15 報告会

「え、ダンジョンに?」


 そう、驚いて目を丸くしたのは我らがリーダー、レイン。

 口には出していないが同じような反応――いや、ちょっとばかし訝しむような圧を感じさせるスノウ、そして相変わらずぼけーっとしたサンドラも揃っている。


 ベルが妖精の泉について色々と情報を纏めると言って店の奥に引っ込んでしまったため、取りあえず俺達もストームブレイカーで情報共有をしようと宿屋に帰ってきて、暇そうにしていたメンバーを宿屋に併設された食堂まで引っ張ってきたのだ。

 本当に妖精の泉とやらがダンジョン内にあるのであれば、そこに行くまでにはみんなの力を借りる必要があるしな。


「妖精の泉ねぇ……アタシは聞いたことないわね」

「スノウはそうだろうな」

「ハァ? なんでよ!」

「だってお前こういうの興味無いだろ。友達も少ないし」

「と、友達少ないのは今は関係無いじゃない!」


 顔を真っ赤にして焦ったように怒鳴るスノウ。実際、スノウの交流の狭さは他の面々も知るところだ。


「まぁ、ボクはスノウと違ってそこそこ他のパーティーとも付き合いはあるけれど、でもやっぱり聞いたことはないね」

「ぐ……レインまで……!」

「でも、神器が手に入るなんて話、噂程度でもあれば聞いたことがあると思う。たとえスノウでも」

「確かにそうだね、サンドラ」

「サンドラまで……!? フンッ!!」


 バチンッ! と激しい音が鳴る――俺の背中で。当然、


「痛ァ!? な、なんで俺を叩くっ!?」

「アンタから始まった流れでしょうがっ!!」


 八つ当たりとも思える暴力を受け、大げさにリアクションする俺を見て、レインがクスクス笑う。

 サンドラは相変わらずだが……普段だったら綺麗な笑顔を見せてくれるサニィの表情はやはり硬かった。


「相当キテるみたいね……」


 そんなことを俺にしか聞こえない程度の声量で言ってくるスノウ。どうやら彼女もサニィを笑顔にするためにわざとオーバーにリアクションしたらしい。

 ……にしては随分痛かった気がするんだけど。このパーティーで叩かれるのは主に俺とレインなのだが、以前レインに「あれ、痛いよなー」と話したところ、「そんなに痛くないよ?」と首を傾げられたことがある。

 なんでもスノウは、引っ叩いた音を響かせながらも、痛みを殆ど感じさせないという高等技術を習得しているらしい。


――モノグはスノウのこと、本気で怒らせちゃってるんじゃないの?


 レインはそんなことを言ってきたけれど、今回のが意識的に起こした展開ならば痛くする必要は無いんじゃ……?


「大丈夫だよ、サニィ」

「レイン」


 なんて、俺がスノウのことを訝しんでいる間に、サニィの様子に気が付いたレインが声を掛ける。さり気なく肩を叩くというボディタッチ付き……さすが俺達のリーダーだぜ。


「モノグ、君の見たハンマーは“本物”だったんだろう?」

「ああ。アレは確かに今までに見たことがない……いや」


 俺は言葉の途中にスノウの右手薬指に付けられた指輪に目を向ける。

 この指輪もダンジョン産だ。あのハンマーからはこれに似た独特の雰囲気のようなものを感じた。


「間違いなく、本物だ。多分だけど、その妖精は普通の武器を神器に変える力を持っているんだろう」


 あのハンマーのデザイン、どこかで見たことがあると思ったが、大量生産され、この町の武器屋でも数多く売られている安価なものにそっくりだった。純白であるという以外は。

 これはあくまで推測でしかないが、それなりにいい線を行っていると思っている。


 そして、サンドラの言う通り、もしもこの話が噂程度でも知られていればもっと耳にする機会があった筈。普通のハンマーを神器にすることができるなんて、革命どころの騒ぎじゃないからな。


「それをベルは意図的に隠していた……何か裏でもあるのかもな」

「……ベルさんはモノグ相手だから言ったんだと思うけど」


 レインはそんなことを言う……なぜか溜め息を吐きながら。


「ま、彼女から聞いた話をボクらが広めるのも変な話だし、誰にも言わないようにしたほうが無難だね」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「情報はお金になるからね」


 そう、綺麗なウインクをするレイン。アルコールを入れていないというのに、妙に色気がある……と俺はつい呆れてしまう。


「みんな、ごめんなさい。私の事情に巻き込んで……」

「塩くさいこと言うんじゃないわよ、サニィ。アタシたちの仲でしょうが」

「スノウ、それを言うなら“水臭い”じゃない?」

「“しおらしい”とごっちゃになったか? いや、しおらしいじゃ少し意味が違うか……」

「う、うっさいわね!?」


 バチーンッ!

 先ほどよりも更に大きな音を俺の背中が奏でる。当然再びスノウが引っ叩いてきたのだが、先ほどより激しい痛みと共に冷気も感じて……ハッ!? まさかスノウのやつ、手に冷気を纏わせやがったのか……!?


 あの、寒い時に引っ叩かれると普段より痛く感じる(気がする)現象を人為的に引き起こすなんて……!?

 スノウのやつ、まさか武闘家にでも転身するつもりなのだろうか……? ていうか、レインもツッコんでたのにアイツは無罪放免かよ。


 なんて、しょうもないことを考えていると、クスクスと控え目な笑い声が聞こえてきた。

 先ほどよりも派手に音を鳴らしたおかげか、サニィが声を漏らして笑っている。これが俗に言う、“肉を切らせて骨を断つ”というやつか……そう思うことで、俺はスノウへの文句をグッと堪えた。


「それじゃあ、今後の動きとしてはとりあえずベルさん待ちかな? サニィの弓が直る……いや、進化すると言ってもいいかもしれないけれど、それだけの可能性があるんだ。手に馴染まない武器を持ってもらって腕前が濁っても良くないし、サニィ抜きじゃダンジョン攻略も厳しいからね」


 プンプン怒るスノウと、無視できない背中の痛みに呻く俺を尻目に、レインはそう話を纏めた。

 「さすがリーダー」と思いたいところだけれど、コイツ俺と同じくせにスノウの凶腕から逃れてるからな……むしろ、「涼しい顔しやがって」という気持ちの方が強い。


 ただ、方針は間違ってないので、スノウもサンドラも頷き、サニィは相変わらず申し訳なさそうに俯く。

 そんなこんなで話が纏まろうとしたその時だった。


「モノグ氏ー!! モノグ氏モノグ氏モノグ氏ーッ!!」

「うぐへぇぁ!?」


 解散ムードになった俺達に割って入ってくる高い声。

 そしてそれは声だけではなく、全速力の勢いを乗せたタックルもセットにしてやってきた。

 ターゲットとされた俺は呻き声を上げつつ、そいつ――ベルと一緒に床に倒れる。


「うわ……随分情熱的だね……」


 体の芯が凍り付きそうな冷たい声でそんなことを呟くレイン。何、俺が女性に抱き着かれたら駄目なの? いや、これが抱き着かれたカウントされたらされたで嫌だけど。これはただの攻撃だよ。


「いたた……ベル、なんだよいきなり……!?」

「おや、これはこれはストームブレイカーの皆さんもお揃いで! どうもこんばんはっす!」


 俺に抱き着くように乗っかりながら、顔だけ上げて他の面々に挨拶をするベル。

 全員初対面ではないが、何故か警戒するように彼女(ついでに俺も)を囲んで見下ろしてきていた。


「ちょうどよかった。モノグ氏、それにみなさん、両親の話を思い出したんす!」

「話って例の……」


 当然、妖精の泉のことだろう。

 ベルは俺をクッションにするように座りつつ、ニッコリと笑顔を浮かべた。


「今日なんす!」

「今日?」

「今日の深夜が、丁度のタイミングなんすよ! さぁ、今すぐ出発しましょう!!」


 “善は急げ”なんて言葉もあるが、さすがに展開が早くないだろうか……?

 そう思いながらもベルに反論できず、そして俺達も、のんびり話を聞きつつ次の機会に――なんて気にも当然なるわけがなく、ダンジョンへと潜る準備を急ぐこととなった。

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