04 少女のようなイケメン

 翌日。

 俺は陽が昇り始めているにも関わらず、自室のベッドに寝っ転がりながら、ただただ天井の染みを数えていた。


「はぁ……」

「わ、大きな溜め息だね」


 そう、俺の些細な行動を拾って感想を呟いてくるのは同室であり、我らがリーダーレイン様である。

 レインはなぜか、自分のではなく、俺が現在寝っ転がるベッドに腰かけていた。


 わざわざ身を捻って俺を見てきているが、そもそも自分のベッドに座ればそんなひと手間を加えることなく顔を見て会話ができる。

 レインは普段から頼りになる奴だが、たまにこういう非合理的な無駄を好んでいて、正直その辺りの目的というか、感性のようなものは理解できていない。


「もうすぐお昼だよ? いくらオフだからってダラダラしすぎじゃない? 二日酔いでどうしようもないーってほど、飲んでなかったし」

「そりゃあ、まぁ」


 第20層の踏破。

 第5層、第10層、第15層、そして第20層――冒険者界隈じゃ5の倍数の階層を突破することはちょっとばかり特別な意味を持つ。

 別に何か手に入るというわけではないが、まぁ区切りには丁度いい。新しく開いた店が1周年、2周年、はたまた0.5周年、1.5周年などお祝いをするのに似ている。


 当然これまでの3つのタイミングでは俺達ストームブレイカーも浮かれに浮かれたものだったが、今回はサニィがあまり体調が良くないと早々に退場し、当然酒に溺れる気分にもなれなかった俺も追従し――結果、今までの宴会の中でも早い解散となってしまっていた。


 元々翌日にアルコールを残さない、実に羨ましい体質のレインも物足りなかったのか、朝からやけに声を掛けてくる。気分転換に訓練場にでも行ったらと勧めはしたものの、


――モノグもついてきてくれるなら、考えようかな。


 なんて言い出す始末だ。

 俺のようなサポーターが、剣士様の訓練場に行ってどうしろというのだ。いくらレイン達に受け入れられて、今もサポーターをやっているとはいえ、自らアタッカーの巣窟へと足を運びヘイトを溜め込む気概なんて持っちゃいないのだ。


「レイン、虚しくならないか。天気も良いってのに、男2人、じめっと宿の一室に引きこもってるなんてさ」

「うん、ちょっとワクワクするよね」

「いや、しないだろ」

「そう? でも雨の日に外に出て遊ぶのは楽しいよ」

「それは分からなくもないけど」


 中々に少年心をくすぐるシチュエーションに、思わず同意する俺。

 にしても、逆は無いよな、逆は。良い天気に逆に部屋に引きこもっていたいなんて……あ、今の俺が正にそうか。天気の良し悪しがメンタルにバッチリ当てはまるなんて保証されているわけじゃないし、そこに因果があるわけでもない。


「ねぇ、モノグ」

「んー」

「モノグが悩んでるのはサニィのこと?」

「え?」

「あはっ、当たった当たった。モノグ、顔に出やすいからすぐに分かっちゃうよ」


 まるで子供のような無邪気な笑顔を浮かべるレイン。それが随分と様になっているのだからイケメンってのはズルい。いや、真似したいなんて思わないけれど。


「やっぱりお前も気が付いてるよなぁ……」

「うーん……どうかな」


 レインはどこか曖昧な笑顔を浮かべる。

 そして、少し迷った様子を見せた後……おどけるように肩をすくめた。


「どうだろ」

「おい」

「いやいや、結構珍しいんだよ。サニィがああいう、沈んだ感じを表に出すこと自体がさ」


 レイン、サニィ、そしてスノウの3人は幼馴染同士という関係だ。

 リーダーのレイン、そして強気なスノウという癖のある年下2人に対し、サニィは時に行き過ぎる彼らを諫める監督者のような立場になることが多かったという。その役目は有難いことに現在、俺にも分け与えて頂いているが、だからこそ大変だっただろうなぁと思わずにはいられない。


「お前らの住んでいた村は、子どもはお前ら3人しかいなかったんだったか」

「いや? 他にも男の子が何人かいたよ。まぁでも、男の子は男の子同士、女子は女子同士で集まることが多かったかな」

「……ん? お前は男だろ」

「あ……!?」


 俺の指摘にレインが大きく目を見開く。

 いや、驚きたいのはこちらの方だ。こいつまさか――


「お前、ガキの頃からマセてたのか」

「……え?」

「え? じゃねぇよ。だって小さい時からわざわざ同性じゃなくて女の子ばっかと遊んでたんだろ?」

「あ……ま、まぁそうだね。そっちの方が楽しかったから」


 若干恥ずかしそうにレインは笑顔を浮かべる。

 なるほど、そうやって稀代のモテ男が生み出されたわけだ。元々女好きだったのか、それか女子の方から寄ってきたのか、それか男子連中がつまらない奴しかいなかったのか――天才は環境からとも言うし、運命の神様とやらが条件を整えてくれていたのかもしれない。


「なんにせよ、そんな段階から差がつくもんなんだな、イケメンめ……」

「よく言うよ」

「あん?」

「んーん、なんでも。でもモノグ、ボクのことを羨むなんて、モノグが小さい頃はそうじゃなかったってことだよね」

「う、羨んでなんかないやい!」


 何故かガキっぽい口調になりつつも咄嗟に否定する俺。

 いや、半分強がりになってしまっているのは分かっている。実際、モテるというのは男にとっては憧れのようなものでね……? 現時点でパーティー内外関わらずモテられていらっしゃるレイン様には分からないと思うけれど。

 ただ、俺にとっては憧れというよりは興味に近い感覚だ。これは強がりがそう思わせているわけじゃないと信じたい。


「そういえばモノグの昔話って聞いたことがなかったよね」

「別に興味無いだろ」

「あるよ。もちろん、ボクだけじゃなく、みんなね」


 みんなとはストームブレイカーの面々だろう。俺とレインを括った際のみんなはそれ以外に思い浮かばない。酒のつまみにくらいはなるという認識だろうけれど。


「……今はサニィの話だろ」


 大して期待されていないと分かっていつつも、俺は少々強引に話題を逸らす。いや、この場合は戻したという方が正しいだろう。


「つまるところ、レインにもサニィが何に悩んでいるのか分からないってことだろ」

「そうなっちゃうね、力になれなくてごめん」

「いや、仕方ない……って、ちょっと待て。さり気なく俺に丸投げしてないか?」

「丸投げも何も、これはモノグ案件だよ。がんばっ」

「がんばっじゃねぇよ! 無駄に可愛く言いやがって」

「え、そ、そうかな……?」

「照れるな!」


 男の可愛いポーズなんて毒になるとまでは言わないが薬には絶対にならない。女顔と表現できる容姿の持ち主であってもそれは変わらない。


「しっかりしてくれよ、リーダー。サニィも俺なんかより、レインに話聞いて欲しいって思ってると思うぞ」

「そうかな? 知ってるよ、ボク。よく2人だけで飲みに行ってること。それだけサニィも心を開いているってことでしょ?」

「あれはどっちかって言うと、俺が相談に乗ってもらっているのが殆どで――」


 結局のところ、俺がサニィの問題に突っ込むことに尻込みしている理由はそれなのだ。

 俺にとってサニィは、俺が困ったり悩んだときに助けてくれるという印象が強い。たった一つしか年は違わないが、まぁ――姉がいたらこんな感じだったのかもと思う時もある。

 そんな彼女が抱いた悩みを、俺なんかが解決できるとは思えない。イメージが湧かない。

 “魔術師”という本質的な接点があったスノウの時とはわけが違うのだ。


「大丈夫だよ、モノグなら。きっと、サニィもモノグに助けてもらうことを期待していると思うよ」

「お前な……適当なこと――」

「適当なんかじゃないよ。ボクは分かるんだ。だって、ボクはこのストームブレイカーのリーダーで、サニィの幼馴染だからね。少なくともボクやスノウには相談なんかできないだろうし、サンドラは以ての外でしょ」


 サンドラに対する物言いが酷い気もするが、よくよく考えるまでもなくアイツに相談役が向かないのは明らかだった。いい視点は持っているので助手くらいが丁度いい。


「別にパーティーの中だけが全てじゃないだろ」

「サニィ、結構人見知りだから外にガッツリ相談できる人がいるっていうのはちょっと想像しづらいかな」

「あー……」


 そういえば、初めて彼女と会った時、あまり目を合わしてくれなかったなぁと思い出す。


「とにかくモノグ。騙されたと思ってアクションしてみようよ。ね?」

「うー……」

「ほら、がんばっ」


 何が“ほら”なのか。

 再び先ほどと同じ、両こぶしを構えた女の子のようなモーションと共に応援してくるレイン。何がムカつくってその仕草が妙に様になっているところなんだよな。全然嬉しくないけど。


「はぁ……」

「溜め息」


 レインに指摘されつつも、俺はベッドから起き上がる。

 正直気持ちは纏まらないが、今のままでいいなんてことは絶対に無い。取りあえず、サニィと話してみるか……くらいの気持ちだ。


「ああ、そうだモノグ」

「あん」


 部屋から出ようとドアノブに手をかけた時、何故か俺のベッドに寝っ転がりながらレインが声を掛けてきた。


「自分のベッドで寝ろ」

「まぁまぁ、本題はそこじゃないから」


 本題に進む前にそうしろって言ってるのが分かってないのかな、彼は?


「もしも、ボクが何かに悩むときが来たら――その時は絶対に助けてね」

「……お前さぁ」


 考えないようにしていたんだ。

 スノウ、そしてサニィと来た。パーティーメンバーが順番に、まるで当番制のように不調になっている。

 そんな状況でもしも悩んだら――なんて話していたら現実になる気しかしない。


「いや、その前に俺が悩む。そんでお前らに助けさせる!!」

「いや、その宣言はどうなのさ」

「お前だって同じようなこと言っただろ!」


 まぁ、ローテーションしているなら俺が助けられる展開も来るだろう。

 それで一生解決しなければ俺のターンで終了だ――いや、何考えてるんだ、俺。


 それが現実逃避と自覚しつつも、できればこういう面倒ごとは今回で打ち止めとなって欲しいと願わずにはいられない俺であった。

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