14 妖精の泉

「そもそも前提として……あっしはこの“ペイズリー”の冒険者一家に生まれたっす」

「なんだよ、いきなり身の上話を始めて」

「むぅ……あっしだって別に積極的に話したいわけじゃないっすよ。でも、順序立てて話した方がお二人も受け入れやすいかと思うだけで」


 確かに神器なんていう眉唾な話をするわけだ。情報は多いに越したことはない。

 けれども、人が人を騙すとき、過分な情報を相手に与えて視点を分散させるという手法が使われることがある。木を隠すなら森の中とも言うが、情報を情報で埋もれさせ、生まれる筈の違和感を消し去るというものだ。


 ただ、ベルに関していえば、この町に来てからまぁまぁ長めの付き合いになるが、そういった小細工を行う奴とは思っていない。いや、行えないというべきか。

 性格は正直と言い表すべきだろうか。あまり頭が回るわけじゃなく、騙すよりはむしろ騙されるタイプと言ってもいいかもしれない。


 話術によって信頼を勝ち取るのではなく、造り出す武器の質だけで勝負するスタイル……なんて言えば本人としては少々不本意だと思うが、俺は彼女のそんな不器用な在り方に好感を抱いている。

 そして、そんな彼女が言うのであればそれだけで神器なんて眉唾話も信じてみたいと思えるし、そんな彼女が話すのであればそれこそ彼女の生い立ちがこれからの話に大きく関係しているであろうことも十分に理解できた。


 ただ、こんなこと口にするのも恥ずかしいので、つい話の腰を折るようなことも言ってしまうのだが。


「分かった、聞かせてもらおう。サニィもいいか」

「……ええ」


 背中を撫でつつ、努めて優しく声を掛けると、サニィも確かに頷いた。一度決壊してしまった感情を再びせき止めることは難しい。落ち着くまではこうしてやるべきだろう。

 普段、俺の方が頼ってばかりのサニィを支えるというのはやはり奇妙な感じもあるが、本来仲間というのは支え合うものだ。そう考えれば全く変なことじゃない。


 俺がベルに目配せすると、彼女は頷き、語り始める。


「あっしの両親は冒険者で、2人とももう亡くなったっす。それほど有名な冒険者ではなかったですし、結構昔の話なので、モノグ氏達も名前は知らないと思うっす」

「ベルさん……」

「ああ、お気遣いなさらずに。あっしももう、とっくに整理付けてるっすから。まぁ、あっしが鍛冶屋兼武器屋なんて開いているのも、才能に恵まれたってのも大きいんすけど、結局のところ、両親みたいに呆気なく死んでしまう冒険者が1人でも減らせるようにっていう……そうっすね、供養みたいなもんなんすよ」


 照れくさそうに後頭部を掻くベル。

 正直俺はどう反応していいのか分からなかった。サニィはショックを受けたように、そして気遣う様にベルを見ている。

 多分これが正解なんだろうけれど……俺にはそもそも“両親についての記憶が無い”から、親が亡くなるという感覚がどうしても理解できなかった。


 ただ、ベルが信頼のおける鍛冶屋、そして武器屋としての能力を持っていることは才能によるものだけではないということを再認識はさせられた。

 一つ一つを懐かしむように、ベルは語る。その目には俺達ではなく、かつてあった家族の情景が映し出されているようだった。


「そんな両親が、よく“妖精の泉”について話してくれたんす」

「妖精の泉?」

「はいっす。言葉の通り、妖精が住んでいる泉らしいっす。父と母は、それをダンジョンで見つけたと」

「へぇ……」

「あはは、言いたいことは分かるっす。両親は所謂“普通の冒険者”でした。多分、まだ小さかったあっしを喜ばせようと作り話でもしてたんじゃないかって」


 いや、確かにちょこっとそんなことを思いはしたかもしれないが、口に出されると俺が故人を軽んじている奴みたいに思われている感じがして、ちょっとツラい。

 と、ちょっとへそを曲げたのが伝わったのか、ベルは楽し気に笑った。きっとその行動一個一個で俺を弄って楽しんでいるに違いない。


「その泉は普段は普通の水たまりらしいんすけど、満月の夜だけ、妖精たちが舞踏会を開いてるというんす」

「へぇ、そいつぁ随分メルヘンチックな話だな」

「はい。あっしも子供ながらにワクワクして聞いたもんすよ~」


 敢えてちょっとからかってみたが、簡単に躱されてしまった。うん、コイツに張り合うのはやめよう。


「妖精は臆病で、人が来ると隠れちゃうんすけど、でも妖精たちがいるときに泉に物を投げ込むと、それを妖精のアイテムと交換してくれるらしいんすよ」

「本当かよ。ああいや、存在を疑ってるわけじゃないが……人間に怯えているのに、物を投げ込んだらいいものにしてくれるなんてさ」

「まぁ、色々条件があるらしいんす。両親……ああ、父の方ですが、実際にその妖精たちが躍っている場面に出くわしたらしいんす。それに見惚れて、でも覗いてるのがバレて、妖精たちは逃げちゃって……ついその姿を追って泉の方に走った時に、小石に躓いて持っていたハンマーを落としちゃったらしいんすよ」

「そんで、ハンマーを妖精のアイテムと交換してもらったと……。なんというかまぁ……言っちゃ悪いが昔話みたいな展開だな」

「あはは、多分子どものあっしを楽しませるために脚色が入っていると思うっすよ? でも、妖精のハンマーっていうのは多分本当っす」


 ベルはそういうと一旦作業場に引っ込み……そして、すぐに帰ってくる。その手に純白の槌を持って。


「それは……」

「これが、そのハンマーっす」


 そのハンマーは、不自然なくらいに真っ白という以外は普通のものに見える。ただ白く塗装しただけとも思えるが、しかし、何やら異様な雰囲気を放っているように感じられた。


「触ってみて欲しいっす」

「いいのか?」

「モノグ氏なら」


 有難くその申し出を受け入れ、ハンマーを受け取る。

 造形から、家事にも、戦闘にも使えるタイプのモデル。それなりにずっしりとした見た目をしていたが、手に持ってみると随分と軽い。


「なんだ、この素材……」


 木造ではない。とはいえ金属でもない。不思議な肌触りをしている。魔物の素材とも違う……なんというかこのハンマー自体が生きているような錯覚を覚えた。


「サニィさんもどうぞ」

「え、ええ」


 俺の反応を見てか、サニィも恐る恐る手を伸ばし、触れる。彼女もこのハンマーの異質さを感じたらしく、驚いたようにベルを見る。


「これって……」

「あっしにも何でできてるのか分からないんすよ。でも、凄く丈夫で、軽い。しかも軽い癖に強度は極上っす。振るえばしっかりと力が伝わる……それこそ、あっしの腕力以上の力が。あっしがこの細腕で鍛冶屋なんて名乗ってこれたのも、この父が残してくれたハンマーがあったからなんすよ」


 ベルはハンマーを手に持つとクルクルと回してみせる。その扱いには随分と慣れているようで、確かに説得力がある。

 このハンマーが特別な“神器”であると。もちろん、だからといってベルの鍛冶屋としての才覚が虚仮だったとなるわけではないけれど。


「その妖精の泉に行けば、サニィさんの弓も……そうですね、新たな形に生まれ変わるかもしれないっす」

「生まれ……変わる……」


 サニィは呆然と、ベルの言葉を繰り返した。

 ひび割れ、もうその役割を終えた筈の自身の相棒を見つめながら。

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