11 特別で、大切な人
「舌噛むなよォ!!」
「うわあっ!?」
「きゃあああっ!!」
モノグ君はそう叫ぶと、私の方へ子供達を投げてきた。
突然の行動――けれども、不思議ではなかった。モノグ君ならきっとそうすると、いいや、そうしてしまうと分かっていたから。
「ぐっ……!」
咄嗟の行動だっただろうに、その勢いは緩やかで、2人のことは簡単にキャッチできた。どんな状況に陥っても誰よりも冷静で……けれど、その冷静さで自分を守ろうとはしてくれない。
私は、彼のそういうところが何よりも嫌いだった。
「いた……くねぇ……?」
「もう大丈夫。安心して」
コモン・アントの注目はモノグ君に向いている。
もうこの子達が襲われる心配はない――けれど、モノグ君はそうじゃない。
「お、お兄さんが……!」
「っ!」
シャルちゃんがモノグ君の方を指差して声を上げる。けれど、私だって分かっている。
彼らを受け止めている内にも、モノグ君の身体にはコモン・アントの牙が食い込んでいた。
私は咄嗟に弓を構えた。しかし、その手はどうしても震えてしまう。
モノグ君を助け出す方法は一つしかない。けれど、それに求められるのは針の穴に糸を通すような絶対的なコントロールだ。
私には瞬間的にリーダーを見つける目なんかない。だから、モノグ君に纏わりつく虫を全て引き剥がすしかない。1体1体は雑魚でも、数が多く――どうしても大技を使う必要がある。
私は矢筒から複数の矢を引き抜き、つがえる。
頬を冷たい汗がつたうのが分かった。けれど、一刻の猶予も無い。
「うぐぁ……!?」
「モノグ君ッ!!!」
彼の口から漏れ出た悲鳴に、私は一瞬頭が真っ白になった。
それでも、そのおかげで、余計な雑念も頭の中から消え去ってくれた。
この戦技を使えば、もうモニカはもたないだろう。
それでも、その犠牲を払わなければ、モノグ君は助けられない……だから!
「【シューティング・スター】!!」
私は複数の矢を強く引き絞り、放つ。それと同時に手元ではバキリとフレームが砕ける音が響いた。
放たれた矢は閃光を帯び、コモン・アント達に飛来――そのまま胴体を射抜いた。
モノグ君の身体に纏わりついてた蟻が剥がれ落ちていく。そして同時に、モノグ君の向こう側、そして周囲に刺さった矢が、小規模な爆発を巻き起こした。
敵に着弾すればその身体を破壊し、地面に落ちれば爆発を起こす――爆発は無防備になったモノグ君の身体をこちら側へと押し出してくれた。
「ぐ……ぅ……」
「モノグ君! モノグ君!!」
死んではいない……けれど、全身に傷ができ、今も血を流している。
「スフレ君、シャルちゃん、2人とも走れる……!?」
「お、おう!」
「は、はい……!」
「それじゃあ、お願い……階段のところまで戻れば、もう魔物は近寄ってこないから!」
私はモノグ君を背負いつつ、2人を先導するように走り出す。
なんとか足音がついてきているのだけ聞きながら、それでも振り向く余裕もなく――涙を必死に堪えながら走った。
◆◆◆
「モノグ君……モノグ君……!」
第1層の入口。魔物の寄ってこないワープポイント近くにモノグ君を寝かせ、私は必死に拙い回復魔術を付与する。
支援魔術は術者本人には付与できない。私にはほんの少し支援魔術を扱う才能が有って、いつかモノグ君が傷ついてしまった時に癒せるようにと練習していたこの回復魔術をまさか本当に使う時が来るなんて。
そんな状況になって初めて私は、傷つき、死という言葉さえ過ってしまうモノグ君を前に、回復魔術を使うだけの平常心を保つのが難しいということを思い知らされてしまった。
今、モノグ君の命が私の手に委ねられている。私が、誰よりも信用できない私の手に……。
「ね、姉ちゃん、こいつ、助かるのか……!?」
「お姉ちゃん……!」
スフレくんとシャルちゃんが心配そうに声を掛けてくる。それが余計に私を焦らせる。
苦しい、つらい、痛い……心臓が張り裂けそうなくらいに鼓動する。
今まで、モノグ君はこんな状況なんども味わってきた筈だ。
レインも、スノウちゃんも、サンドラちゃんも、当然私も……何度も何度も怪我をしてきた。
そして、モノグ君はそんな私達を何度も助けてくれた。治してくれた。
そして謝るのだ。「ちゃんと守れなくて、ごめん」と。
「私は……私は何度も助けてもらったのに……!」
手が震える。最悪の状況が頭に浮かんでは離れてくれない。
モノグ君に自分がどれだけ依存しているのか思い知らされる……彼との繋がりを感じさせてくれた弓――モニカももう壊れてしまったのに。
「サニィ……」
「ッ!!? モノグ君……!?」
「なぁに、泣いてんだよ……」
モノグ君は薄っすらと目を開けて微笑むと、力なく私の頬に触れる。
彼の言葉、そして彼が拭った私の涙を見て、私は自分が泣いてしまっていたことを自覚した。
涙は諦めの証だ。もう何もできない。このままでは自分が壊れてしまう。だから涙を流して自分を慰める。
これはそういう涙だ……。
「お前は、優しいからなぁ」
けれど、モノグ君はそんな私を責めるでもなく、優しく笑い――そして、私のことを抱き寄せた。私の頭を自分の胸に押し付けるように。
「も、モノグ君……!?」
「お前のその顔……なんだか懐かしくってさ……」
「懐かしい……?」
「人の身体にどうこうするってさ、緊張するだろ。心臓がバクバクいってさ、とても落ち着くことなんかできない……そういう時は、他の奴の“音”を聞いて落ち着けばいいんだよ」
聞こえる。モノグ君の心臓の鼓動が。
もしかしたらモノグ君も最初はそうだったのかもしれない。スノウちゃんが手放しで褒める本物の天才である彼も、最初は……。
「俺なんかで緊張してたら、本番じゃ通用しないぜ?」
からかうような言葉に、私は思わず苦笑する。
傷ついても、いつものモノグ君のままだ。自分のことなんか二の次で、私達のことを何よりも大事に思ってくれていて……そのくせずっと勘違いしたままで。
どうせモノグ君は、私が支援魔術――回復魔術を練習しているのはレインの為だと思っているのだろう。
けれど、違うよ。私にとっては今が本番。
私は、貴方を守りたくて……貴方を救いたくて、回復魔術も、弓術も――私の全てを高めてきたのだから。
「ゆっくり……落ち着いて。傷を塞ぐだけでいいんだ。なぁに、見た目は派手だけど、毒も何も広がっちゃいない。傷さえ塞げば血も止まる」
「ええ……」
彼の鼓動を聞きながら、私は彼を思いきり抱き締め、そして唱える。
「「【ファーストエイド】」」
回復魔術の最下級魔法、基本中の基本。
私が完璧に扱えると自負できるのはまだこれだけだ。けれど、想いは負けない。
私が魔術を発動すると同時に、モノグ君も同じものを私に対して唱えていた。
私は怪我をしたわけじゃない。だからモノグ君の【ファーストエイド】は空撃ちだけれど、これはまさしく私の為に放たれた回復魔術だ。
こうやるんだ。ゆっくり、丁寧に力を込めて……そう、まるで私の手を取るように導いてくれる。
(まったく……自分だってそんな余裕無いくせに)
一つ年下なのに、しっかりしていて、けれどどこか抜けていて。
頼りになるけれど、放っておけない、特別で、大切な人。
「モノグ君、ありがとう」
貴方のおかげで、私は貴方を救える。
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