16[bonus] 女子たちの宴
「ほ~ら、モノグー? 部屋に着いたよぉー?」
「うぅ……ん」
明らかに酩酊状態のモノグに肩を貸しつつ、レインがどこか甘ったるい声を掛ける。
しかし、今自分が立っているのか、横たわっているのかも気が付いて無さそうなモノグには当然、その声に隠されたレインの心情など察せる筈も無い。いや、最早その声が脳に届いているかも怪しいものだ。
「はーい、おねんねしましょうね~」
ニコニコと笑顔を浮かべつつ、自分のベッドにモノグを寝かすレイン。
「ええと、酔い覚ましのシップは……っと、これかな?」
そして棚に入れてあった酔い覚ましのシップを丁寧にモノグの頭に貼る。
即効性こそないが、このまましっかり休めば翌日は一切の酒気を残さず快適な朝を迎えられる優れモノだ。
「これでよしっと。おやすみ、モノグ」
レインが普段使っている枕に顔を埋めつつ、モノグはそのまま眠りに落ちていく。
そんなモノグの頭を撫でつけながら微笑むレインの表情を見たら、それこそ一発で彼の中の常識が崩れ去ることになるのだろうけれど、やはりと言うべきか、その瞼が再び開くことはない。
「ふふっ……」
そんなモノグの表情を間近で眺めつつ、レインは愉快そうにしなやかな指で頬をつつく。
そのたびに寝心地悪そうに呻くモノグの姿に愛おしさと名残惜しさを覚えつつ、離れるように立ち上がる。
「流石にずっとやってたらみんな余計な心配をしちゃうと思うからね……もちろん、良くない意味で」
苦笑するレインの脳裏に浮かぶのは、モノグを運ぶと言って数十分帰ってこなかった自分を責めてくる仲間たちの姿だ。
彼女ら全員にとってモノグは特別な存在であり、彼のことだけに着目するのであれば、仲間というよりライバル同士と言った方が正しいだろう。
「でも、抜け駆けは禁止だからね。ちゃーんと、スノウにも釘を刺さないと。それじゃあ、おやすみモノグ。良い夢を」
灯りを消し、鼻歌を歌いながら部屋を出るレイン。
終始余裕そうな態度を見せてはいたものの、その頬は酒気とは全く別の原因でしっかりと赤らんでいた。
◆◆◆
そして、それと時を同じくしてストームブレイカーの女子部屋では。
「はーなーしーなーさーいーよーっ!!!」
1人の少女がイスに縛り付けられていた。
ストームブレイカーが誇る攻撃術師、スノウである。
「スノウ、抜け駆け駄目」
「し、してないわよっ!?」
「本当かしら? 右手薬指に見慣れない指輪がついてるなーってお姉さん気が付いちゃったんだけどなぁ?」
「う……」
彼女を縛り付けたサンドラ、そしてサニィからの追及に頬を引きつらせるスノウ。
今日あったこと、スノウが抱えていた悩みやエクストラフロアでの戦いについてはある程度彼女らに明かしていた。
ただ、不確定要素の多いスノウの“魔法”については一端黙っていた方がいいというモノグに従い話していない。そして――
「スノウちゃんのワンドが壊れちゃったって話は聞いたけれど、代わりの武器どうしよう……みたいな話は一切無かったじゃない? でも、聞いたことがあるのよね。確か魔術師の武器は杖だけじゃなくて、それこそ指輪みたいなアクセサリー型のものもあるって」
「ううっ!?」
淡々と、そしてダンスのステップのようにリズミカルに理詰めで追い込んでいくサニィ。
そう、スノウは指輪についても話していなかった。モノグと示し合わせていたわけではないが、彼がその話に移ろうとするたびに巧妙に話題を逸らしていたのだ。アルコールに脳みそをやられたモノグを御することはそれほど難しくない。
「以前、モノグ君から魔術師関係の道具は高価な傾向があるって聞いたことがあるわ。これはあくまで私の予想だけれど……多分、アクセサリー型の武器って杖よりもずっと高いんじゃないかしら? それをいきなり手に入れたなんて……何か“特別”なことでもあったんじゃないかしら?」
「うううっ!!!」
サニィは確信に辿り着いているのではないだろうか、とスノウは予感する。しかし、一度黙ってしまっていた手前、今更この指輪がどういうものなのかは言い出しづらかった。
「……モノグにもらったの?」
そして、じわじわと追い込まれていっていたスノウに直接ぶっこんだのはサンドラだった。
サンドラはサニィのように理知的では無い。もっと単純明快な猪突猛進タイプだ。そんな彼女から時たま放たれる剛速球は、時に理知的な推理よりも強力な破壊力を叩き出す。
サンドラはいつもの気だるげな無表情のまま、スノウに迫る。
いや、“いつもの”ではない。その瞳に灯っているのは無ではなく“虚無”だ。見ているもの全てを飲み込まんばかりの虚無が広がっている。
当然それを向けられたスノウは怯む。おそらく魔物に向けられるのとはまた違うだろうが――殺気と形容できてしまいそうな気配に冷や汗を垂らさずにはいられなかった。
「ま、まぁ? 貰ったと言えば貰ったになるのかしら――」
「いいえ、サンドラちゃん。それはないわね」
それでも、見栄を張って得意げな表情を浮かべるスノウ。それをバッサリ切り捨てたのはサニィだった。
「モノグくん、アクセサリーの類は自分では付けないし、実用性を感じていないものを誰かに送るようなタイプじゃないもの」
その分析は実に的を射ていて、サンドラ、そしてスノウも納得せざるを得ない。
そして同時に、サニィのどこか険のある言い方にも共感せざるを得ない。モノグがそういう方面に気が利かないということを彼女達は痛いほど知っているのだ。
「スノウちゃん、その指輪、どうしたの?」
再度、サニィから放たれた質問は先ほどまでの雰囲気とは打って変わって優しいものだった。
諭すように、励ますように――この時点でサニィはおおよそのことは察していたのかもしれない。
「う……うぅ……実は……」
そしてそんな不意の優しさを浴びせられたスノウは、見事に胸を打たれ――そして洗いざらい話す。
この指輪はエクストラフロアの宝箱で手に入れたものであること。モノグの持っているものと同じデザインのペアリングであること。杖と同様に魔術発動の助けになってくれること。
サニィもサンドラも、“モノグとのペアリング”という情報に一瞬眉をひそめたものの、素直に嫉妬をぶつける気にはなれなかった。
当然、羨ましくはあるのだが――
「折角ペアリングなのに、相手につけて貰えないのはツラいよね」
2人、いやスノウも含めた3人の胸中に渦巻いていたモヤっとした感情を言葉にしたのは、いつの間にか部屋に入ってきていたレインだった。
彼――いや、彼女もスノウの胸中を察して悲しい寄りの苦笑を浮かべている。
「まぁ、モノグはあんなんだから悪感情は無いと思うよ」
「……そんなの分かってるし」
理解はしていても納得できるわけではない。そう示すようにスノウは不機嫌そうに唇を尖らした。
「モノグくん、ちゃんと寝た?」
「うん。ぐっすり。よっぽど疲れてたんだね」
「……アタシも疲れてるんだけど」
「本当にこれ以上何も隠してない?」
「っ……アンタたちが知りたいであろうことは何も」
隠しているのは魔法のことだが、これはモノグからも口止めされているので、たとえレイン達相手でもスノウに明かす気は無い。
それに、彼女達が知りたいのは“スノウとモノグの間に何が有ったか”だ。この話題はそれとは外れてくるだろう。
「まぁ、2人の間で何か進展があったわけじゃないっていうのは分かってたけどね」
「むぅ……アンタ、それを知るためにわざとアタシのこと抱きしめたでしょ」
「アハハ、バレた?」
「当たり前でしょ!?」
ダンジョンから出て来たスノウをレインは熱烈なハグで迎えた。それはもちろん、心配していたスノウが見つかった喜びも十分に含まれているが、同時にダンジョン内でスノウとモノグの関係が変容したかどうかを確かめるための探りを入れるためという目的も含んだものだった。
「あの時のモノグ、なんか納得してた」
「モノグくんは私達がみんなレインに気があると思ってるものね……」
「うん。そしてボクが抱き着いている姿を見て落ち着いていられるってことは即ち、いつも通りってことだからね」
「うー……」
ほんの少しでも嫉妬してくれてもいいのに、とスノウは不機嫌そうに唸る。
ただ、この程度で落ち込むほどやわでもない。彼が一筋縄でいく相手では無いということは彼女――いや、彼女らは重々承知しているからだ。それが良いことなのかどうかは分からないが。
「ともかく、抜け駆けはなかったってことで……サンドラ、縄解いてあげてよ」
「らじゃー」
悲しいことにスノウに下された判決は無罪だった。
あれだけのことがあったのに……と思わずにはいられないスノウだったが、気を落とすより先にやるべきことがあった。
「それじゃあ次はアタシのターンね! サンドラっ、レインを拘束!」
「え? えっ!?」
「らじゃー」
突然矛先を向けられ戸惑うレイン。そんな彼女をサンドラはテキパキとイスに縛り付けた。
「ちょ、なに!?」
「アタシ、聞いちゃったのよねぇ。アンタとモノグのこと」
「どういうこと?」
「気になる」
勿体ぶるようなスノウの言葉に、レインは戸惑い、しかしサニィとサンドラは興味津々な目を向ける。
「レイン、アンタさ……モノグが怪我した時、手当してあげてるみたいじゃない?」
「え……いや、まぁ、手当くらい……」
「上半身裸にさして」
「っ……!」
ぐっと息を呑むレイン。
その反応にサニィとサンドラも理解する。クロだと。
「アンタ散々人には抜け駆け禁止って言ってる癖に、男のフリしてるって立場を利用してモノグの裸堪能するとかどういう了見よ!?」
「え、いやぁ……それは、そのぉ……」
「レイン、貴方……」
「ズルい」
2人から嫉妬を纏ったじりじりとした視線を浴びながらも、レインは“それ”を思い出して頬を赤く染める。
それこそ、普段の凛々しい姿から想像もつかない程に潤んだその表情は、たとえ鈍感なモノグであっても一目見れば彼女が女性だと気が付く程に、恋する乙女だった。
「なんなの、その反応は!?」
「だって……モノグ、ああ見えて結構いい身体してるんだよ……? つい思い出しちゃって……」
モジモジと照れながら言うレイン。
当然、モノグの上裸を見たことが無いサニィとサンドラはついていけていないのだが、
「まぁ……そうなる気持ちも分かるけどね」
そんな2人に反し、共感するような言葉を口にするスノウを見逃しはしなかった。
「サンドラちゃん」
「らじゃー……!」
「え、ちょっ、なに!?」
すかさず、スノウを拘束するサンドラ。容疑者が2人に増えた瞬間だった。
「その口ぶり、スノウちゃん? 貴方もモノグくんの裸を堪能したということかしら?」
「けしからん」
「え、いやぁ……まぁ、その、成り行きでね……?」
「成り行きか成り行きじゃないかはどうでもいいの。2人とも、抜け駆け禁止って意味、分かっているわよね?」
ニコニコと笑顔を浮かべながらも、明らかな殺気を放つサニィに、レインとスノウは頬を引きつらせた。
「いやぁ、これは抜け駆けとかじゃなくて……」
「そ、そうね。ほら、モノグ的には気にしてないわけだし別に……ね?」
「でもこの話題を出したのスノウだよね。それでレインを責めたんだから、スノウは意識してるってことでしょ。レインの反応も普通じゃないし」
「うっ!?」
「さ、サンドラ……アンタ、随分痛いところを……」
「それじゃあ納得したところで――ちゃあんと聞かせてもらおうかしら。納得のいく釈明を、ね?」
圧のある笑顔を浮かべるサニィ、そして虚無の視線を向けるサンドラ。
そんな2人を前に、レインとスノウはただただ顔を青くするのだった。
◆◆◆
そして、さらに舞台は戻り、レインとモノグの宿泊する部屋では――
「なんだか妙に騒がしい……って、これ女子組と……レインの声!?」
朦朧としつつも目を覚ましたモノグが壁に耳を当てつつ、驚愕に目を剥いていた。会話の内容は分からないが、聞こえるのはモノグを除いたストームブレイカーの面々が楽し気に騒いでいる声だった。
夜、宿の一室に男女が揃って盛り上がっている――そんな状況に対し、思考能力の低下したモノグの脳裏に浮かんだのは『酒池肉林』という言葉と、ピンク色で肌色が躍るぼんやりとした光景で――
「い、いやっ! 考えるな、考えるな俺よ!?」
咄嗟に浮かんできていた映像を振り払い、ベッドにダイブする。
そして布団を被り、耳を塞ぎ、さらには目を強く瞑って外界からの情報を遮断する。
「くそ……忘れろ忘れろ……! 明日どんな顔であいつらと会えばいいのか分からなくなるだろ……!?」
当然、彼の想像は現実に1ミリも掠ってはいないのだが、それに彼が気が付くわけもなく――モノグは無駄に悶々とした夜を過ごすことになるのだった。
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ここまでお読みいただきありがとうございました!
これにて本当に2章「魔術師は常に冷静であれ」スノウ編は終了となります。
3章遅くなっていてすみません!絶賛執筆中です!どこにも出してないから誰も褒めてくれないけれど!!!!(絶賛とは……?)
以下、15話から持ってきたあとがきです!
この話が投稿される前、15話で読んだよ!という方はスルーください!!
今回のテーマは「魔術師」という他のメンバーとは共有していないモノグとスノウだけの共通点に注目したものです。
職業の特性、共通の価値観というところから、2人だからこそ抱き、理解できる悩みや壁みたいなものを描ければなぁと思った次第です。
魔術師達の葛藤やスノウの魅力が伝わってくれていたら嬉しいなぁと思います。
面白いと思っていただけましたら、是非☆評価で応援いただけますと嬉しく思います!! 励み!!!!
次章ですが、現在はサニィにフォーカスした話を書こうと思っています。
あと、今回支援術師という色が濃かったので雑用係っていう点にも注目して書きたいかな……わかんないですけど。
とにかく、スノウ編に勝るとも劣らない熱量で、サニィやモノグの魅力をしっかり見せれればと思っています!
とはいえ、現在まだ話を練っているところでして、すぐにお出しできそうにないので、恐縮ではございますが、フォローをしていただきつつ、少々お待ちいただけますと幸いでございます。
(上記に書いている予定が変わる可能性もなくはないです)
引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!!!!
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