21 空と地上
それは鳥だった。
しかし、鳥と呼ぶにはあまりに異様な姿をしていた。
一言で表すなら、岩。
その身体は岩でできていた。空を飛ぶ身軽な生き物にしては有り得ない。
岩のような肌、ではない。岩なんだ。身体が岩でできている。
(ゴーレム……!?)
そう、ついこの間、第20層で戦った岩の魔物。それの鳥版が空から襲来し――そして、
「なっ……!?」
「モノグ君!?」
「モノグッ!!」
そのかぎ爪で俺を捕らえ、再び空へと舞い上がった。
目にも止まらぬ速さで景色が流れていく。それは文字通り一瞬に起きた。
「ギュオオオオオオ!!!」
月明かりのような光が照らす“夜空”で、その鳥はけたたましい雄叫びを上げた。
(ま、ずい……!!)
その爪がギリギリと身体に食い込んでくる。
実際の鳥が持つような、鋭利な刃の如き鋭さはない。獲物を生きたまま捉えるための、殺傷性を持たないものではあるが、決して逃がさないように力強く胴を締め上げてくる。あばらがキリキリと悲鳴を上げているのが分かった。
けれど、マズいのはそれだけが理由じゃない。
既に先ほど俺達がいた泉、そして樹海は遥か下にある。一目でその全貌が分かるくらいに小さくなってしまった。この高さから落ちることがあれば……さすがに今俺が覚えている支援魔術を駆使ししても、俺が【ポケット】に入れているアイテムを総動員しても、絶対に助からない。確実に死ぬだろう。
(考えろ……)
どうしてこうなった。一体どこからコイツは湧いて出てきた。なぜ、ピンポイントに俺を狙った。
気になることは山ほどある。しかし、そんな短絡的な疑念は全て頭の隅に追いやった。
考えるべきは、俺が今何をするべきかだ。
『もももも、モノグサン』
「って、お前ついてきたのか!?」
頭の上から妖精、ウチの声が聞こえた。こんな状況にも関わらずサンドラみたいに、いやサンドラ以上に抑揚のない声色だが、こんな状況だからか声自体はかなり震えていた。
『ついてきちゃった、デス』
「いや、そうだね……?」
それは見ればわかる。いや、頭の上に乗っているので見えないのだけれど。
『ど、どうする、デス。やばい、デス』
「俺が言うのもなんだけど、焦ることはないだろ。お前は飛べるんだし」
『あ、そうだ、デス』
自分で言いながら、高度的に問題が有ったりするのだろうかと思いはしたが、あっさりとした回答にそれは杞憂だったと分かる。
そもそも、俺は今コイツ……彼だか彼女だか分からないが、妖精さんのことを心配している場合じゃない。
今、この状況で俺に何ができるか。いや、何をすべきか。
それはこの妖精を助けることでも、この怪鳥を倒すことでもなくて。
(どうやって生き残るか……いや)
“そんなこと”よりも、優先すべきことはある。それは……
『そ、それではウチはお先に……』
「待て」
逃げ出そうとするウチを押さえ、留める。
コイツには悪いが、コイツは鍵だ。今、俺がやるべきことを果たすために。
『も、モノグサン?』
「ウチ、お前に頼みがある」
俺は天井の見えないダンジョンの空の上、岩の怪鳥にその身を囚われながら、俺はただ巻き込まれた哀れな存在から唯一の希望へとランクアップしたウチを真剣に見つめつつ、【ポケット】からスリングショットを取り出した。
◆◆◆
「モノグ君……!!」
気が付いた時にはあっという間だった。
空から滑空してきた怪鳥にモノグ君が攫われてしまった。今ではもう夜の闇に溶け込んで見えなくなってしまっている。
奇妙なことに羽音も何も聞こえなかった。その存在を知った今でも、空は嘘みたいに静かで。
「モノグ……!?」
私に遅れてレイン達も状況に気が付いた。他でもないモノグ君がいなくなったのだからみんなが気が付かないわけがない。
「サニィ、何があったのさ!? モノグはどこに……!?」
「わ、分からない。一瞬で、鳥のような魔物に攫われてしまって……!」
呼吸が上手くできない。
どうして、なんで、私は何もできなかったのか。モノグ君は私が守らなければならなかったのに。
弓を失って、自信を失って……最後に残されたものも失ってしまった。
「ちょ、サニィ……!?」
気が付けば膝をついてしまっていた。
スノウちゃんが慌てて支えてくれるけれど、足に力が入らない……いいや、力を入れられなかった。立ち上がる気力はもう私に残されてはいなかった。
魔物がモノグ君を連れ去ったのは遥か上空だ。空にはレインとサンドラちゃんの剣は届かない。スノウちゃんの魔術にも射程には限界がある。
月明かりのような光が照らす暗闇の中、それでも全く見えない上空に飛び去ったあの怪鳥に果たして届くだろうか。
「すごく静か……」
サンドラちゃんが大剣を構えながら呟く。
辺りは静寂に包まれていた。風一つ起こらない。生き物の放つ気配のようなものもない。
既に、あの怪鳥はどこか遠くへモノグ君を……!?
どうして、私は弱いのだろう。
モノグ君は弓を失って、それだけで自信を失いかけた私を優しく支えてくれたというのに。
ベルさんも、レイン、スノウちゃん、サンドラちゃん……みんなに助けてもらって、ようやく一縷の望みである妖精の泉へと辿り着いたというのに。
妖精を見て、話せるのはモノグ君だけだ。妖精に私の弓を生まれ変わらせてもらうのに必要な手段が私達には分からない。
「しっかりしなさい、サニィ!」
「す、スノウちゃん……」
「アタシ達のやるべきことは一つ……モノグを取り戻すことよ! アンタの言う通り、怪鳥がモノグを攫ったっていうなら……悔しいけれど、できるのはサニィ、アンタしかいない!」
強く、千切れそうになるくらいに私の肩を掴みながら、彼女は叫んだ。悔しさに涙を浮かべながら、しかし、力強い光をその目に宿らせて。
「アタシの攻撃魔術にはアンタみたいな確実な精度はない……もしも鳥がモノグを掴んだままだったら、アタシの攻撃はアイツを巻き込んじゃう……だから、モノグを助けるためにはアンタに俯いてもらっちゃ困るのよっ!!」
悔しい。スノウちゃんに渦巻く感情の正体を私は知っている。
彼女だけじゃない、私達を見守る他の2人も同じ感情が抱いていると私には分かる。
ダンジョンを攻略する冒険者として、ストームブレイカーの一員として生きる中で、私達は様々な経験をしてきた。
火が二度と同じ形にならないように、全く同じ経験なんて無い。紡いできた日々は全て、新しくて、特別だった。
目の前に立ちはだかる困難を前に、悔しさに心を磨り潰されるような思いをすることも当然初めてじゃない。
私の力では、“彼”の助けにはなれないという無力感を味わうことも、何度もあった。
ここはレインが適任だ。スノウの魔術でないと解決できない。サンドラだけが救う権利を持っている。
そんな、他の誰かが彼を助ける場面を何度も見てきた。何度も、何度も。
そのたびに、私は自分の弱さを自覚してしまう。
ストームブレイカーとしては勝利をしている。彼も、みんなも無事だ。けれども、嫉妬せずにはいられない。
私だって、彼を助けたいのに。彼に必要とされたいのに。……そんな後ろ暗い感情が私を蝕んでいく。
そしてそれは私だけじゃない。
私が羨み憧れる、レイン、スノウちゃん、サンドラちゃん……みんな同じなんだ。
私達は家族以上に信頼し合える仲間であると同時に、たった1人の男の子を巡るライバルなのだから。
(私しか、助けられない……けれど、私は……!!)
今の私には、そんな力は……!
『サニィ、サン』
「……え?」
声が聞こえた。この場にいる誰のものでもない。
あまり感情を感じさせないその声は初めて聞くものなのに、どこか暖かく感じた。
「モノグ、君……?」
『いいえ、ウチはウチ、デス』
その声は淡々と名乗り、そして……告げた。
『モノグサンに託された、デス。だから、サニィサン、助ける、デス』
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