13 守ったものと失ったもの
地上に戻った後、俺達はベルと合流し、子供達の元へとスフレ・シャル兄妹を帰した。
ダンジョンに行ったことは黙っておくようにと釘を刺しはしたけれど、果たしてどれほど効果があるかは定かではない。
今はまだ恐怖が生々しく残っているだろうから言いふらしたりはできないだろうけれど、時間が経てば恐怖なんてものは薄れていってしまうかもしれない。
ただ、さすがにその先の未来までは担保できるものではない。彼らが将来、この経験からどういう未来を歩むのか……それは彼らが決めることであり、俺達がコントロールし狭めてしまうものではないのだ。
そんな、こんなで突如発生した子供救出ミッション(無報酬)を無事終えた俺達ではあったけれど、それによって払われた代償はあまりに大きかった。
「むうぅ……」
サニィから弓を受け取り、鑑定するベルだが、その表情はあまりに渋かった。
対するサニィもその様子を固唾をのんで見守るというより、最早諦めるように顔を伏せてしまっている。
「これは……もう無理っすね……」
そして無情にもベルはそう宣告した。
いや、ベルが悪いわけではない。そしてサニィが悪いわけでもない。
あの瞬間、俺を助けるためにサニィが使ったアーツ、【シューティングスター】は、特に弓への負担の大きい大技だ。1発でも負担が大きいと言われていたのに、複数の矢を同時に、高威力、そして高精度で放つというのは言葉にするほど簡単ではない。
木製のフレームには内部だけではなく表面にもはっきりと縦にヒビが走ってしまっていた。最早どう補強しても、この崩壊を止める術はない。むしろ、バラバラにならずにまだ弓の形を保っているのが奇跡と思えてしまう。
「そう……」
俺も、ベルも、なんと言葉を掛ければいいのか悩む中、サニィは微笑みを浮かべていた。
そこには悲しさも滲んではいたが、それよりも優しさ――慈愛を感じさせた。
「悲しい気持ちはあるけれど……何よりも誇らしいの。この子は最後に、私の大切なものを守ってくれたから」
「大切な、もの……」
「決まっているでしょう? 貴方のことよ、モノグ君」
サニィは俺の手を優しく握りしめ、微笑んだ。
大切なもの――そう言ってくれるのは仲間冥利に尽きるというものだ。しかし、その優しさは棘のように、チクリと胸の奥を撫でる。
「俺がもっと上手く立ち回れていれば……」
「ううん、モノグ君が先行してくれたからスフレ君を助けられたのよ。貴方の行動は正しかった。貴方も、そして私も、何一つ後悔するようなことはないの」
サニィは溺れてしまいたくなるくらい優しくそう言いながら、俺を抱きしめてくれる。心を落ち着かせてくれる暖かさと、女性らしい香りと……それらに包まれながらも分かってしまう。サニィの身体が、何かを押し殺すように小さく震えていることを。
彼女も悲しみを必死で堪えている。唯一無二の相棒を失った痛みを。
サニィは俺の肩に顔を埋めると、その震えをより一層大きくした。
「サニィ……」
そんな彼女を、今度は俺が慰めるように抱きしめながら、俺はベルへと目を向ける。
「ベル、なんとかならないか……というのは無謀だと分かってる。けれど、俺達はこんなところで立ち止まるわけにはいかないんだ」
愛用していた武器が壊れてしまった。それはサニィにとって、きっと俺なんかでは想像もつかない程大きな痛みだろう。
それでも、俺は、ストームブレイカーの一員として、彼女を支え、再び新たな武器を手に立ち上がらせる必要がある。
少し冷酷かもしれないが、感傷に浸り、立ち止まることはできない。一度止めた足を再び動かすことが難しいということを知っているから。
「既にお伝えした通り、今のサニィさんの能力はモノグ氏達が進んでいる階層で手に入る素材で作れる弓のレベルを超えているっす。それ以上の素材を手に入れるには、モノグ氏達よりも先の層に進んでいるパーティーが売り出した素材を買うことになるっすけど……当然、一つ一つが高価ですし、何よりサニィさんの弓をゼロから作っていくとなれば、素材の厳選は必須っす。その額は正直あっしでも想像もつかないっす」
ベルは正直にそう述べる。
俺達ストームブレイカーは生活レベルの向上よりも、ダンジョン攻略のスピードに重きを置いている。その財政状況は日々の生活とダンジョンの攻略に十分な程度の資金をキープしており、仮に全員の財布を合わせたところで、ベルの試算した必要額には全く届きはしないだろう。
だからと言ってこれから貯めようにも途方もない時間を要する。ダンジョン攻略を進めようにもサニィがいなければ土台無理な話だ。
取りあえず今はサニィの力を完全に引き出せずとも、現状作れる弓を用意する……そんな妥協案で進めるしかないだろう。
「一つだけ、方法があるっす。いや……あるかもしれないっす」
「あるかもしれない……?」
ベルが神妙な顔をして頷く。彼女にしては珍しい硬い表情で――そこからは不安と緊張が見て取れた。やはり、らしくない。
「あっしも聞いた話になってしまうんすけど、その前に……モノグ氏、サニィさんも、“神器”という言葉は聞いたことがあるっすか?」
「ああ……ダンジョンの中に存在する“完成された武具”のことだよな」
俺達は基本、ダンジョンで取れた鉱石や魔物の素材を使って武器を作る。しかし、ダンジョンの中には現状地上に存在するどんな技術を使っても追いつけない、正しく“神が造り上げたとしか思えない武具”が眠っているという。
その存在は確かに確認されていて、有名なものならば俺も耳にしたことがある。そして……俺はその一端を知っている。俺とスノウの持つ指輪だ。あれもおそらく神器と称されるものだろう。
「その神器であれば、サニィさんのレベルに合わせられるかもしれないっす」
「サニィの……でも……」
「はいっす。都合よく、弓の神器が手に入るとは限らないし、何より――」
「神器なんてものの情報があれば、既に誰かが手に入れている筈だものね……」
サニィは力なく呟いた。
残念ながらサニィの言う通りだ。他のどんな方法よりも、神器を見つけ出すということは、それこそ藁をも掴む話ってやつだ。
しかし、こうも思う。
このタイミングで、そんな与太話をベルが話すだろうか。
「けれど、もしかしたら、その神器を見つけ出せるかもしれないっす。それも、弓という条件もクリアして」
ベルはやはりどこか緊張したように、しかしそれ以上の力強さを込めて、はっきりと言った。
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