02 試練の成果
「ふぅ……」
なんとか今回も、誰も大怪我することなく、無事にボスを撃破した。
そんな状況において、歓喜より先に口から出たのは溜め息だった。
精神的な気疲れと、安堵による、なんとも気の抜けたものだったが――まぁ、いいだろう。ここにはもう敵はいないのだから。
「だらしないわねー、モノグ」
「……うっせぇ。ていうか、スノウ。あそこで【ダイヤモンド・ブレイザー】を使うなんか聞いてないぞ」
「当たり前でしょ、戦場ってのは状況が刻一刻と変化していくものなんだから。アドリブよ、アドリブ」
大技を繰り出したくせに、まるでスキップするように軽やかに近づいてきたスノウは、対照的にしゃがみ込んだ俺をからかうようにニヤニヤと笑みを浮かべる。
「はい、お手をどうぞ。お姫様?」
「誰が姫だ、誰が」
ニヤケ顔のまま、皮肉全開で右手を差し出してくるスノウ。そんな彼女に悪態を吐きつつも、俺は彼女の手を握り、立ち上がった。
……と、何故かスノウは俺の手を放そうとせず、にぎにぎと揉んでくる。
「むふふ……でもモノグもさすがよね。アタシのアドリブにしっかり合わせてくれたわけだし」
「ん……まぁ、それが仕事だからな」
俺は苦笑しつつも、その称賛を素直に受け取った。
実際、それなりのことをしたと自負している。というのも、スノウの【ダイヤモンド・ブレイザー】はまだ安定運用にはほど遠い出来なのだ。
エクストラフロアの甲冑の姿をした魔物(おそらく魔物ではないけれど)と対峙した後、俺とスノウは再び【ダイヤモンド・ブレイザー】、そして魔法を再現できないかを試した。
もちろん、魔法云々の話は誰にも言うことはできない。もしかしたらチヤホヤされるかもしれないが、それよりもデカいマイナスが待ち受けているということは、当然スノウ自身理解していたことだ。
そんな俺達の事情を汲んだかのように、誰にも見られずに魔術、および魔法を試すことのできる場が実におあつらえ向きではあるが用意されていた。俺達が攻略したエクストラフロアだ。
あれから何度か足を運んでみたが、甲冑は二度と姿を現すことなく、あのボス部屋はただの広場と化していた。
このことに一番喜んだのはスノウで、度々休日にはここに足を運んで、好き勝手魔術をぶっ放している。何故か俺を連れて来て。
俺達の住む“ペイズリー”という町には魔術師の訓練用の施設はないので、初めて手に入れた“遊び場”に彼女が浮かれるというのには納得がいくんだけど俺を連れていく必要があるのかどうか……俺は殺傷性のある魔術を扱うわけじゃないし、それこそ宿の自室でも訓練はできるんだけどなぁ。
まぁ、エクストラフロアに入ったのは俺達だけ、そして攻略をしたのも俺達だけということで、他の冒険者はおろか、レイン達もエクストラフロアにはワープできない。ただ、いくら今はただの広場と化しているからとて、あの甲冑が突然蘇らないとも限らない。その場合は1人じゃ対処できないし、保険に俺を連れていくというのは理に適った話かもしれない。そんなことを想定している頻度じゃないけれど。
とにかく、そんな遊び場を手に入れたということもあり、スノウが放った魔法――たしか【セブンス・フリーズ】だったか――を再現できないかと試したのだが……結論としてはできなかった。ほんの1ミリも再現には至らなかった。
一切感覚が掴めない。掠ってもいない。そんなある意味振り出しよりも前に戻されてしまったスノウではあったが――
『ま、使えないなら使えないでいいわよ。いざという時にも“アレ”に頼るべきじゃないって分かっただけ十分ね』
彼女はそんなことを言い、あっさりと一度は手中に収めた奇跡の技に対する執着を手放した。
『なんか、意外だな。何としてももう一度この手に――みたいなことを考えると思っていたけれど』
『馬鹿ね。一度手の中に舞い込んできたのよ? 放っておいてもまたいつかチャンスは来るでしょ』
そんな会話をしたことを思い出す。
普通の魔術師であれば、何が何でも手に入れようと躍起になるものだと思うが、そんなことを簡単に言えてしまうのだから、やはりスノウは普通とは一線を画していると思わせる。そんな彼女だからこそ、奇跡とも呼べる魔法を発動せしめたのだろう、とも。
そういうわけで、魔法は早々に諦めることになったのだが、もう一つ、あの時は不完全な形での発動になってしまった大技、【ダイヤモンド・ブレイザー】は十分再現するに至った。
まぁ、こちらは元々スノウの中に構想があったものであり、現状のスノウの能力で十分再現が可能というのはおかしな話でもない。
しかし、ここで本題になるのだけれど――――あの魔術には随分と準備が求められることが判明した。
その内容を簡単に言ってしまえば、膨大な魔術を放つ為の魔力チャージ。そして繊細なコントロールだ。
前者は当然のことで、魔術は大技になればなるほど、“溜め”の時間を求められる。大声を出すためには十分に息を吸う必要があるというのと同じだ。
一応、それでも無理やり発動する裏技みたいなものはあるが、それも準備せずに大声を出せば喉を傷めるみたいに、無理をしたツケが術者を襲うことになる。
そして後者。【ダイヤモンド・ブレイザー】にはその準備から発動に至るまで、かなりの集中を擁されるらしい。僅かでも乱れれば、それこそ甲冑戦で見せたように威力は極端に下がってしまうとか。
そのコントロールはスノウ曰く、『魔力の糸を編み上げていって、あの極太レーザーを作っているみたいな感覚』とのこと。
そんな繊細なコントロールに加え、照準を合わせ、敵の動きを予測し、仲間に当たらないよう注意を払い、さらに敵に襲われたときに備えて――などとやっていたら、とても魔物と対峙する実戦では役に立たないだろう。レインにサンドラが使っているような大剣を2本渡して、『これで双剣術を使え』と言うくらい無駄な話だ。
それでもスノウが先の戦闘で【ダイヤモンド・ブレイザー】を“一切のロス無く”放てたのは――
「えへぇ」
俺の右手を指輪のついた右手で揉みながら表情をだらしなく崩すスノウ。
「……んだよ」
「アタシ達のコンビネーション、完璧だと思わない?」
「自分で言うな」
そう、コンビネーション。
スノウと“俺”による合わせ技なのだ。あの【ダイヤモンド・ブレイザー】は。
スノウは魔力のチャージと“編み込み”に全神経を注ぎ、その他の細かい調整や照準の設定などは俺が行うという形で成り立っている。
【クイックキャスト】はそのために――“スノウの【ダイヤモンド・ブレイザー】に合わせる為だけに開発した支援術”なのである。
いやぁ、中々骨が折れた。魔術の開発がというより、実際に使ってみると俺の負担がデカすぎるというか……さっきもよく咄嗟に合わせられたものだと我ながら感心せずにはいられないね。
魔力キャパ的には問題無いけれど、【クイックキャスト】には頭を使い過ぎる。思わず【エンゲージ】を解除してしまうくらいだし、きっと【アキュムレート】も維持できない。
当然【バースト】を付与することもできないだろうから、【ダイヤモンド・ブレイザー】と【バースト】は組み合わせられないことになる。せっかくの大技なのに、これはちょっと勿体ない。
「スノウ。分かってると思うけれど、ゴールは1人で全部できることなんだからな? それが無理な内は完璧なんてとても――」
「アタシ、もっと威力上げれると思うのよね。あとバリエーションとかも付けれたりして! 連射バージョンとか、広範囲攻撃用とかっ!」
「話聞いてる!?」
当然、更に発展させた形を考えてる段階に無い。
まだ杖を突いて歩いている段階なのに、バック転しようとしているくらい、無謀で、無駄だ。
「なによ。アンタだってせっかく作った魔術を無駄にしたくないでしょ?」
「別にお前が1人で歩けるまでの杖扱いでいいから。【クイックキャスト】も使用条件が限定されすぎていて、それこそ他に流用するなら別に新しいのを考えた方がいいくらいだ」
「ていうかさ、そもそもアタシの為だけに新しい支援魔術開発するとか化け物すぎでしょ……」
何故か頬を赤くし、やはり頬を蕩けさせるスノウ。台詞は若干引いたようなものだったけれど、感情はむしろ褒めていくれているように思える。
まぁ、彼女は“魔術師としての俺”を尊敬していると言ってくれているし……これはプラスに捉えよう。ポジティブポジティブ!
「ハーイ、離れて離れてー」
「ちょっ、レインっ!?」
「『ちょっ、レインっ!?』――じゃないよ。ねぇ、スノウ?」
と、ようやく俺が称賛されるフェーズに入ったかと思いきや、間に割って入ってきたレインによって中断されてしまう。
といっても、今褒めてもらったとして、正直浮かれるような気分でもなかったし、中断させられるにはベストのタイミングだったかもしれない。
にしたって――
「スノウ。――――?」
「~~~ッ!? ちょ、アンタ、何言ってんのよ!?」
スノウの耳元で何かを囁くレインと、それを受けて顔真っ赤にするスノウ。
何を話しているかは分からないが、なんとも絵にお成りになりなさる。
それこそ、スノウにとっては今こうしてレインに構ってもらえるのが一番のご褒美かもしれない。まぁ、俺の補助があったにしても、ゴーレムのコアを吹き飛ばすほどの大魔術を彼女が放ったのは事実だしな。めでたしめでたし。
ただ一方、めでたしで締められれない者もいる。
俺は“その彼女”の方を見て、やはり溜め息を吐くのだった。
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