03 サニィの不調
「はぁ……」
本来、ボスを撃破したことにより勝利に湧く場面であるはずなのに、彼女は1人、重々しい溜め息を吐いていた。
「サニィ」
「……っ! モノグ、くん……」
弓を両手で強く握りしめながら、サニィは気まずげに視線を逸らした。
自分が何を言われるのか、十分に想像できている表情だ。
「調子、悪いのか」
けれど、きっと、俺の言葉はそんな彼女が待ち構えていたものとは少し違っただろう。そんなことを声を掛けた俺自身が思ってしまう。
俺自身、気付いてしまうほど色濃く出てしまった“遠慮”。
気遣いというよりも、顔色を伺うような感情が乗ってしまったと自分でもはっきり分かった。
当然、それを向けられたサニィはよりハッキリと感じ取ったに違いない。
「――ッ」
事実、サニィは期待を裏切られたみたいに、悲し気に、苦し気に表情を歪めた。
「……ううん、何でもないの。気にしないで」
けれど、それはすぐに誤魔化すような苦笑――誤魔化しという“拒絶”に変わる。
それを見て、俺は思わず唾を呑み込んでいた……もちろんいい意味で出たものじゃない。
「余計な心配かけて、ごめんね。私は大丈夫だから」
「あ、いや……」
何か気の利いたことでも言えれば良かったのだけれど、俺は咄嗟にそんな微妙な反応しかできなくて。
そしてそれを受けて、サニィはやはり悲し気に微笑むと、レイン達の居る方へ歩いていってしまった。
「くそ……一体なにやってんだ、俺は……」
「モノグ?」
「っ……! ――っと、サンドラか」
「うん」
咄嗟に身構えてしまったが、声を掛けてきたのがサンドラだったことに安堵する俺。いや、誰が相手だったらマズいとかがあったわけでもないけれど。
「……お手柄だったな、サンドラ」
「うん、気持ち良かった」
サンドラはぼーっとした感じでそう言いつつも、僅かに身体を傾けて、頭のてっぺんを俺に見せてくる。
その視線は相変わらず無……強いて言うなら眠そうと感じさせる無気力さを感じさせるけれど、上目遣いでじっとこちらを見てくるのは、おそらく彼女なりに“おねだり”をしているつもりなのだろう。
「モノグ」
我慢できず、催促してくる彼女に苦笑しつつ、その小さな頭を軽く撫でる。
気持ち良さげに目を閉じるサンドラ。やはり僅かではあるが、その頬も緩んでいた。
「ん……」
「そんなにいいか、これ?」
「うん、いい。サンドラも撫でてあげよっか?」
「え……いや、それは遠慮しとこうかな……ははは……」
さすがに年下の女の子に頭を撫でてもらうなんてのには抵抗がある。そういうのが良いという人もいるにはいるらしいけれど。
「でも、まだまだ」
そろそろいいかと思い、彼女の頭から手を放すと、サンドラが俺を見上げたまま言う。
「あのゴーレム? のコア、一撃で壊せなかったし」
「ああ、いや。バーストは二段目で使っちまったし、一撃でっていうのはさすがに無理だっただろ」
「でも、スノウはできた」
その声は少しいじけたような感情を含んでいた。
確かに、スノウの【ダイヤモンド・ブレイザー】ならサンドラの【三段斬り】、その三段目が無くとも一撃でゴーレムのコアを破壊しきっていたかもしれない。
もちろん、実際に試してはいないので、あくまでこれは俺からHPの減算を見た上で立てられる予想だ。
サンドラは魔術に関して完全に専門外だし、HPが見えているわけでもない。
ただ、アタッカーとしての嗅覚、直感がそれを察させたのかもしれない。こちらは逆に俺には分からない感覚だ。
「それに……」
「それに?」
「……サニィ、どこか具合悪いのかな」
サンドラはサニィの方を見て、ポツリと呟いた。
サニィはレインとスノウに合流して、先程のどこか鬱屈とした雰囲気をおくびも出さずににこやかに会話をしている。
今、この瞬間だけ見れば、俺も、きっとサンドラもサニィが何らかの理由で不調であることには気が付かなかっただろう。
しかし、サニィは確かに変だった。
本来、あのゴーレムを倒すのに一番適していたのは彼女だ。
ゴーレムは確かに硬い装甲を纏っていたが、そこには僅かに隙間があった。レインの刃さえ通せぬほど僅かな隙間――けれど、サニィの矢であれば、その隙間にだって攻撃を加えられた。先端を針のように細く尖らせた特殊な矢を使えば。
通常の矢に比べて威力は遥かに落ちるが、【バースト】によるフォローがあれば、そのデメリットは無視できる。
そして、ほんの小さな隙間を縫うような射撃も、サニィの腕であれば――しかし、俺はサニィに【バースト】は使わなかった。いや、使えなかった。
それまでも感じていたことだったが、サニィが放ったアーツ、【ストーム・シュート】を見てハッキリと分かった。威力も、精度も、本来彼女が持つ能力と比較すれば明らかに乱れていた。集中できていなかった。
【アキュムレート】で溜めてきた力はストームブレイカーのみんなが重ねて来た勝利への布石、努力の結晶だ。俺はその力を、【バースト】を、より確実に勝利へと届かすために、誰に託すかを冷静に選ばなければならない。
サニィが一番の適任者だった。しかし、彼女には託せなかった。
俺は彼女を切り捨て、次に勝率の高いサンドラを選んだ。
きっとサニィ自身が一番理解している。
自分が届いていなかったことも、俺に切り捨てられたことも。
サニィを思うのならば、それでも彼女に託すべきだったのかもしれない。命運を委ねるべきだったかもしれない。
一度無くした信頼を取り戻すことは、ゼロから築くより遥かに難しい……俺にとっても、サニィにとっても。
俺達は第20層を踏破した。
しかし俺はダンジョンの階層を突破するのとは全く違う種類の壁――いや、重たい何かを胸に植え付けられた気がしていた。
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