニング・ミーティア!!】」


 奇しくも、私が矢を放つタイミングと、ガーディアンが突っ込んでくるタイミングは全くの同時だった。

 けれど、その結果はもう見るまでもない。


 私の放った矢はガーディアンが飛ばす羽を全て空中で叩き落とし、そして、光の矢は一本一本意志を持つかのように宙を旋回し、ガーディアンの身体へと刺さる。


「ギエエエエエエエ!!?」


 矢が集まり、眩い光を放つ中で、ガーディアンの悲痛な叫びが響き渡った。


 そう、負けるわけがない。何の問題も無く、倒せる。

 私は決して自信家じゃないし、きっとレイン達に遠慮し続けた頃に生まれた弱気な私が消えることはない。

 けれど、消えて欲しいとは思わない。大事な私の一部だ。だって、おかげで私はモノグ君と本当の意味で“出会えた”のだから。


 そして、私の中の想いが力になった証があの矢なら、このモニカならば……その想いが何か負けることなど有り得ない。


 その確信を裏付けるように、手の中でモニカが鼓動する。

 それを確かに感じつつ、私はモノグ君の方を振り返り――ぽかーんと間抜けに口を開けたまま固まっている彼を見て、笑顔を浮かべた。

 年甲斐もなく、一切形作らない、心からの笑顔を。

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