04 サポーターのサポーター

 ダンジョン内をサンドラに手を引かれて歩きながら、それでも俺はボーっとスノウの背中を眺めていた。

 

 なんでこんなに。自分でもそう思う。

 けれど、俺にとって彼女は――スノウという少女は出会ったその時からある意味特別な存在だった。


 気が強くて、ちょっと口が悪くて、何かあるとすぐ怒って……我儘な嫌な奴。そんなある意味最悪とも言える第一印象から、今では互いに心を許せる仲間になれたと思う。

 けれど、今朝の、そして今のスノウはまるで最初出会った頃の、互いに嫌い合っていた頃の彼女に戻ってしまった感じがして――


「はい、交代」

「え?」


 サンドラとは違う、別の誰かが手を握ってくる感触に、俺は思考を目の前に戻した。


「どういうこと、サニィ?」


 サンドラが首を傾げる。なぜかその言葉には抗議をするような響きが混じっていた。


「サンドラちゃんは前に回って。モノグ君は私が守るから」


 ニコニコと笑顔を浮かべつつ、サニィが指示を出す。

 なるほど、ここで俺のお守は交代。サンドラはお役御免という訳だ。


 これでようやく彼女も前線で大暴れできるというもの。やはり、前に出て暴れてこそのアタッカーだからな。


「やだ」

「え?」

「モノグはサンドラが守る」


 何かの使命感に駆られたのだろうか、サンドラがあからさまに拒否しながら俺の腕に抱き着いてくる。まるで玩具を取られそうになった子供のような、なりふり構わない駄々の捏ね方だ。

 当然、動揺する俺であるが、サニィはそんな反応も予測していたらしい。一切戸惑うことなく――


「サンドラちゃん、ここから先は道が入り組んでいるでしょう? そんな中でモノグ君を守る為にサンドラちゃんが大剣を振るえば、モノグ君が巻き添えになっちゃう可能性だってあるのよ?」

「む、むむ……」

「だから適材適所。ね?」

「……分かった。ごめんね、モノグ。最後まで守れなくて」

「あ、ええと……いや、そんなことはない。凄く頼もしかった」

「そう? ……なら、よかった」


 サンドラは少し頬を緩ませて、今度は未練を見せずにそそくさと去っていった。

 それこそ、玩具を買っていいとお小遣いを渡された子どもみたいに。


「ふふっ、現金ねぇ」


 同じことを思っていたのか、サンドラを見送ってそんなことを呟くサニィ。とはいえ、サンドラに一体どんなプレゼントが渡されたのか、目の前にいた俺も殆ど全く理解できていないんだけど。


「さぁ、モノグ君もお仕事お仕事!」

「お、おう」


 まるで犬をリードに繋いで散歩させるように、俺と手を繋いでゆっくりマイペースに護衛してくれていたサンドラとは真逆に、サニィはまるで馬の手綱を握り尻にムチを打ち込むように、ガンガン追い立ててくる。

 おかげさまで素材回収という雑用の本分は存分に果たせたのだけれど、とにかく忙しいのなんの……そして、度々俺を襲おうとする魔物達を牽制するために飛んでくる矢の恐ろしさに、俺の余計なことを考える余裕は完全に断たれてしまった。

 

 馬車馬の如くなんて言葉があるが、さすがに馬も矢が飛び交う狭い通路の中で魔物の死体からの素材回収なんてやらされはしないだろう。もちろん、サニィの弓の腕であれば、俺に当たることなんて万一にも無いのだけれど。



◆◆◆



「カンパーイ! くぅー! 仕事の後のお酒は染みるわねぇ!」

「はは……そうっすね……いや、本当に、染みる……」


 ちびちびと、よく冷えたエールを喉に流し込みながら、俺はつい苦笑を浮かべてしまう。

 何度見たって、かざせば顔が丸まる隠れてしまうような樽ジョッキを煽るサニィの姿には慣れそうにない。


 ダンジョンでの素材集めの後、俺は流れるようにサニィに拉致られていた。

 他のパーティーメンバーには二人で用事があるからと一言だけ置いて、そしてすっかり体力の切れた無抵抗な俺を引っ張っていくサニィの狡猾さは中々のものだ。褒めている。一応。


「で、サニィ。なんで俺をわざわざ拉致ってきたんだよ」

「拉致なんて人聞き悪いわねぇ。ここ、私の奢りでいいのよ?」

「奢りか否かは拉致かどうかにはこれっぽちも関係ねぇ」


 と言いつつ、一瞬浮かせていた尻を椅子の上に戻す俺。拉致かどうかには関係無いが、奢りは正義だ。

 ほら、奢りってだけで、エールもさっきまでの500倍美味く感じる。


「モノグ君をこの席に誘ったのはね、ズバリ……スノウちゃんと喧嘩でもした?」

「えっ」

「気付かないとでも思っていたの?」


 サニィは呆れたように苦笑する。

 まぁでも、虚を突かれはしたが、サニィなら不思議な話でもないか。彼女は年長者として、ストームブレイカーの面々をしっかり見なくちゃいけないという思いもあるだろうし。


「でも、モノグ君も変な感じだったけれど、一番変だったのはスノウちゃんね。いつも以上にモノグ君のこと意識していたもの」

「そういやサンドラもそんなこと……って、いつも以上に?」

「いつも以上なんて言ったかしら」

「いや、言っただろ」


 しれっと顔を逸らすサニィ。その何でもないような仕草に、空耳だったかもと思う俺。実際アルコールを入れながらの会話に正確さを求めるなどナンセンスだ。


「ま、それはいいや。……なぁ、サニィ」

「なぁに?」

「お前は知ってんのか。スノウが何に悩んでるか」

「そうね……候補は幾つか。でも本人に聞いたわけじゃないから」


 サニィはじっと俺を見つけながら、微笑む。

 

「きっとモノグ君もそうよね。そしてきっと……キミの方がスノウちゃんの悩みに気付けるんじゃないかしら」

「…………」


 サニィの言葉に俺は黙る。

 きっとこれも彼女の狙いなんだろうけれど、散々考える暇もなく働かされたおかげで随分と頭は回ってくれる。

 そして、彼女の言う通り、多分俺はスノウの抱えている悩みに一番届きやすいだろう。それこそ、彼女と幼馴染であるレインやサニィよりも。


「なぁ、サニィ」

「うん」


 俺は、考えを纏めながら口を開く。

 サニィはテーブルに頬杖をつきながら、優しく見守るように微笑んでいた。


 喋りながら考えを纏めればいい。自分もそれに付き合うから――そう、目で語ってくれている。

 さすが年長者。彼女のような気概を果たして俺は一生重ねても持てるかどうか。パーティーを支えるサポーターの立場でそんなことを思ってしまうのは、ちょっと情けないかもしれない。


 けれど、今日はありがたく、それに甘えさせてもらおう。

 たとえ情けなくとも、それが問題を解きほぐす糸口となるのなら。スノウを助けることになるのなら。


 過程がどうでも、手段が何でも、パーティーを支えるのがサポーターである俺の役目なのだから。

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