17 夜のダンジョン
「それじゃあモノグ氏、みなさん。あっしはここで」
「ああ、色々と話してくれてありがとう。何とかやってみるよ」
「はいっす」
ダンジョンの前で、俺達はベルとそんな別れの挨拶を交わした。
彼女は冒険者ではない。俺達がこれから向かう場所へはワープポイントを介する以上、ついてくることはできない。
「モノグ氏、今度連れてってくださいよー?」
「ああ、ちゃんと見つけられたらな。……まぁ、連れていくのは俺じゃなくて、コイツらだけど」
後ろ指にストームブレイカーの面々を指しつつ、俺は自虐的な笑みを浮かべた。
実際ベルは最後までごねたのだ。子供の頃から聞かされ続けた親からの話、実際にその舞台となったかもしれない地へと行くチャンスなのだ。行きたくないと思う方が不自然だろう。
そういう意味では、彼女を連れていけないというのは少々後ろめたさがある。まだ、俺達がこれから向かう場所が本当に妖精の泉があるかは確実ではないのだけれど。
「あ、そうだモノグ氏」
何かを思い出したかのように、ベルは背負っていたリュックからあの純白のハンマーを取り出した。
「これ、どうぞ」
「え?」
「父が泉で手に入れたと言ったハンマーっす。もしかしたら何かの役に立つかもしれないっすから」
「いいのか? 大事なものだろ。数分程度で済むことじゃないし、最悪――」
「最悪の話は結構っす」
機嫌を損ねてしまったらしく、ベルはぷっくらと頬を膨らました。
「モノグ氏達なら絶対に帰ってくると信じてますし、問題ないっす。あっしは行けないっすから……代わりにこの子に見届けてもらうっす」
「ベル……」
「お言葉に甘えて借りておこうよ、モノグ」
「……ああ、そうだな。ありがとう、ベル」
「はいっす。どうかご武運を。帰ってきたらちゃあんと全部聞かせてくださいね?」
「もちろんだ」
彼女からハンマーを受け取り、しっかりと握手を交わす。
そして、【ポケット】に入れようと思ったのだけれど――
「あれ?」
入れることができない。術式に反応してくれない。
「モノグ?」
「いや、なんでもない」
俺はハンマーを腰のベルトに挿し、誤魔化すように首を振った。ハンマーが軽いおかげでベルトがずり落ちる心配はなさそうだ。
もしかしたら神器は魔術効果を受け付けないのかもしれない。いや、俺の指輪は今も【ポケット】に収まっているから、それとは少し違うかもしれないが……もしも、本当にサニィが神器を手に入れられたら、色々と考える必要があるかもしれないな。
◆◆◆
ダンジョンには“広域エリア”と呼ばれる階層がある。
かつては秘境なんて呼ばれもしたそうだが、階層全体が“そうなっている”ので、秘境というのは大げさすぎということになり、巡り巡って今の呼び方に落ち着いたらしい。
広域エリアを一言で表すのなら、もう一つの世界だろうか。
ダンジョンは地下深くに伸びた、日の当たらない世界だ。実際その中は光に満ちた明るい空間となっているが、洞窟の中らしい圧迫感も感じさせる。天井は特別高くなく、通路も限られている。開けた空間と言うには、それこそ俺達よりも小柄な子ども達からしても思うのは難しいだろう。
しかし、広域エリアは違う。ペイズリーの地下に広がるダンジョンでいえば、“第15層”が広域エリアに当たるが、この階層にはまるで地上のような箱庭の世界が広がっている。
平原が広がり、川が流れ、山が高く聳え立つ。天井は高く、それこそ地上から見る雲の高さよりもずっと広がっている。
他と同じ1階層とカウントすることさえも憚られるそんな空間には魔物以外にも、地上で見られるような普通の生物さえも生息し、生態系を築いている。
もしもダンジョンを築いたのが古代の人間だったのであれば、広域エリアはそういった生物を育てるための場所として用意したものだったのかも……いや、今それは関係無いか。
「うわぁ……夜に来るのは初めてだけれど、この空間にはちゃんと“夜”があるんだね……」
呆然とレインが呟く。しかしそれはレインだけでなく、俺達ストームブレイカーの誰しもが驚きを見せていた。
俺達は今、第15層のワープポイントを出た地点にいる。以前この空間に来た時は当然朝、または昼だった。空に太陽は存在しないが、太陽を思わせる光源が光輝き、この空間を彩り豊かに照らし出していた……のだが、今は外の姿を反映するように暗くなっていた。それこそ、夜空の星のように点々とした光は空に灯っているが、それも僅かに地上を照らす程度だ。
「ちょっとワクワクする」
「サンドラ、キャンプしたいとか言い出さないでよ?」
「キャンプ……! ちょっとしてみたい……!」
「魔物いるけどな」
少し目を輝かせるサンドラに、呆れるように溜め息を吐く俺とスノウ。
キャンプを楽しみたいのなら、それこそ地上でやればいい。町から離れれば似たような空間はいくらでも広がっているのだから。
「ね、ねぇ、モノグ君」
「ん? どうしたサニィ」
「腰のハンマー、なんだか光ってるわよ……?」
「え」
サニィに指摘され見てみると、確かにベルから借りたハンマーが淡く光っていた。
「もしかして、暗いところでは光る仕様なのかな?」
「いや、それなら地上でも光っていた筈だ。でも、ベルから受け取った時には光ってなかった」
ハンマーを抜いて、少し振ってみる。ハンマーに纏わりついた光は淡いものの褪せることはない。
「この階層に来てからよね。モノグ、もしかしたら例の泉に反応してるんじゃない?」
「かもしれないな……ってことはここで合ってたってことか?」
俺達がこの第15層にやってきたのは、ベルの両親が彼女に語った内容から推測してのものだ。
妖精の泉はダンジョンの中で見つけたということ以外にも、彼女の父は情報を残している。それらは広域エリアを示しているであろうものも多くあった。そして、ベルは彼女の両親が冒険者としてそれほど優秀というわけではなかったと語った。
第15層はこのダンジョンの中では最も浅い層に存在する広域エリアだ。少々短絡的ではあったが、この層に狙いを付けたのは正解だったかもしれない。
「よし、とにかく行ってみよう。【トーチ】」
暗闇を照らす光源を出し、サニィの手を握って歩き出す。
「えっ、モノグ君!?」
「今回は、お前も俺と同じ足手まとい枠なんだ。ただでさえ暗いんだし一緒にいた方がいいだろ?」
少々恥ずかしさはあるが、理は俺の方にある。レイン達からしたってその方が……と思ったのだが、レインもスノウも、そしてサンドラも。
皆一様に呆れたような反応を示してきている。
「……あれ? 俺、変なこと言ってるか……?」
「いや、モノグの言う通りだよ。2人は一緒にいてくれた方がいい」
「一応アタシも遠距離攻撃はできるけど、サニィほど精度があるわけじゃないしね」
「こんなに暗かったら索敵も時間かかるし」
うん、間違っていない……筈なのに、みんなどこか言い回しが硬い気がする。棒読みとまでは言わないけれど、台詞っぽいというか……ま、まぁ緊張してるのかな? 暗い中の行軍なんて初めてだし。
「とにかくそういう訳だから。文句言うんじゃねぇぞ、サニィ」
「……うん」
サニィは俯きながら、それでもしっかりと握り返してくる。体温が高いのか、彼女らしい暖かさを感じる。
暗いからか、余計にサニィの存在を意識してしまう……そんな妙な感覚に襲われつつ、俺は改めて夜のダンジョンを歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます