07 武器と寿命
サニィの弓術のキモは“絞る”こと。
弦を強く引き絞り、放たれた矢は鋭く、素早く、確実に、対象を射抜く。
当然、風などで射線が逸らされることを加味し、環境を読み取る能力も必要不可欠だ。
如何にして絞る時間、状況判断の時間を削り、対象を射殺すか。
まるで芸術のように研ぎ澄まされたその業はどうしても弓に大きな負担を強いてしまう。
更に、サニィの持ち味は速射――正確無比な射撃を連続で行うことだ。弓は短時間で大きくしなり、当然傷ついていく。
それを何度も、何度も修復してきたのだ。
どこかでガタが来ることなんて、分かっていた筈なんだ。当然、サニィだって。
「本来は、あっしの技術力とお2人が集めてきた素材での強化、そして定期的なメンテナンス……それらをしっかりこなしてれば問題無いと思ってたんすけど……お宅らの現時点での進行階層が技術に追いつけていなかったってことなんすかね。いやはや、恐ろしいもんです。風に聞く、『ストームブレイカー』の実力は」
「凄いのはサニィだよ……まぁ、他の連中も化け物みたいな才能の持ち主ばかりだけれど」
なんて、褒められてもサニィにとっては救いにならないかもしれない。
ダンジョンは下の層に進めば進むほど、出てくる敵が強くなり、強い敵からはより強い素材が落ちる。
その魔物由来の素材を使うことで、武器はより強化されていく。魔術師は例外として、武器の強さはそのままアタッカーの強さに直結する。いかに達人といえど、その業を最大限に活かすにはその腕に相応しい武器が必要になる。
本来、ダンジョン攻略の進行度合いがその基準になるのだが……ついこの間第20層を攻略、それこそパーティー結成からこのペイズリーのダンジョンにおいては最速とも言われている俺達の、それをさらに上回る成長速度とは……化け物なんて言葉が可愛く感じるほどに――俺には眩しく思えた。
けれども、それはあくまで俺からの印象でしかなく、サニィにとってはまた違うのだろう。
賛辞を受けても、彼女の表情は曇るばかりだ。
「ごめんなさい……私がもっと上手く扱えていれば……」
「何度も言ってるっすけど、サニィさんの謝ることじゃないすよ。責任はあっしとモノグ氏にあるんすから」
「……まぁ、そうだな」
武器のレベルにサニィが合わせなければならないなんて有り得ない。
俺達はダンジョン攻略者だ。今はサニィの技術が先行していても、いつかそのレベルに環境が追いつき、また更に先へと進むことを求められる。
そんな彼女の足を止めさせていい理由など無いんだ。
けれど……そんな正論が通用するのであれば、ベルもここまで困った感じを出さないだろう。
先ほど話に出た通り、サニィは自身の武器に特別な想いを持っているのだろう。同じフレームを使い続けることへの拘りもその現れだ。
そして、武器を子のように愛でるという考え方もそう少なくない。中には特別な名前までつける者もいるらしい。俺には少々分からない感覚だけれど。
「サニィが第20層のボス戦で射撃コントロールを乱していたのは、弓を気遣っていたからか」
「…………」
小さくサニィが頷く。
ベルからは、サニィの“絞り”が特別な負荷を与えているため、通常程度の負荷であればすぐに壊れるということは無いと補足が入る。
つまり、逆にサニィのこれまでの使い方ではその限りではないということだ。
「私にとってこの弓は……『モニカ』は特別なの」
「モニカ……」
初めて耳にするが、サニィが自身の弓に付けた名前だろう。それほどの愛着があってもおかしくはない。その由来は分からないが、人の名前についていておかしくない響きから、相応の存在であることは分かる。
「冒険者になって以来、使い続けてるんだよな」
「ええ……だから、この子は私にとって――ううん、私自身なの」
しなやかな指で優しく、その表面をなぞるサニィ。
「モノグ君とベルさんは私を褒めてくれたけれど、私は自分がそう優れた冒険者なんて自信が持てない。凄いのはレイン、スノウちゃん、サンドラちゃん……それに、モノグ君よ。私は、みんなに助けられているだけ」
「……謙遜にしたってもっと上手い言い方があると思うんだけど」
「謙遜なんかじゃないわ。私には足りていないの……冒険者として、ダンジョン攻略者として最も必要な“心の強さ”が」
力無くサニィは微笑む。自嘲を込めたその笑みに嘘は見えない。
「百発百中の腕があるからみんなは背中を任せてくれる。私にとって、それが“ストームブレイカーのサニィ”でいられる拠り所なの。けれど、それも全部、この子がいるから」
「ベルも言ってたろ。この弓はお前の力に耐えられなかった。お前をお前たらしめているのはお前自身の実力だ」
「ううん、この子だから……この子は私にとって“かけがえのない繋がり”だから……」
じんわりと彼女の目尻に涙が浮かんだ。
改めて弓の余命を告げられ、そしてサニィにとってこの相棒を失うことは冒険者としての自分を失うことを意味している――らしい。その胸中に渦巻く思いは、とても俺なんかでは慮れはしないだろう。
「モノグ氏、サニィさんのような方は決して少なくはないんすよ」
「ベル……」
「評価は他者から与えられるものっす。自分で自分を評価するなんて……いや、正当で普遍的な評価なんてものはきっとどこにもないんすよ。うちに来るアタッカーさんにも言い方は少し悪い言い方になっちゃうんすけど、武器の性能に依存する方は少なくないっす」
真剣な口調でベルはそう口にする。
戦士にとっての武器はそのまま実力に直結する。精神的な補強がメインである魔術師にとっての杖とは違い、それはかなり実際的だ。
しかし、だからとて、精神的な補強が行われていないわけじゃない。
強い武器を手にすれば自分も強くなれた気がする。武器の性能が上がれば自分も一歩先に進めた気がする。自分で自分の強さは分からないけれど、武器の強さなら分かる。
今までの武器と新しい武器。その性能の違いはそのまま、より強くなれた証になる。
「私は、モニカと一緒に生きてきた。冒険者として歩んできた。この子が私の証なの。冒険者としての足跡――軌跡なの。この子無しに、私は私ではいられない……」
「サニィ……」
「怖いの……別の武器を手に取って、もしも今までみたいに射撃ができなかったら……」
サニィは自身の武器を通して、これまで冒険者として生きてきた自分に依存している。
俺はそれが間違っているとは思わない。過去の実績、経験――それらがあって今の自分があるなんて当たり前のことだ。
けれど、サニィは一つの武器を手に持ち続けすぎた。それがあって当たり前になっていた。
いわば冒険者としての自分の半身にまで大きくなった弓……いや、“モニカ”の存在無くしてはサニィという冒険者が自立できないほどになってしまっていた。
「放った矢は、私の心を映し出す……貴方達の魔術と同等、ううん、多分それ以上に。だからボス戦でもモノグ君は気付いたよね。あの時の――ううん、“今の私”に、ゴーレムの装甲の隙間を縫ってコアを撃ち抜くだけの力が無いってことくらい」
「それ……は……」
「別に責めてはいないわ。責める権利なんかない。だって私は、もう……」
その声が震え、涙が頬を伝う。
“評価は他者から与えられるもの”、“正当で普遍的な評価なんて存在しない”――ベルの言葉は間違いじゃない。そして、だからこそ……サニィにとどめを刺したのは俺なのだと分かってしまった。
あの時、最適者だったサニィを見限った俺を見て、サニィは自分の弱さを自覚してしまった。
修復不可能なほどに痛み、死を間近にした自身の弓と同じように、アーチャーとしての、冒険者としての寿命も尽きようとしていると。
「っ……」
なんて言葉を掛ければいい。
そんなことはない。お前は素晴らしい才能の持ち主だ。レイン達に劣ることのない、最高のアタッカーだ。
それは紛れもなく俺の本心であり、確信だ。
けれど、その一方で、武器を持ちかえれば、サニィがもう今まで通りの百発百中を保てなくなるという確信もある。
サニィの心がそうさせる。呼吸の乱れ、指の震えという形で現れ、矢の軌道をブレさせる。
一番の解決策は、この弓を完全修復すること。サニィだってそう思っているだろう。
しかし、ベルは無理だと言った。俺も武器に対する知識はそれなりに持ち合わせてはいるが、専門家であるベルほどじゃないし、彼女に限ってその言葉に嘘はない。
代替案として、サニィには再度詳細に調査すると言って弓を預かり、なんとか複製する――というのはどうだろうか。
俺の支援魔術とベルの能力があれば、フレームの素材をピッタリ当て、限りなく再現ことは不可能じゃない。
けれど、“限りなく再現する”ということは、“完全にではない”ということだ。その限りなくと完全の間にある違いにサニィが気が付かないだろうか。
それか、全く新しい弓を持たせるか――これはベルも勧める方法だろう。
武器も消耗品だ。使い続ければいつかは壊れる。永遠なんてないのだから、割り切って持ち替えられる方が冒険者としては正しいだろう。
けれど、そんな正論が救いになるほど人は簡単じゃない。正しいと分かっていても受け入れられないことはある。
きっと強く勧めればサニィは武器の持ち替えを承諾するだろう。彼女がこれほどまでに固執することは珍しい。本当に珍しい。
俺やレイン達、ストームブレイカーの面々が強く言えば最後にはその固執も手放すに違いない。
しかし、それで本当に、ガクっと弓の腕が落ちてしまったら――彼女はきっと冒険者として立ち直れないほどのダメージを受けてしまうだろう。
どちらも解決策にはならない。それならいっその事、今のように“弓に負担をかけないように気遣っている”という免罪符を持たせたまま“モニカ”を使わせ続けるべきだろうか。
弓の精度も、威力も落ちる――けれど、言い訳を得られる分、サニィの自信に決定的な傷がつくことはないかもしれない。
きっと、いくつかある解決策――いや、妥協案の中でも最悪のものだ。仮初めの現状維持など、百害あって一利なしだ。
けれど、それでもサニィが、“その素晴らしい才能”が失われるくらいなら――
「あの……」
ちりりん、と『ベルハウス』の入口に設置された鈴が音を鳴らした。
同時に聞こえてきた幼い声に反射的に振り返ると、鍛冶屋にも武器屋にも縁のなさそうな少年少女が5人、恐る恐るといった様子で店内を覗いてきていた。
「これはこれは、随分と小さなお客さんっすね。モノグ氏、サニィさん、ちょっと退いてもらっていいすか」
「あ、ああ」
俺達は脇に避け、接客用カウンターの前を空ける。しかし子供たちは入口の辺りでまごついたまま――
「あ、あの、スフレくんとシャルちゃん……ここに来てませんか……?」
「え?」
明らかに不穏な質問をしてくるのだった。
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