06 冒険者と武器屋

 サニィは『ベル・ハウス』の入口に、愛用の弓を抱えたまま、目を見開きつつ俺を見つめていた。

 その綺麗な瞳を覗き込めば、そっくりそのまま鏡のように俺を映し出していることだろう。


 しかし、こうも動揺して見られると俺もなんて反応していいか余計分からなくなる。


「サニィさん、そこに立たれていると入ってくるお客さんの邪魔っすから」

「え、あ、ごめんなさい……」


 サニィは弱々しく声を絞り出すと、カウンター――俺達がいる方へと歩いてきた。


「……入ってくるお客さん?」

「なんすか、そのお客さんなんて居ないだろとでも言いたげな口調は」

「いいや、別に。ただ、お客さんが2人も来たからって明日空から槍が降ってくるなんて思わないか心配ってだけだ」

「モノグ氏……あっしの店がどうやって成り立っているか理解されてないみたいっすね……?」


 頬杖をつき、不機嫌そうに頬を膨らますベル。まぁ、隠し蓄えていた私財をつぎ込んで維持しているというよりは、そこそこには繁盛していると思う方が現実味があるな……ってそうじゃなくて。


「奇遇だな、サニィ。こんなところで会うなんて」

「え……ええ……」

「奇遇と言われるほど不自然なポイントだと思わないでほしいっす。それに、お2人でご来店されることはよくあるじゃないっすか」

「まぁ確かに」


 それこそ、今サニィが抱えている弓。

 簡単なカスタマイズくらいなら2人だけでやれるが、大規模な改修はやはりプロに手伝ってもらう必要がある。

 ベースは残したいというサニィの要望に答えられるのは、評判こそまぁまぁだが腕は俺が出会ってきた中でも断トツで一番のベルに頼むのがベストなのだ。


 そんなことを思いながら、サニィが抱える弓に視線を向けると、彼女はなぜかそれを隠すように背を向けてきた。


「……?」

「あ、あの、ベルさん。やっぱり私、今日は……」

「あーもー、メンドクサイっすねぇ。サニィさん、モノグ氏に話しといたほうがいいって、何度も言ったと思うんすけど?」

「そ、それは……」


 先ほどから随分とサニィの歯切れが悪い。いや、昨日からずっと……これはいよいよ千載一遇のチャンスというやつが来たと思っていいだろう。


「なぁ、サニィ。何か隠し事してるんだろ、話せよ」

「っ……モノグ君……!?」


 俺は彼女が逃げ出せないようにサニィの手首を掴む。

 そして、俺なんかじゃ威圧感なんて出ないとは思いつつ、しっかりと睨みを利かせて彼女の目を見つめる。

 幸い効いてくれたらしく、サニィは先ほどのように目を真ん丸に見開き、俺の顔を見つめ返してくる。

 先ほどは遠くて見えなかったけれど、今度はハッキリと、俺の顔がその瞳の中に映し出されていた。


「いつもお前に頼ってばかりの俺だけど、本分はサポーターだからな。話を聞いて、どうしたらいいか一緒に悩むくらいはできる」

「……でも」

「そんなに俺って信用できない?」

「そんなことないっ! モノグ君は私が一番信頼できる人……けれど……」


 思わず、「一番は言い過ぎなんじゃない?」と言ってしまいそうになるが、ぐっと堪えた。

 人間、なんだって大げさに言いがちなものだ。そんな言葉尻を捕らえて難癖をつけることほど無価値なものも無い。


「サニィさん、別にモノグ氏に話しても問題無い内容だと思うんすけど……」

「でも……嫌われちゃったらって思ったら……」

「え、そういう話題なの……?」


 サニィは更に俯いてしまうが、事情を知っているらしいベルは首をぶんぶん左右に振る。

 ある意味真逆の反応をする2人に対し、どちらを信頼すべきか分からなくなる。

 もちろん、人で選ぶのならばサニィに軍配が上がる。当然だ。しかし、物事の捉え方ってのは本人と第三者では同じものに対しても大きく変わったりする。客観視という点を重視するのならばベルに軍配が上がるか。


 悩ましいところだ。重く捉えた方がいいのか、軽く受け止めるべきなのか――あまりに真逆すぎる反応に、俺は少しばかり迷い――そして、至った。


「武器か。その弓、何かあったのか」


 サニィが肩を跳ねさせる。ベルに大した反応は無いが、この2人の感じからどうやら正解を引けたようだ。

 冒険者と武器屋――その2つの間に一番認識の違いが生まれやすいのは、武器だ。


 どちらも武器を扱うことを生業としている。

 しかし、冒険者は武器によってその命を守られているのに対し、武器屋は武器を多く売りさばくのが仕事だ。

 冒険者は思い入れを持つが、武器屋が思い入れを持って売り渋っていたら商売にならない。もちろん、個人差はあると思うけれど。


 サニィは出会った時からずっと同じフレームを使い続けることに拘っていた。ベルも鍛冶屋をやっているからか余計に思い入れを持たないように意識している。先の条件にはピッタリ当てはまるというわけだ。


「正解っすよ、モノグ氏」

「っ……ベルさん……!」

「サニィさん、彼にも知る権利、いいや、義務があるっすよ。一緒にカスタマイズしていた――そうっすね、サニィさんがこの弓の母なら、モノグ氏が父みたいなものなんすから」

「ち、父!?」


 かあっとサニィが顔を赤く火照らせる。ベルのやつ、ストレスでも溜まってるのか大げさに言ってるな。これも取り合う必要無し――だが、サニィには効いているようだし、乗らせてもらった方が吉と見た。


「そうだな、俺達の子どもの話だ。当然俺にも聞く権利がある」

「なっ……も、モノグ君まで!?」

「まぁ、そうっすね。サニィさんから話しづらいならあっしから言うっすけど?」

「……お願い」


 らしくない。やはりその印象は拭えなかった。

 重要な話なら、サニィは自分で言う筈だ。ベルを信用していないというわけではなく、責任感が強いから。


「んじゃあ、あっしから言うっすけど……なんか、やっすねこれ。余命を宣告するみたいで」

「余命?」

「あの、その弓がお2人の子どもと言った手前、言いづらいんすけどね……その子、もう寿命なんすよ」


 ぎゅっと唇を噛み締めるサニィ。弓を強く握りしめていると思っていたその指は、近くで見れば本当に繊細な力しか籠っていないと分かる。


 寿命……やはり、そうか。これも概ね想像出来ていたことだ。


「フレームの中にヒビが広がってるっす。最早修復は不可能……自惚れるつもりはないっすけど、あっしが無理なものは他でも芽はないっすよ。ね、サニィさん」

「…………」


 どうやらサニィは他の武器屋にも持ち込んで判断を仰いだようだ。そしてその結果は芳しくなかった――彼女の表情からそれは痛いほど分かる。

 実際、彼女はこの町で一番の技師。“商売に最も大事なものは信頼だ”と普段から偉そうに語っているだけのこともあり、高値の武器を売りつけるがために、あえて誤診を下しているなどということも考えられない。


「あと何度という保証もできないっすけど……残念ながら、今のように使い続けていれば、遠くない内にその弓はバラバラにぶっ壊れるっす」


 念押しするように、ベルは真っ直ぐサニィを射抜きながら、はっきり言い切った。もう一切疑いの余地を与えないかのように。

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