22 才能
思い返してみれば、私にとって彼の存在は最初、疎ましいものだったのかもしれない。
ストームブレイカー……ううん、”レインちゃん”とスノウちゃんは私にとっては2つ下の、妹のような存在だ。
故郷の村で、ううん、そこから出てもずっと、私は年長者として彼女達を支えてきた。
弓を扱うアーチャーは、戦闘職であると同時に、遠距離から敵をけん制し乱す、支援職的な立場にある。
レインちゃんが接近戦を有利に進められるように、スノウちゃんが十分魔術を準備する時間を稼げるように、私はいつも主役ではなく脇役として立ち回ってきたのだ。
もちろん、2人にはそうするだけの価値があった。同じく冒険者を志す者として目を細めずにはいられない輝きを放っていた。
私は、彼女達みたいにはなれない。ずっと、ずっと、そんな想いを抱えて生きてきた。
天才の2人に、凡才の私……自分の小ささが時に情けなく思える。
2人は私を慕ってくれているけれど、そんな存在じゃない。能力も、器も、慕われるに足る存在なんかじゃないって。
それでも必死にやってきた。自分の居場所を、自分自身を守るために、必死に。
「なぁ、サニィ。どうしてお前、そんな自分を抑えてるんだ?」
そう突然モノグ君に言われたのは、彼と一緒にパーティーを組むようになって1週間経った頃のことだった。
モノグ君は支援術師で、私よりもよっぽど上手にレインちゃんを、スノウちゃんをサポートしていた。それが頼もしくもあり、妬ましく感じていた私は、突然彼に呼び出された時、様々なことを想像していた。
それこそ、「お前は邪魔だから、パーティーを抜けろ」と言い渡される可能性も。
「私が、自分を抑えている……? 何を言っているの、モノグ君」
「うーん……どうもお前は本気に見えないんだよな。レインとスノウに遠慮でもしてんのか?」
「え、遠慮?」
「ああ。例えば、魔物が襲ってくる時……お前が矢を放って先制するだろ。そんでダメージを受けて乱れたところに2人が止めを刺す……うん、実に理にかなっている。目を見張るコンビネーションってやつだけど……でもお前なら、初撃で魔物を絶命させられる。そういう場面が何度もあっただろ?」
「ッ……!」
モノグ君の言葉に、私は咄嗟に自分の耳を塞いでしまいたい衝動に駆られた。
彼の話していることは仮定の話だ。現実として、そういうことができた場面があったのかは当の本人である私にも分からない。
しかし、たとえ妬ましくとも私は彼の能力を信頼している。彼一人の存在で、私達はどんどん強くなっている。それは事実だから。
だから、思ってしまう。彼がそう言うのなら、私にもできるんじゃないかって。
いつか“私達”が“彼女達”になるなんてことを恐れなくなる……私自身も特別な存在になれるんじゃないかって。
そう、身勝手な欲を抱いてしまう。
駄目だ。そんなことを考えてはいけないんだ。
私は年長者として、2人の姉代わりとして、自分を捨てて尽くさなければ。
そうしなければ、これまで刻んできた年月を否定することになってしまう。これまでの私を……
「勿体ないな」
「……え?」
「レインが近距離。スノウが中距離。そして、サニィ。お前が遠距離。それぞれがそれぞれのエキスパートになれれば、お前たちはもっと強くなれる」
「買い被り過ぎよ。私にそんな才能は無いわ」
「才能……ね」
モノグ君は何かが引っ掛かったみたいに、少し苦い表情を浮かべて吐き捨てた。
「何が才能で、何が才能じゃないか……そんなことは、全部試してみなくちゃ分からない。お前は全部試したのか?」
「全部……」
「なーんて、言い出したらキリは無いけどさ。今のお前の表情を見れば、納得しちゃいないなんて丸わかりだよ」
モノグ君はそう、優しく笑う。
レインちゃんやスノウちゃんに向けるような、優しい、兄のような暖かな目で。
私の方が年上なのに、なんて考えは浮かんではこなかった。年上というのは数少ない私の武器の筈なのに。
「よぉし。それじゃあどうしてお前がもっと先へ行けると思ったか、その根拠の一つを示そう」
ずっと見ていたい。ずっと見られていたい。
そんな、奇妙な感覚が形になる前に、モノグ君は表情を崩す。悪戯を思いついた子どものような笑みを浮かべる。
「ちょっとお付き合い願おうか、お姫様」
彼はそう言って私の手を取り、強引に引っ張って歩き出した。
辿り着いたのは町中にある冒険者の為の訓練所だった。
基本的な武器の練習に使える施設であり、当然、弓術を鍛えるための射撃場も用意されている。
「こういうところのよ、レンタル用の武器ってのはなんで、どいつもこいつも安っぽいのかね」
彼はそうぼやきつつ、レンタルした弓矢をつがえる。
的までは30メートル。当然素人が放てば掠りもしない距離だけれど、
「すぅ……」
弓を構える彼の姿は、すごく美しかった。
確実に昨日今日初めて構えた者の姿ではない。それどころか、長年の練達を感じさせる。
鋭く細められた目からは殺気が溢れ出し、全身から漏れ出る覇気に、見ているだけの私の首筋にじんわりと汗が浮かんでくる。
私は、彼のその美しい姿に見入っていた。
しかし彼はそんな私の視線をものともせず、ただ的だけ見つめて――指を離す。
矢は風を切って宙を走り、真っ直ぐ、何にも遮られることなく、的の中央を射抜いた。
「凄い……」
「お前だってできるだろ。なーんて、素人から言われたら皮肉に聞こえるかもしれないけどさ」
モノグ君はレンタルの弓を立てかけつつ、苦笑する。
「久々にやってみたけど、やっぱり駄目だな。狙いを定めるのに時間がかかりすぎだし、たった一射でこんなに疲れてるようじゃ」
「そんなことはないわよ。本当に驚いた。まさかモノグ君にこんな才能が――」
「才能?」
モノグ君は皮肉げに笑った。そこに自信なんか一切ない。どこまでも弱々しい……つい抱きしめてあげたいと思ってしまうほどに。
「俺にアーチャーとしての才能はないよ。今、弓を握っていないのがその証拠さ。ただ、自分に才能が無いと分かる程度には、練習したからな」
「モノグ君……」
「けれど、だからこそサニィ。お前の技術の凄さが分かる。同時に歯がゆさも」
モノグ君は優しく私の手を取り、包み込む。
「才能、というのなら、それこそが俺が弓術を練習してきた意味なのかもしれないな。お前の中にある壁をぶっ壊すための才能っていうのかな」
「私の中にある、壁……」
「一個ずつ見直していこう。武器のメンテ、フォームのチェック、ルーティーンの構築……なんだって手伝うぜ。俺はサポーターだ。アタッカーの為にいる。他でもないお前の為にな」
「っ……」
彼は見抜いているのだろうか。
私の本質を。私がどう生きてきたかを。
たった1週間程度の付き合いでしかないのに。
「お前はもっと自由にやりゃあいいんだ。戦いの時、最も早く動くのは遠距離攻撃を得意とするお前の役目――そのお前が周りを気遣う必要なんかないんだ。だから……」
俺にくらいは我儘になってもいいんじゃないの。
彼はそう言って微笑んだ。
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