その冒険者の足跡

01 第20層

 轟音が響き渡り、地面が大きく揺れる。

 巨大な岩が地面へと叩きつけられたことによる地震、そして巻き起こされる衝撃波を受けつつも、歯を食いしばり、倒れ吹っ飛ばされないようその場でなんとか踏ん張っていた。


「【ストーム・シュート】!」


 後方からそんな劣勢を吹き飛ばすように一筋の矢が飛んでくる。俺達の遥か頭上を走るその矢は緑色の風を纏い、岩の巻き起こした砂塵を晴らしていき……そしてその向こうに、分厚い岩を纏った巨人――ゴーレムが姿を現した。


 先の衝撃も、岩が落ちたというわけではなく、ゴーレムのパンチによるものだ。当然、まともに喰らえばタダではすまない。


「レインッ!」

「大丈夫っ!」


 そんなゴーレムから狙われたレインは、しっかりとそのパンチを躱していた。

 もちろん、こんなところでヘマするようなやつじゃないという信頼はあるけれど、それでも少しホッとしてしまう。


 レインは今、ゴーレムの狙いを一身に引き受けていた。

 一撃一撃が重く、そして巨体故に攻撃範囲も広い――そんな相手にはレインの俊敏さが相性がいい。

 タンクと呼ばれる、敵の攻撃を引き付けそのまま一身に受けるガード役がいない我らストームブレイカーにとって、レインは切り込み役でありながら、盾にもなり、フィニッシャーにもなるというまさに八面六臂という言葉が相応しい活躍を見せてくれる。


 しかし、体長5メートルほどの巨体を持つゴーレムの気を引いていれば、切り込むこともフィニッシャーになることも叶わない。

 それならば――俺は一瞬、背後の人物へと意識を向ける。


(いや、駄目だ)


 本来、一番適任であるのだが――今日の“彼女”は精彩さを欠いている。

 もしも任せて、失敗でもすればパーティーの命取りになるどころか、仮にここを切り抜けられても、彼女の自信喪失に繋がってしまうかもしれない。その判断を一瞬でつけて、俺は二番目の候補者の名を叫んだ。


「……サンドラッ!!」


 ほんの僅かな逡巡を経て、思い浮かべていたのとは別の少女の名を呼ぶ。

 サンドラは言葉こそ返さないものの、深く頷きゴーレムへと走る。


「はああああああッ!!!」


 そして、凄まじい覇気を放ちつつ、跳び上がる。あの踏み込み、大剣の振りかぶり方――指示を出した覚えは無いけれど、彼女のやろうとしていることは俺の考えにピッタリと当てはまっていた。


「いちっ!!」


 着地と同時にゴーレムの胴体へと大剣を叩きつける。

 そして――


「今――【バースト】ッ!!」


 すかさず、サンドラに【バースト】を付与する。

 サンドラは身体を捻り、大きく大剣を薙ぎ払い――


「にぃっ!!!」


 その刃がゴーレムの岩肌へと突き刺さった。


――ウゴゴ……!


 それは岩が崩れる音か、それともゴーレムという魔物の唸り声か。

 無駄に派手な轟音を響かせながら、ゴーレムの巨体が崩れていく。


 けれど――まだ終わっていない。


「【ストレングス】ッ!!」


 すかさず、サンドラに支援魔術【ストレングス】を付与する。これは筋力を一時的に強化する魔術だ。


 ただ、筋力強化をすればパワーが上がるかといえば微妙なところで、実に使い道は限られてしまう。

 というのも筋肉は多ければ多いで邪魔になるケースがあるからだ。特にサンドラは華奢ながら、既に大剣を振るうに十分かつ適切な筋力を有している。プラスもマイナスも彼女にとっては邪魔にしかならない。


 しかし、今、この一瞬においては【ストレングス】を付与することが彼女の背中を押してくれる。

 あの――宙に浮かぶ“ゴーレムのコア”を斬り砕く為には。


「はぁぁぁぁあああッ!!!」


 【ストレングス】を付与した“両脚”で強く、地面を踏み抜き跳び上がるサンドラ。その動きは最初の一撃から一切淀みなく繋がっている。

 アーツ【三段斬り】。その響きはあまり強そうには感じられないが、三撃の中にあらゆる基礎・応用を詰め込んだ達人技――らしい。支援術師である俺にはあまり分からない感覚だけれど。


「さぁぁぁぁぁぁぁんッ!!」


 跳び上がった勢いそのままに、サンドラがゴーレムのコアをかち上げた。


 先ほどバーストで吹っ飛ばした岩肌はただの装甲。どれだけ殴ってもゴーレムにダメージはなく、また剥がしても僅かな時間で再生してしまう。

 だからこそ、俺はあえてサンドラの【三段斬り】、その二段目で【バースト】を放った。全ては硬く厄介な外装を剥がすために。それまでに貯めたダメージが本体に入らないのは勿体ないが、今の状況ならこれがベストだった。

 だが――


(まだ残ってるか……!)


 サンドラの攻撃を受けたゴーレムのコアのHPは削り切れていない……!

 けれど、ぼさっとしていれば先ほどと同じでまた再生されてしまう。


「いや、それでも確実に勝てるのなら――」

「モノグッ!!!」


 力強い声が響いた。


 その声の主、我らがストームブレイカーが誇る天才攻撃術師のスノウは、一切こちらを見ることなく、ゴーレムのコアに向かって右手の平を向ける。


「【ダイヤモンド】ォ……!」

「……っ! 【クイックキャスト】!!」

「【ブレイザー】!!」


 彼女の右手薬指にはめられた指輪が力強い光を放ち、そして彼女の手の平から高密度の冷気でできた極太のレーザービームが放たれる。

 【ダイヤモンド・ブレイザー】。エクストラフロアでの一件を経て、見事にスノウの“必殺技”となったそれは、勢い良くゴーレムに向かって飛んで行き、そして、既に周囲の岩盤を盾にしようと引き寄せ始めていたゴーレムのコアを直撃した。


「効いてる……! その勢いのままぶっ放せ!」

「ぶっ倒れろぉぉぉおおおっっっ!!」

 

 スノウの力強い叫びと意志を反映し、レーザーがその勢いを増す。

 視界を埋め尽くすほどの眩い光に包まれながらも、俺の目に表示されたHPはゴリゴリと削られていく。そして――


――グゴォォオオオ!!?


 今度は岩が擦れる音などではない、コアから放たれたゴーレムの断末魔が広場に響き渡り――同時に、奴に表示されたHPが0になる。


 コアを覆おうとしていた岩の装甲が重力に従って崩れ落ち、そしてコアもレーザーに飲まれ完全に消失した。

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