19 妖精との邂逅
既に時間は深夜2時を回り、俺達は目的の樹海へと足を踏み入れていた。
相変わらず景色は真っ暗なのだが……一つ、妙なことが起きていた。
魔物が出てこないのだ。それこそ樹海に入るまではガンガン湧いていた魔物の襲撃が、ピタリと止んでいた。それこそ人間に特別敵意のない小動物くらいしか出てこない。
こういう樹海みたいなところには魔物が多い傾向にある。まぁ、地上の話だが。ダンジョンの外にも魔物は出るが、人里離れた場所に限定されており、ダンジョンの中ほど強くもなかったりする。けれど、樹海に入れば今まで以上に魔物が出てくると踏んでいた分、今この状況は肩透かしというか、なんというかだった。
それこそ、戦えない俺が文句を言う筋合いも無いし、むしろ嬉しいのだけれど。
「ハンマーの輝き、どんどん強くなってるわね……?」
「ああ、光源を用意する必要も無いくらいな」
最早松明代わりにでもできそうなくらい、光り輝くハンマーを手に持ちつつ、サニィの言葉に頷く。
もしかしたらこのハンマーが魔除けでもしてくれているのだろうか。これに関しては全く根拠ない話だけれど。
『――……』
「……ん?」
何か、声が聞こえた。俺達のものとは明らかに違う誰かの声が。
「モノグ君……?」
突然周囲を見渡し始めた俺に、サニィが心配げに声を掛けてくる。
いや、サニィだけでなくストームブレイカーの全員がそういう反応で――どうやら、彼らには聞こえなかったらしい。いや……声は“今現在も”聞こえてきている。
(なにかの精神攻撃……? いや……)
頭に浮かんだ疑念をすぐさま否定する。少しずつだが、ハッキリと声が聞こえはじめたからだ。
そしてその内容は、こちらを惑わそうとするものではなく、むしろこっちのことなど全く意に介さず、ワイワイとはしゃぐものだった。
『あれ? 足音が聞こえてくるぞ』
『人間じゃないか……?』
ハンマーに導かれるまま歩いているとその声もハッキリしてくる。
そして偶然か、ちゃんと内容が聞き取れるまで近づいた時には、向こうも俺達の接近に気が付いたようだった。
「こっちに気が付いたみたいだ。聞こえないか?」
「……?」
俺にはハッキリ聞こえているのに、相変わらずサニィ達の反応はよろしくない。
耳が良いとか悪いとかじゃない。それに、向こうは今俺達に気が付いたのだから向こうの意図したものでもない。
俺は頭の中で仮説を立てつつも、歩く速度を上げる。これはもしかするともしかする……ベルにハンマーを借りただけの土産話はできるかもしれない。
手に握ったハンマーの輝きがどんどんと増していくのを感じつつも、早歩きで歩くこと数十秒……木々の茂みが開けた先に、“それ”はあった。
「わぁ……」
「泉よっ、泉!」
「なんだか光ってる」
レインが驚きと共に溜め息を吐き、ようやく目的のものを見つけたとスノウが歓喜する。
淡く、幻想的に光り輝く泉を見て、サンドラがシンプルな感想を漏らす。
そして、
「これが、妖精の泉……?」
俺と繋いでいない方の手でしっかりと相棒、弓を抱きつつ、サニィは感慨深げに呟いた。
『人間! 人間だ!』
『随分久しぶりだなぁ……』
そして誰も触れていないが、泉の上では幾つかの光の球が躍っていた。俺が魔術で作り出したものと似てはいるが、全く違う。
これは生きている。おそらく、ベルの言った妖精の泉……その妖精たちだ。
それぞれ、赤、青、緑……などと色分けされていて、どれがどれだか一応は区別できるようになっている妖精達はフワフワと俺達の方に飛んでくると、観察するように周囲をぐるぐる回り始めた。
『本物の人間だ。オイラ初めて見たよ』
『アチキも』
『ワッチも初めて!』
……いや、一人称が中々にバラエティに富んでいる。
ふわふわと俺達の周囲を回りながらはしゃぐ妖精たち。勝手な先入観かもしれないが、妖精ってもっと人嫌いというか、隠れている存在だと思っていた。
しかし、実際の彼らはなんとも人懐っこく思える。
「みんな、これは見えてるか?」
ふわふわと宙を漂う光の球を指差しつつ、仲間たちに問いかける。が――
『えっ、この人間アチキらのこと見えてるの!?』
先に妖精の方が反応してきた。次いで、「これって?」とレインが首を傾げたことから、彼らには見えていないと分かる。
しかし、声が聞こえるのも見えるのも俺だけとは……
「みんな、俺には今、妖精が見えてる。声も聞こえてる」
「えっ」
『ええっ!?』
驚く仲間たちと、妖精。妖精からも驚かれるのは癪だが……
『オイラ達の声が聞こえる人間なんてすっごい久しぶりだよ。すげぇすげぇ!』
ツンツンと俺の頬を突いて――否、体当たりしてくる妖精たち。
「なるほど、ボクらの前には姿を現さず、しかし、頭を押さえに来たというわけか……」
「いや、頭はお前だろ。調子の良い事言いやがって……」
どこか楽しむように、とんでもないことを言い出すレイン。
そういえばそうだった、などとこれまた調子良く言うスノウも俺は見逃しちゃいない。こういう瞬間にも仲良し感を出すのだから肝が据わっていると思うけれど。
ただ、妖精なり、仲間たちなりが何を言おうと、交渉役に俺が選ばれてしまったのは事実のようだ。なんとなく状況を察してはいるが、心配げに俺の手を握り込む力を強くするサニィのためにも、目を逸らしてはいられない。
「すまない、君たちは妖精と呼ばれる存在ということで有っているか。これに見覚えは無いか」
俺は自分の声が硬くなっているのを感じつつ、ベルから受け取ったハンマーを掲げながら言った。
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