20 妖精による鑑定
「サニィ、そっち引っ張ってー」
「こう?」
「そうそう。あっ、スノウ! サボらないでよ!」
「アタシがサボってんじゃなくてサンドラが引っ張りすぎなの!!」
「別に普通だけど」
ワイワイキャッキャッと楽し気な声が聞こえてくる。
再び発動した俺の光球が楽し気な男女……即ち、俺以外のストームブレイカーの面々を映し出していた。
彼らは今、野営用のテントを設置している。今から樹海を出てワープポイントまで戻るのは現実的じゃないのと、妖精がこの辺りに魔物は出ないから安全だよと胡散臭い情報をくれたのが理由だ。まぁ、胡散臭いと思いつつ通訳したのは俺なんだけど
美少女たちに囲まれるレインとは違い、俺は先ほどから三倍ほどに数が増えた妖精たちに囲まれていた。全部が全部、好き勝手喋るものだから、頭が混乱して仕方がない。
というわけで、今メインに会話をしている妖精1体に相手を絞っていた。仲間たちの様子を伺ったのは、まぁついでというやつだ。
『うーむ、確かにおいどんらが同胞の加護したものだな』
そう、ふわふわ優しそうな雰囲気を出した見た目(光の球)にも拘わらず、鼓膜をびりびり揺さぶる低音ボイスで言う妖精オイドン。オイドンは名前ではなく一人称らしいが、個々に名前があるわけではないらしいので便宜上そう呼ばせてもらっている。
「そうか」
オイドンの言葉に俺は安堵の溜め息を吐いた。
今、オイドンにはベルから借り受けたハンマーを見てもらっていた。これが彼らの関与したものであれば、即ちここがベル、正確にはベルの両親が言った妖精の泉である裏付けになるからだ。
「その加護した妖精には会えるか? 頼みたいことがあるんだ」
『もう死んだ』
「え?」
『おいどんらは人間よりも遥かに寿命が短い。これが生み出されたのは……そうだな、おいどんらにとっては3世代近く昔の話になるな』
ベル曰く、30年くらい前の代物らしいから、彼らの寿命は10年とか……いや、世代の区切り方が分からないから全然正確じゃないけれど。
しかし、もう死んでしまったとは……希望が一気にしぼんでいく。
「そうか……なぁ、あんたらの中で同じことができるやつはいないか?」
『いるぞ。誰でもできる』
「え……本当か!?」
どうやら彼らは皆同じ力を持っているらしい。
勝手に人間のように、鍛冶屋もいれば冒険者もいて、料理人がいれば、無職もいる……そんな様々な専門に分かれていると思っていたのだけれど。
『おいどんらはそういう“神聖”を与えられているからな』
「しんせい?」
『うぬら人間の言葉で言えば、役割とも置き換えられる』
うぬー、うぬー、と言葉を覚えたばかりの子供のように体当たりしてくる他の妖精たちをいなしつつ、俺は彼らという存在について考える。
役割を与えられたというのは、まるで彼らに上位者がいるような言い方だ。伝記でいう俺達人間を創り出したという神という存在のような……もしかしたらそれはこのダンジョンを生み出したという古代人のことかもしれない。
『しかし、おいどんらの力はその武器に込められた思いを増幅させることだ。その素体となる道具が必要になる』
「思い……」
『うぬらの道具においどんらが加護を施すことは可能……しかし、その加護に耐えうる思いが無ければ、それは永遠に失われる』
つまり、ぶっ壊れるということか。
美味しい話には当然リスクも存在する。いや、彼らが協力的という時点でリスクなんて言えないかもしれないが。
果たしてベルのハンマーに元々父親が込めていた思いとやらがサニィの弓へのそれと比べてどうなのか……残念ながら分からない。基準も定かではないのだし。
そんなことを思いつつ沈黙を保っていると、不意にオイドンが話し出した。
『おいどんらは人間のために生まれた……しかし、こうして話すことができたのは、いいや、出会うことができたのはうぬらが初めてだ』
オイドンの声はどこか悲し気だった。人間のため、という言葉から俺の立てた仮説がそう遠くはないということが分かる。
しかし、果たしてそれは幸せなことなのだろうか。
『おいどんらは人間を待ち望み……しかし、恐れていた。おいどんらは人間に会ったことは無いが、聞こえてはいたからな。その浅ましさ――醜さは』
「あながち否定はできないな」
人間には良い面も悪い面もある。良くも悪くもそれは個々に依存した問題だ。
ここにいるストームブレイカーの面々はみんな良い奴だ。それは胸を張って言えるし、命を賭けろと言われてもその価値はあると思っている。
しかし、悪い奴がいるのも事実で、今彼らの言っていることに関して言えば、ストームブレイカーの面々が良い奴なんて情報は意味を持たないのだ。
悪い人間がいる。重要なのはそれだけだ。
彼らにとって不幸なのは、彼らが人間という不完全な生き物のために生み出されてしまったことだろう。もしかしたら、彼らを生み出したのはこのダンジョンを作ったという古代人かもしれないが……いかに発達した技術を持っていたとしても、人は人だ。その本質はきっと変わらない。
彼らを蝕む不幸は、本当に自分たちに与えられた使命に従っていいのかという疑いに変わる。創造主が自分たちより優れた存在であると無条件に信じる理由はないのだから。
俺にはその気持ちが痛いほどに分かる。
『きっと、大丈夫デス』
オイドンの気持ちが伝播したのか、他の妖精たちも黙り込む中、どこかたどたどしい声が割って入ってきた。
『うちには分かる、デス。この人たち、いい人間、デス』
『むぅ……そうか』
なんだかよく分からないが、ふわふわと飛んできたどこか淡い青白い光の球がオイドンを言い負かした。
うちという一人称だから、ウチと呼んでおこう。
ウチはふわふわと俺の方に飛んでくると、そのまま上の方に飛んで行った。
髪が少し揺れた感触――どうやら頭の上に乗ってきたらしい。
『その子はつい最近生まれた子なのだ。まだ使命しかしらない』
「使命しか、か……」
俺は頭の上に手を伸ばし、人差し指でウチを撫でる。ハッキリと触っている感触があるわけではないが、触れてみると少しだけ暖かい抵抗を感じた。
『このハンマーから思いが伝わってくる、デス。これはモノグサンの物ではない、デス?』
「ああ。借り受けたんだ。ただこの持ち主も実際にこの泉に来たわけじゃなくて、ここでこのハンマーを受け取ったのは彼女の親で……」
『一時的に、このハンマーの所有権がモノグサンに委譲されてる、デス』
「所有権が委譲?」
『信頼、デス』
ウチはたどたどしい言葉遣いながら、頑張って説明してくれる。
要約すると、このハンマーを託してくれたベルが俺を信頼してくれているから、一時的にハンマーの持ち主になれ、彼ら妖精たちと会話ができるし、見ることができるという話らしい。
思わぬ信頼の証明に妙な気恥ずかしさを覚えつつも、やはり感謝がこみ上げてくる。地上に戻ったら飯でも奢るか……相手は商人、奢るなんて言ったらそれこそ体中の毛一本残さずむしり取られるかもしれないけれど。
『うむ、おいどんらにとってそれは何よりも信頼できる人間である証。喜んで力を貸そう』
「本当かっ!」
なんとも本当にサクサクと話が進んだ。これもベルさまさまだ。
それこそあまりのサクサク具合に、信心深さとは縁遠い人生を歩んできた俺でさえ、見えざる神の導きとやらを信じたくなってくるものだ。
「サニィ」
「モノグ君?」
既にテントを張り終え、ダンジョンでの一泊という冒険者らしい非日常を満喫し始めていたところから、サニィを呼び出す。
とはいえサニィも度々こちらを気にしていたみたいで、中々満喫とはいかなかったようだけれど。
「話はついた……というかほぼベルのおかげなんだけれど」
『む、おいどんらが加護を授けるのは彼女の道具でいいのか』
「ああ、ベルが信頼した俺が信頼する相手だ。命の恩人でもあるし、大切な仲間でもある」
サニィを宣伝するように、俺はペラペラと胸を張って語る。サニィは妖精の声は聞こえていないが、俺がべた褒めするものだから照れくさそうにしていた。
『うぬが言うのであればおいどんらも異存はない』
「そうか、ありがとう。サニィ、弓を」
「え、ええ」
俺の指示に従い、サニィは弓を差し出す。
オイドンを始め、妖精たちがわらわらと弓に集まってきて漂い始めた。
「ひゃっ!? も、モノグ君……な、なんだか暖かい感じが……」
「ああ、妖精がお前の手に触れてる。意外と気持ちが良いだろ?」
「み、見えないからなんだか凄く奇妙で……」
気持ちが悪いというよりは、くすぐったいという感じだろうか。
まぁ、見えない相手と喋っている俺も彼女らからしたら奇妙だっただろうけれど、妖精たちに腕を突かれもぞもぞしているサニィも中々にエッ……ではなく、奇妙だ。ではなくないけれど。
『む?』
そんなこんなで暫く突いていたオイドンだったが、不意に声を漏らす。その響きは少しばかり不吉だった。
何かあったのか、と聞こうとしたがサニィには聞こえていない。俺から聞くと不安にさせてしまうと思い次の言葉を待っていると――
「うっ!?」
「きゃあっ!?」
不意に、凄まじい風が吹き荒れた。
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