05 鍛冶屋兼武器屋『ベル・ハウス』

「いやー……困った困った」


 町の中を歩きながら、俺は思わずそうぼやいていた。

 ただ、その声に安堵が混ざっていなかったと言えば嘘になる。というのもレインと別れた後女子部屋に行ったのだが、あいにくもぬけの殻だったのだ。まぁ、せっかくの休みであり、天気も良いとなれば部屋に引きこもっている理由はない。

 冒険者をやろうなんて連中は大体アクティブだからな。女の子同士買い物でもしているのかもしれない。


「案外、そういうのが一番の薬になったりするし……なってくれると嬉しいんだけど」


 レインに背中を押された手前、部屋にとんぼ返りする気分にもなれず、当てもなく町をブラついていた俺だったが、人間ってのは当てもなく歩いていると自然と慣れ親しんだ場所へと足が向いてしまうものだ。

 その例にも漏れず、俺は市場を抜け、路地裏へと入った隅の隅にひっそり居を構える鍛冶屋兼武器屋『ベル・ハウス』へとやってきていた。

 『ベル・ハウス』は謂わばアタッカーのための店だ。俺のようなサポーターは精々防具を揃えるか、素材を売る程度にしか利用する機会はないし、防具を揃えるという目的についても大抵後衛のサポーターよりアタッカーが優先されるから、余計に立ち寄る機会は減る。


 けれど、アタッカー相手に商売しているとはいえ、本質は俺達サポーターに近い。自分にとっては殆ど役に立たないからこそ、商売相手として余計な気遣いをする必要もない。

 そんなわけで、この店は俺にとっちゃ中々に心安らぐ場所になっていた。


「ちょっと、モノグ氏。また冷やかしっすかー?」

「よぉ、ベル。今日も相変わらず大繁盛しているみたいだな」

「お客が1人もいない状態で大繁盛とは……?」

「いるだろ、1人。この俺様が」

「モノグ氏は客ではないっす」


 きっぱりと客から除外してきたこの少女はベル。俺と同い年、けれど見た目はサンドラくらい幼い――そんな少女ではあるが、この『ベル・ハウス』を切り盛りしている店主、謂わば“一国一城の主”である。


「おら、久々の客だぞ。丁重に接客しろ」

「勝手に久々と決めつけられるのは不服なんすけど……こう見えて分かる人には分かる名店なんすよ、この『ベル・ハウス』は」

「自分で言うな」


 カウンターに顎を付けただらっとしたスタイルで、接客とも言えない接客をしてくるベル。

 まぁ、冷やかし前提で来ている俺にゃ、応対してくれるだけ出血大サービスって感じかもしれないが。


「あぁ、そうだモノグ氏。丁度新商品を作ったんすよ。モノグ氏にピッタリな武器っす」

「ほう……? 俺に武器を進めるとは、ベル、中々お前も挑戦的じゃないか」

「んふふ、お見せするのはモノグ氏が初めてですが――じゃじゃじゃんっ! コイツです!」


 わざわざ隠していたらしい、カウンターの下から“それ”を取り出すベル。

 勢い的にはドンッと、実際は商品のため、そおっとカウンターに置かれた“それ”は――


「……パチンコ?」

「スリングショットっす」

「玩具だよな、これ」

「ちゃんとした武器っすよ。まぁ、武器と呼べるほどに性能を高めたのはあっしが初でしょうが」


 ふんっ、と鼻息を吐きつつ、平らな胸を反らすベル。

 確かに見た目は高級武器と呼ばれてもそん色ない輝きを放っているように思える。【アプレイズ】……鑑定用の支援魔術を発動して見てみたが、その印象は間違いなかったと裏付けがついただけだ。


「んで、このスリングショットとやらがなんで俺におススメなんだ」

「実はこれが試作一号機なんすよ。まだまだ売り物にするにはデータが全然足りなくて。とはいえあっしには戦うだけの力が無いので、モノグ氏に試してもらおうかなと」

「いや、俺サポーターだから。アタッカーじゃないから」

「実際変わらないんすよ。アタッカーもサポーターも。スリングショットは遠距離武器という点で“弓”と似ていますが、その仕様は全くの別物――“アーツ”も既存の物は流用できないっぽいんです」


 どうやらそれだけは試したようで、言葉に実感がこもっていた。


「コイツを“武器”として実用化させるためには、技術が足りないってわけか」

「ハイ。なんでモノグ氏にぜひアーツ開発をお願いしたいと」

「なんで?」


 コイツ、なんでよりにもよってそんなことを俺に頼んでくるんだよ。アタッカーにはそれぞれ癖があるから、得意とする以外の武器の扱いはてんで駄目なんてことも少なくない。

 それこそ現役のアタッカーに試用を頼んでもいい返事はあまり返ってこないだろう。


「……いや、でも俺は無理。そういうのができないって分かってるだろ、お前」

「ええまあ」

「じゃあなんでそんな提案してきたんだよ」

「冷やかしっす」

「テメェ……」

「ぎゃあああ!!? 痛い! 痛いっす!!?」


 思わずベルの頭を鷲掴み、そのまま締め上げる俺。

 おっといけない。思わず手を出してしまった。まぁ、無意識の行動なのでセーフだろう。


「いちち……全然セーフじゃないっすよ。これ店側がやったら潰れちゃうんすからね」

「そっか。じゃあ俺に店は持てそうにないな」

「……別にモノグ氏、短気じゃないんでその限りではないと思うすけどね」


 え、なに。駄目って言われているのか、向いていると言われているのか……アメとムチってやつか!?

 ……いや、よくよく考えたら向いているとは言われていなかったな。はー、ポジティブだわ。


「ま、でもスリングショットは役に立つと思うっすよ。そこら辺に落ちてる石とか木の実を弾にできるっすから。弓と感覚は違うと言いましたが、威力も精度も劣っちゃいませんし」

「つっても、俺はサポーターだし……」

「例えば音を立てて魔物の気を引くってこともできますし、それに“冒険者の敵が魔物だけとは限らない”っすよ?」

「まぁな……」


 人間にも善人がいれば悪人がいる。それは冒険者と、更に絞ったところで変わらない。

 ストームブレイカーも有名になればなるほど、応援してくれる人が増えるのと同じくらい、嫌う人も増えてくる。レイン達がそれをどれくらい自覚しているかは知らないが……まぁ、そういう雑音を払うのも俺の仕事、雑用みたいなもので。


「スリングショットか……値段は?」

「うーん……こんくらい?」


 カウンターに置かれた紙に0を沢山並べていくベル。え、ちょ、多くない?


「う……わぁ……お前、これはさすがにぼったくりだろ……」

「なんたって、まだ世界にひとつだけの武器っすからね」


 多分、と小さく付け加えるベル。確かに世界初は大げさだろう。玩具のパチンコの発展形でしかないし。


「まぁ、テスト品ってことと、あっしとモノグ氏の友情プライスってことで――」


 自分で書いた0を直線を引いて潰していくベル。

 そして残った額は――高いとも低いとも言えない、中々説得力のある数字になった。


「こんくらいでどうっすか」

「お前、最初からこれが適正価格だったろ……」


 今俺の懐に残った小遣いがどれくらいか計算すると……まぁまぁギリギリってところか。

 しかし、こんなオモチャに有り金をつぎ込むのが正しいのかどうか……


「あぁ、そういや、サニィさんってモノグ氏のお仲間だったっすよね」

「ん? え、まぁ、ああ……」

「なんか気まずげな反応っすね……? もしかしてそういう関係っすか?」

「そういうってどういうだよ……普通の仲間だ」

「そっすか」


 ベルは顎に手を当て、目を閉じる。まるで何かを考えこむように、眉間に皴を寄せながら。


「その感じ、多分聞いてないっすよね」

「え?」

「いや、サニィさんがここのところよくウチに来てまして……ちょっと相談を受けてるんっすけど、モノグ氏も交えた方がいいと思うんすよね」

「相談……?」


 それはなんとも、今発生している問題にリンクした話題だった。

 俺は当然、レインらにもぶつけていなかった悩みを、サニィはベルには伝えていたらしい。


 だったら、それをベルに聞けば、解決の糸口に――そう思い、口を開きかけたその時、


「おや、噂をすれば」


 そう、ベルが口にした。

 この状況で“噂をすれば”と言われるような相手は1人しかいないわけで――


「モノグ、くん……?」

「サニィ……」


 鍛冶屋兼武器屋『ベル・ハウス』、そこで俺は、意図せず探し人と巡り合うこととなった。

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