16 出発準備
場所を変え、やってきたのは俺とレインの部屋だ。
どこか興奮した様子のベルは、ソファに正座しながら、2つ置かれたベッドの方を眺めている。
「そんなに珍しいもんでもないだろ。普通の宿屋だし」
「いやいや、ここがレインさんとモノグ氏の愛の巣だと思えば、正しく宝の山っすよ!」
「あ、愛の巣……」
つい、自分の頬が引きつるのを感じた。
「巷で人気急上昇中のストームブレイカー……女性の一部ではレインさんとモノグ氏の同性カップルとして見るという楽しみ方もあるみたいですしぃ」
「そういう話があるのは知ってるけどさぁ……本人に言うかよ」
「需要あるところに商人在りっすから。それに本人たちに直接話を聞けるのも絶好の機会ですしー」
「商魂たくましい……ってか、”たち”ってレインにも言う気かよ」
俺は客室のトイレと客間の間に設置された、化粧室の扉へと目を向ける。今、レインはそこで普段着からダンジョン冒険用の装備に着替えているところだ。
「アイツにそういう話はどうかな……」
「おや、モノグ氏はそういう話をレインさん達とされたことはないんすか?」
「あるわけないだろ!」
何が悲しくて、「俺とお前、巷じゃ同性愛者だと思われてるらしいぜ?」なんて話をしなくちゃならんのだ。
レインは少々潔癖症なところがあり、今みたいに着替えるのも別々だし、風呂屋にも一緒に行ったことはなく、即ち裸体を晒したことがないのだ。
……いや、潔癖症とは違うか? だって、アイツ平気で人のベッドで寝たりするし。
もしかしたら身体に見られたくないものがあるのかもしれない。たとえば、ド派手なタトゥーが刻まれているとか。
まぁいいや、とにかくベルには余計な情報を与えないようにしよう。特にレインが俺のベッドで寝ることがあるという話も回り広まる内に、「レインとモノグが夜な夜な同禽している」なんて曲解されかねない。そうなったら色々と地獄だ。
「モノグ氏? どーしたんすか、ボケーっと黙って」
「……なんでもないし、ボケーっともしてない。ていうか、こんな話ダラダラしてていいのかよ」
「集合まではまだ30分近くありますし。急かしたって駄目っすよ。女の子は準備に時間が掛かるものっすから」
一応は女子にカテゴライズされるベルに言われれば俺もどうこう言えない。というか、元々女子の準備の長さに文句を言ったわけじゃないし。女子っていうか、レインもまぁまぁ準備に時間かける方だし。
俺なんて、まぁ【ポケット】に道具類を収納できているからというのもあるが、準備なんて着替えるくらいなものだ。前線に立つわけでもないので、最低限身体を守ってくれるような、殆ど普段着と変わらない服って場合が多い。
今回も部屋に戻ってきて、レインが化粧室に引っ込むのを見届け次第、さくっと着替えた――のだが、つい普段の癖で着替え始めてしまった結果、ばっちりベルに目撃されてしまった。下着を変える必要は無いので、アレは死守したが。
「つーかよ、女子がどうこうって言うなら、ベルも女子部屋に行った方が良かったろ」
「えー! モノグ氏ぃ、あっしのこと女の子として見てるんすかぁ?」
「いや、お前は女子だろ」
「分かんないっすよ? ピチピチの17歳の女の子と名乗っているだけで、その実態は女の子のフリをした男の子かもしれないっすよ?」
「そんなことする意味あんのかよ……?」
「まぁ冗談っすけど。あっ、じゃあこんなんどうっすか? 実はレインさんが女の子だった! とか」
「どうっすかって……」
その仮定の話をして、それこそいったい何の意味があるっていうんだ。
しかし、冷めた俺に対してベルはなぜか目をキラキラさせている。
「ひとつ屋根の下に暮らす男の子2人……しかし、実はその片割れは女の子で、男の子に片思いしていて……みたいな!」
「みたいなて」
「モノグ氏、知らないんすか? 最近巷じゃ、創作小説ってのが流行ってましてね」
「小説なら知ってるよ。あんまり読んだことはないけれど。けれどもっと歴史的な内容だったり……堅苦しいイメージがあるんだけど」
「いえいえ、最近じゃあもっと軽めの内容の大衆小説も出回り始めてるんすよ。暇つぶしとかに読む男性、女性がそれなりにいるみたいっす」
得意げに話すベル。しかしよくよく考えればコイツは武器屋だ。本を売るのは専門外だろ。
「いつかこの世界から戦いがなくなるかもしれないっすよね。そうなったら武器屋なんて廃業必至っすよ。武器を売るために戦いを生むなんてことしたくないですし。となれば、別の商材を手に入れる必要があって、あっしが目を付けているのが本なんすよ。今後、製紙技術は更に高まるとあっしは睨んでるっす。魔術を活用して紙に文字を印字するという方法は既に知られていますが、最近は魔術を使用せずに文字の形に掘った型を利用した版字というのも広まり始めて――」
「ああ、そう。凄いなー」
途端に早口になったベルの話を聞き流しつつ、俺は適当な相槌を返す。
最早彼女も俺に聞かせるために話しているわけではないだろう。ベラベラと持論を垂れ流す商人は受け流すに限る――そう俺は彼女に身を以って教えられた。
「おまたせ、モノグ。それにベルさんも。何の話をしていたの?」
そんなタイミングでレインが化粧室から出てきた。バッチリ冒険に行ける格好で。
相変わらず凛々しくカッコいい。確かに言われれば女顔にも思えるけれど。
「ん? なにさ、モノグ。じっとボクの顔見てきて。何かついてる?」
「……いや」
グイっと顔を近づけてくるレインに対し、反射的に顔を逸らす俺。
そんな俺達のやりとりを見て、ベルもようやくレインが戻ってきたと気が付いたらしい。
「おお、レインさん。ちょうど今モノグさんと話してたんすけどね」
「俺は話してない」
「もしもレインさんが女の子だったらどうするかって!」
「えっ」
驚いた顔を浮かべて固まるレイン。そりゃあ固まるだろう。俺だって同じことを言われたら固まる。男に対してもセクハラって成立するんですよ?
「ど、どういうこと、モノグ」
「だから俺は話してない。ベルが勝手に言ってきただけだ」
「そうっすねぇ……レインさんには、もしもモノグ氏が女の子だったらどうするかって聞いた方が良さそうっすね?」
何をもって良いとするのか……全く分からない。
しかし、“女性化”の対象を俺に切り替えたことで、何となくレインも話の趣旨を察したらしい。
「もしもモノグが女の子だったらかぁ……そんなこと考えたこともなかったし」
レインはそう、苦笑しつつも律儀に答える。中々に無難な返しだ。
「モノグはどう思ったの? その……ボクがもしも女の子だったらって」
「え」
しかし、まさか広げてくるとは思わなった。
矛先を俺に逸らすにしたって、それは同時に話の中心を自分にするだけだってのに。
「……別に、同じだよ。考えたこともなかった」
そう正直に返すと、ベルはもちろん、何故かレインまで、不満げな表情を浮かべた。
レインの奴、もしもレインが女の子だったらなんて話に俺がどう反応すれば満足するんだよ。もしも俺だったら正直何を言われても微妙なんだけど。
「……とにかく、レインの準備が終わったならロビーで女性陣を待つとしようぜ。万が一アイツらが早く来てるって可能性もなくないからな」
どうにもこの話、首元に白刃を突き付けられているような錯覚を覚える。踏み込めば大なり小なり、面倒なことになると。
俺は言い出しっぺの特権で、真っ先に部屋を後にした。
2人もそんな俺を追うようにすぐに部屋から出てくる。あのまま2人が部屋に残って今の話を深堀されるという最悪の展開は避けられたことになる。
「……呑気なもんだな、俺達は」
窓の外は当然、日が落ちて夜の闇が支配している。
夜中にダンジョンに潜るなんて、これまで経験が無い。いくら日の届かない地の底の迷宮であっても、“夜”は特別な影響を及ぼすという。
これから俺達が向かうのは現在の到達層よりも浅い場所になるが油断が効くわけじゃない。
「大丈夫だよ、モノグ」
レインが肩を叩いてくる。ニッコリと、自信に溢れた笑顔を浮かべながら。
「油断なんかないさ。サニィの為にも、ボクらはボクらのできることを全力でやろう」
「……ああ」
どうやら、余計な緊張をしていたのは俺の方だったらしい。
レインの言葉に自嘲しつつ、俺は頷いて返した。
そう、これはサニィのため。
愛用する弓を犠牲にしてまで俺を助けてくれた彼女の為に、俺も、俺のできることを全力でやろう。改めてそう心に誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます