18 サポーターの役目

 第15層のボス部屋は平原を抜け、渓流を渡り、更にまた平原を超えた先。

 天高く聳え立つ岩山の腹、抉り取られた洞穴の中に存在していた。


 地下に広がる迷宮の中とは思えない程に広大なフィールドであるが、ボス部屋、階層攻略までの道は意外にも分かりやすいものだった。

 そのおかげもあって、一部の冒険者を除き、この第15層に辿り着いた冒険者達はこの層を一通過点と認識し、その全容を解明するための探索を行うということはしなかった。俺達も当然そうだ。

 俺達の目的はダンジョンの隅々まで練り歩くことではなく、最奥を目指すというものだ。人生は僅か数十年しかなく、冒険者として生き生きと振る舞えるのはその寿命の半分にも満たないだろう。一歩足を踏み外せばその寿命は一瞬にして失われる分慎重になる場面も多々あるが、だからこそ余計に広域エリアの隅々を探索しようなどという者は“変わり者”と認知されても仕方なかった。


 さて、本題。

 ベルの話では、ベルの両親は妖精の泉をダンジョンの中に生い茂った樹海の中にひっそりと隠れているという。

 この樹海というのは、この第15層でいえば、ボス部屋のある岩山の入口から右折した先にあるそれだろう……と俺達は当たりをつけていた。他に森らしい森を見つけたことは無かったというのもあるし。


 当然、ボス部屋近くになるので入口からは遠い。それを慣れない夜の闇の中、それなりに急いで進まねばならないのだ。俺達を襲う緊張は相応のものだった。


「はあっ!!」


 レインが勢い良く双剣を振るい、同時に複数の魔物を撃破する。魔物の姿は見えないが、問題無く絶命したらしい。夜の影響で狂暴性を増したとはいえ、俺達にとっては既に乗り越えた層の敵だ。初見でも露払いは容易い――というのはきっと、天才的アタッカーであるレイン、スノウ、サンドラだから成立するんだろう。


 普段であれば、そんな彼らの技量と才能におんぶに抱っこで、余裕をかます(精神的にはお荷物的なアレでゴリゴリ削られる)俺であるが、今回に限って言えばそこそこに働いていた。


「モノグ! ボーっとしてんじゃないわよっ!」

「はいはいっ!」


 今もスノウから罵声を浴びせられた。まぁ、ほんの一瞬でも気を抜いていた俺が悪い。


「行けっ」


 俺が発動した魔術、光源となる光の玉をスノウの方へと飛ばす。当然殺傷性は皆無だが今必要なのは灯りだ。


「【アイス・ショット】!」


 照らし出された魔物に向かってスノウが氷の弾を放ち、打ち倒す。


「モノグ、こっちも」

「あいよっ!」


 次はサンドラ。


「モノグー」

「へーへー!」


 そして、レイン。その繰り返しだ。

 珍しく、本当に珍しく、ダンジョンの道中でモノグ君大活躍の巻である。


 夜の闇の中では光が必要不可欠。魔物を倒せないサポーターだが、闇にはちょっとばかし利があった。

 俺は現在光の玉を合計10個ほど操っている。まぁ、内4つはそれぞれに自動で張り付いているので操るとは少し違うかもしれないが。

 他6つは、アタッカーに2つずつ付けていて、場面場面に合わせて俺がコントロールしている。時に敵を照らし、時にまだ見つけていない敵を探すために周囲を探らせ……そんなことをしながらも足は前へと向ける。改めて並べてみると中々大変なことをしているなと思ってしまう。俺じゃなくちゃ成立していないね(自画自賛)。


 脳みそはフル稼働しつつ、それでも成立してしまっているのだから、アタッカー勢からの要求はどんどん強くなっていく。もっと早く、もっと正確にと、突き詰めていくとキリがない。


「あー、もう忙しい!」

「きっとみんな嬉しいのよ」


 俺と手を繋ぎ、引っ張られるがままのサニィがどこか羨まし気に言った。

 羨ましいのは今思いのままに戦えているアタッカー勢に向けてのものか、それとも珍しくでも活躍できている俺に対してか、もしくはその両方か……残念ながら読み取ることはできなかった。


「モノグ君と一緒に戦えるの、最近じゃボス戦くらいだったもの」

「そうだな、ダンジョンの道中じゃあお前らはもう俺の助けなんか――」

「違うわよ。モノグ君は、“あえて”私達に手助けをしていない……違う?」


 自嘲するようにサニィは微笑んだ。形式上聞いてきてはいるが、彼女なりに確信を抱いているようだった。


「みんな――私も含めて、全員が気が付いていたのよ? モノグ君は自分がいなくなっても私達が冒険者としてやっていけるようにって考えてるんじゃないかって」

「それは……色々誤解があるな。俺が手出しをしないのは実際に必要がないからだし、お前たちは十分、俺――いや、サポーター無しでやっていける実力が備わってる。俺は、いや、サポーターはあくまで保険だ」

「……それこそ誤解よ。少なくとも今の私は冒険者として相応しくない」


 弓を失い、戦うことのできなくなった彼女は明らかに自信を失っていた。それこそ、今この瞬間も仲間たちを危険に晒している負い目を抱いているのかもしれない。そんな必要、全く無いというのに。


「支え合うのがパーティーだ」

「……そうね」


 どの口が言う、という思いもあったかもしれないが、サニィは口を閉ざした。


 はたして、武器を取り戻すだけで彼女の自信が戻るだろうか。

 冒険者にとって武器は、ただの道具じゃない。自分の命を、誇りを、自信を守ってくれる存在であり、特に冒険者になってから同じものを愛用し続けているサニィにとっては、冒険者として歩んできた足跡のようなものだ。

 たとえスペックが上がった神器を手に入れられたとしても、その神器が以前よりも彼女の手に馴染んだとしても、自分を作り上げてきたその足跡が失われたことは変わらないだろう。


 もしもに備えるのもサポーターの役目であるのなら、彼女に新たな自信を与えるのもまた俺の役目だろう。でも、どうやって。

 俺は光球を操り、樹海に向けて走りながらも、そのことに頭を巡らせ続けた。

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