23 権利

 ウチと名乗ったその声の正体はなんと、モノグくんと話していた妖精らしい。


 性別の概念は無いらしいけれど、その声色は女性的に感じられたので、便宜的に“彼女”と呼ぶことにした。

 どうして先ほどまでモノグ君しか喋れず、見えなかった存在の声が私達にも聞こえるようになったか――その理由はやはりと言うべきか、モノグ君にあった。


「それじゃあモノグはアンタを元に、妖精が誰とでも喋れる支援魔術を創り出したってこと!?」

『ハイ、デス』

「信じらんない……」


 呆然とスノウちゃんは呟いた。


「そんなに凄いことなの?」

「当たり前よ! 魔術を創り出すなんて、普通部屋とかに籠って理論書と向き合って、何日もかけて組み上げて、何度もテストして……ようやくできるかできないかってものなのよ!? それを魔物に捕まって、空の上で、この一瞬で……アイツ、やっぱり化け物よ……!!」


 そう、興奮したように早口でまくし立てるスノウちゃんはどこか嬉しそうだった。

 私達は魔術の専門家ではないから正直その凄さが分からないけれど、ただ、モノグ君が凄いということは普段から嫌というほど理解し、納得できる。


『ウチはまだ生まれたて、デスが、ウチがみんなの代わりに皆さんに話す、デス』


 ウチさんはそう言うと、まず最初にモノグ君を攫った鳥について教えてくれた。


 あの鳥は“ガーディアン”と呼ばれる存在らしい。

 この妖精の泉を見張り、“力を得た者を襲う役目”を持っているという。


『あれはウチ達と同じものから生み出された、デス。ウチ達は人を助け、あれは人を襲うという違いはある、デスが』

「どうしてそんなことを」

『……間違った人に力を与えないためらしい、デス』


 ウチさんはたどたどしく説明する。知識のある他の妖精から受けた説明を伝言する彼女も、私達と理解度は同じなのかもしれない。


 とにかく、あの鳥……ガーディアンが普通の魔物ではないということは分かった。

 ガーディアンは対象を捕らえ、上空へと連れていって自由を奪う。そのまま足で身体を締め付け、ジワジワとその命を削っていくという。


「十分に反撃のチャンスを用意してくれているってことだね。なんだか鼻につくけれど、それならモノグも直ぐに殺されるということはない、か」

『ハイ、デス』

「試し……ねぇ……。でも、ガーディアンはウチが言う通りなら妖精の神器を手に入れた人間を襲うんでしょ。どうしてモノグを攫ったわけ?」

『それはモノグサンが、既に加護を受けた武器を持っていたから、と思われる、デス』

「それってあのハンマーだよね。つまり、勘違い?」

「はぁ……間抜けねぇ……モノグらしいけれど」


 呆れたように溜め息を吐くサンドラちゃんとスノウちゃん。

 内心ホッとしているのが分かる。モノグ君は無事で、今もこの空の上にいる。それならばまだ挽回のチャンスはあるということだ。


 けれど、私達に悠長に立ち止まっている時間は無い。今も彼は苦しんでいるだろうし、命が保証されているわけでもない。

 そもそも、モノグ君が危機に晒されているなんて状況を、ここにいる誰もが許せる筈もないのだから。


「教えて、ウチさん。貴方は私に、モノグ君を助けろって言ったわね。私は何をすればいいの?」

『ハイ。サニィサン、あなたには私達の武器を手に入れてもらう、デス。そして……』


――モノグさんを助けてください。

 その彼女の言葉だけは、一切淀みなく、他の誰の言葉を通訳するものでもなく、彼女自身から放たれた切実なものだと私には感じられた。

 


 ウチさんに指示された通り、私は弓を――モニカを泉に浮かべた。

 これからこの子がベルさんの持つハンマーのように神器となれるかどうか“試し”が行われる。


 失敗すれば、モニカは粉々に砕け散るらしい。もう二度と、その姿さえも修復できないまでに。


――どうせもう弓として使うことはできないのだ。手元に置いておいてもガラクタと変わらない。


 多分、それが一般論だ。

 けれど、そう簡単に割り切れはしない。


 あの日、モノグ君が“私を見つけてくれた”あの時から、私は彼と、そしてモニカと一緒に走ってきた。


 モノグ君は私が扱いやすくなるように毎日武器の調整に付き合ってくれた。町中の武器屋、鍛冶屋を巡り、ベルハウスという信頼できるパートナーを見つけたのもその一環でのことだ。

 フォームの調整も、わざわざ訓練場まで付き合ってくれて、時には手取り足取り指示して直してくれた。


 アップデートしていくたびに、精度が、威力が上がっていく――それを彼は自分のことのように喜んでくれた。彼が喜んでくれるのが嬉しくて、だから私ももっと頑張れて……

 モニカはその証明だ。私が冒険者として歩んできた足跡そのもの。私を形作るとても大事な、私の一部。

 もしも、もはや武器として扱えないほどに傷ついてしまったとしても決して手放すことはできない。消えて無くなってしまうなんて耐えられるわけがない。


 けれど、それでも。


(きっと、モニカは満足しないわね)


 この子は私の一部。

 私と一緒に、モノグ君と、ストームブレイカーと一緒にここまで歩んできた。

 常に私の要求に100%で応えてくれた。だからこそ、修復不能なほどに壊れてしまうのは当然の帰結だったのだろう。


 ここで終わって満足なわけがない。もしも物に魂が宿るのならば、この子も生きたいと願っているはずだ。


 想いの強さが成功率に関わる? だからなんだというのだ。


――この武器はかなり傷ついている、デス。成功率はかなり、厳しい、デス。


 だから、なんだ。


「傷つき倒れて、それでおしまいなんて……そんな生っちょろい考えなら、誰も冒険者なんかにはなれないもの……!」


 私はあきらめない。

 仲間も、相棒も、恋も、夢も。


 そうだ、簡単なことなんだ。

 何をぐずぐず悩んでいたのだろう。どうして忘れてしまっていたのだろう。


 彼から貰った言葉は今も私の中に生きている。

 そして、全て未来に持っていく。

 

「だから、一緒に戦いましょう……! もっとどん欲に、我儘に……!」


 水面に光が灯る。

 モニカが泉の中で輝きを放つ。純白の、強い光を。


「だって、貴方は私の一部なんだもの」


 当然のことなのだ。

 モニカは私で、冒険者としてずっと、彼に守られてきたのだから。


「貴方も彼を大好きに決まっているわよね」


 私の言葉に呼応するように、ドクンと光が跳ねた。

 そしてその鼓動はどんどんと激しく、大きくなっていく。


『サニィサン』

「……うん」

『貴方に、託す、デス。これがウチたちの、力、デス』


 光が晴れる。そして――


「これは……」

「すっご……!」

「きれい」


 みんながそれぞれ言葉を漏らすように……光り輝く泉の上に、純白の美しい弓が浮かんでいた。

 ベルさんのハンマーのような白――しかし、モニカの面影はちゃんと残っている。


『成功、デス』


 あっさり、とも思える時間。

 しかし、ウチさんの言葉はとても重々しく、軽い言葉では片付けられない何かを感じさせた。


「これが、神器……」

『ハイ、貴方のもの、デス』


 ふわふわと宙に浮かぶ光の塊がそう答えてくれた。ああ、これがモノグ君の見ていた妖精の姿なのだろう。


「サニィ、時間が無い。すぐにでもモノグを」

「ええ、分かってる」


 私は神器と化したモニカを掴む。かつてと変わらない手触り。しかし、なにかが本質的に異なっている。


「でも、こうも暗くっちゃあどこにモノグを攫った鳥野郎がいるかわかんないわよ!」

「音も何も聞こえない……本当にいるのかな」

『大丈夫、デス』


 ふわり、と私達の前に躍り出るウチさん。

 彼女は自分を主張するように宙を何周か回ると、そのままの動きで私の矢筒……その内の一本に触れ、解けるように消えた。


「ウチさん?」

『あの人が、ウチをここまで飛ばしてくれた、デス。その時、木の実の殻に、ウチをとりつかせた、デス』

「……なるほど」


 彼女の言いたいことを理解し、私はウチさんが宿った矢を番えた。狙いは適当でいい。とにかく空に向かって飛ばせれば。


「サニィ、どういうこと?」

「この矢にウチさんを乗せてモノグ君のところまで行ってもらうの。ウチさんがモノグ君に状況を教えてくれれば、きっと彼から彼の状況が分かる合図を送ってもらえる筈って」

「なるほど。これはいよいよボクらは見ているだけかな?」


 レインが少し落ち込んだように肩を竦める。

 そう、これは私の役目だ。今、モノグ君を助けられるのは私だけ……


 かなり責任重大だ。昔の私なら、私なんかにできるはずないって尻込みしたんだろうけれど。

 でも、今の私にとっては、この状況が誇らしい。


 彼と一緒に育んだ力が、私に、私だけに彼を救う権利を与えてくれたのだ。


「みんな、ここは私に任せて」

「うん、了解」

「ちゃんとやりなさいよっ」

「がんば」


 それぞれの、それぞれらしい返事を聞きつつ、私は宙へと矢を放つ。すぐに矢は闇に溶けて見えなくなってしまったけれど――大丈夫。何も不安に思うことはない。

 そう、この手に伝わる感触が教えてくれた。

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