03 少女は手を繋ぎたい

 今日のダンジョン探索の目的は新しい階層の攻略ではなく、攻略済みの階層での素材集めだ。

 階層攻略に比べて優先度や緊張感は落ちるものの、新しい戦術・戦略を試したり、金を稼いで階層攻略のための資金に当てたりと、十分ダンジョン攻略においては重要な役割を果たしている。


 正直、攻略済みの階層での探索における俺の仕事は殆ど無い。支援魔術を使わずとも、うちの優秀なアタッカー達がゴリ押しできてしまうからだ。

 なので、俺の仕事は彼・彼女らが倒した魔物から使えそう、または売れそうな素材を回収していく雑用係としてのものくらいしかない。


「スノウ、そっち行ったよ!」

「任せなさいっ! 【アイスシュート】ッ!」


 レインの声に応え、スノウがワンドを振るい氷の弾を放つ。

 氷の弾は空中を機敏に踊る、巨大な蜂のような姿をした魔物、ホーネットを易々と捕らえ撃墜した。

 傍から見ている分には絶好調だ。それこそ、使い慣れたワンドも十分に機能している。


 だからこそ、朝見たものが余計に気になってしまう。アレは幻か白昼夢か……そんなことも一瞬思いはしたが、実際合流してから一度もスノウと目が合っていない、いや意識的に逸らされているのを思うと、やはり現実だったのだろう。


「モノグ、どうしたの」

「サンドラ。ええと、何が?」

「なんだかボーっとしてる」


 大剣を背負った小柄な少女、サンドラがほんの少し怒った感じを滲ませつつ声を掛けてきた。


「ダンジョンはほんの少しの油断が命取り。集中したほうがいいよ」

「ああ、そうだな。その通りだ。悪かった、サンドラ」

「ん。でも大丈夫、モノグはサンドラが守るから」


 サンドラはしっかりと頷きつつ、俺の手を握ってくる。

 彼女は年下だが、これは甘えての行動ではない。どちらかといえば、飼い犬にリードをつけるみたいな感じだろうか。


 ダンジョンにおいて、支援術師の俺は1人で魔物と対峙することはできない。殺傷性の高い魔術を扱えないからな。

 だからこういう余裕のある探索の際はアタッカーの枚数を減らして誰かが俺を守るポジションまで下がってくれることになっている。文字通りお荷物ってわけだ。


 そして、今日はその担当がサンドラというわけで、彼女は度々魔物と戦う為に離れるものの、それが終わると傍に戻ってきて手を繋ぐなんてことをしてきていた。優しさが染みて涙が出そうだ。


「サンドラ、やっぱり手を繋ぐ必要は無いんじゃないかな。お前も大変だろ?」

「や」


 たった一文字であっさり否定されてしまう。正直、手を繋がれたままだと、俺の数少ない役目である素材回収も片手でやらなきゃいけないから満足にこなせないんだけど……。

 まぁ、うだうだ問答を繰り広げても仕方ない。これは何もサンドラが頑固というわけではなく、基本的にうちのパーティーメンバー全員に適用されることだ。


「それじゃあ、今スノウが倒した蜂の解体するから、手伝ってくれるか」

「うん」


 対処法は簡単。サンドラの右手に繋がれ、不自由な左手の代わりに、サンドラの左手を使うという寸法だ。

 ただ、これには一つ欠点があって……


「あ、つぶしちゃった」

「…………」


 このサンドラという少女。大剣を振り回すという大味な戦闘スタイルに恥じることのない、不器用さの持ち主なのだ。

 今もホーネットの薄羽をしっかり握り潰してしまっている。


「ごめん、モノグ」


 毎度毎度のことではあるが、本人は気にしているのか、しゅんと肩を落としていた。


「いや、大丈夫だ。それほど高価な素材が取れるわけじゃないからな」

「うん……」


 がっくりと肩を落とすサンドラを慰めつつ、ホーネットの死骸、その患部を撫でる。

 スノウが放った【アイスシュート】、氷のつぶてはホーネットの身体を貫通することなく、貫通スレスレのところで埋まっていた。


 氷のつぶてに触れると、まるで新雪が崩れるみたいに消えていく。それでも僅かに残った魔力の残滓は読み取ることができた。


「どうかした、モノグ?」

「サンドラ、今日のスノウ、どう思う?」

「どう?」


 サンドラが小首を傾げる。流石に質問がアバウトすぎたか。


「ええと、同じアタッカーから見て、調子がいいとか、悪いとかそういうのなんか無いか?」

「ん……普段通りだと思う」


 スノウの方を見て、サンドラはそう答えを返してくる。

 普段通り――そうだよな。俺も、今朝のことが無ければ、目が合わないくらい気にしなかっただろう。


「でも」


 サンドラは少し戸惑ったように、自信無さげにこちらを見た。


「なんだか、少し速い」

「速い?」

「うん。テンポ、っていうのかな。ほんの少し踏み込みが浅い、かも」


 なるほど、踏み込みか。

 魔術の行使に武器を扱うような体重移動はあまり必要無いとされている。実際、スノウの場合も腕だけでワンドを振るえばそれで十分な訳だし。

 サンドラは剣士だ。魔術師のそういう細かなことは知らないだろう。けれど、多分その踏み込みは“溜め”に置き換えられる。


 魔術の使用にはある程度の溜めが発生する。

 魔術というのは、既成の術式を構築し、そこに自分の魔力を練り合わせて発動される。それこそ最初の頃はこの術式の構築に随分と手間取ったものだけれど、俺もスノウも、それはもう殆ど無意識に組み上げられる程度には慣れている。

 問題は魔力の溜めだ。一つの魔術にどれくらいの魔力――魔術を使用できるだけのキャパシティを流し込むか、それは威力範囲に大きく影響を及ぼす。


 溜めが少なければ使用する魔力も減り、早く打ち出しができるが、その分威力は下がる。

 溜めが大きければ使用する魔力は増え、打つのにも時間が掛かるが、その分威力が上がる。


 相手を見極め、適切な溜めを作り、魔術を放つ。それも魔術師にとって大事なスキルだ。


 スノウが先ほど放った【アイスシュート】はギリギリだった。ホーネットの傷跡を見ればそれは明らかだ。

 ギリギリってのはギリギリ殺せる威力に調節したって意味じゃない。ギリギリ“殺すことができた”ってことだ。運が良かった。もう少し、ほんのちょっとでも浅ければこいつはまだ動き出していただろう。


 スノウはそんな危ない橋を渡ろうとするタイプじゃない。感情の起伏は大きく、ムラはあるけれど、だからこそ堅実であろうと心掛けている。魔力を節約して打ち逃すくらいなら、魔力切れになった方がマシだと思うタイプだ。


 サンドラの言うテンポが速いってのは、彼女が意図していないのであれば、そのまま“焦っている”とも置き換えられる。


「モノグ?」

「……いや、なんでもない」


 再び黙り込んだ俺の腕を、サンドラが心配そうに引っ張ってくる。

 そんな彼女に咄嗟に笑い返した。けれどサンドラの表情は晴れなくて、今朝レインに言われた“顔に出る”ってやつをまたやってしまったのだと悟った。


「本当に大丈夫なんだ。ちょっと気になることができたくらいで」

「……そっか」

「ありがとうな、サンドラ」


 結局、俺にはそう笑顔で誤魔化すことしかできない。

 スノウが何かに焦っていると分かったくらいだ。その原因が分からない以上、余計なことを言ってサンドラまで混乱させるわけにはいかない。


 感謝は紛れもなく本心だ。彼女のおかげで気が付かなかったことにも気付けたのだから。

 それは伝わってくれたみたいで、俺の言葉を受けたサンドラはほんの少し頬を緩めた。


「モノグ」

「なんだ?」

「もう一つ、ある。スノウのこと」

「もう一つ?」


 こくり、とサンドラが頷く。何故かその表情はほんの少しだけ、緊張しているように固く映った。


「スノウ、モノグのことすごく見てる」

「え?」


 それは意外な言葉だった。だって彼女とは今日、一度も目が合ってないのに。


「気のせいじゃないか?」

「ううん、普段よりずっと、見てる」


 どこか不安そうな口調。けれど、その不安は彼女の発した言葉には掛かっていないように感じられた。

 スノウが俺を普段より見ているのは確実で、それ以外に何か不安なことがあるみたいな。


「ごめん、サンドラがそう感じただけ」

「……いや、ありがとう。話してくれて」


 正直半信半疑だ。サンドラの言葉は疑いたくない。けれど、実感としては真逆の印象を頂いていたわけだし。

 けれど、サンドラにとってこのことが何か勇気のいる発言だったというのは分かる。それがどうしてかまでは残念ながら辿り着けないけれど。


「モノグ―、サンドラー!」


 不意に、レインが俺達に声を掛けてきた。先に進もうという合図だろう。

 その傍にはスノウとサニィもいる。しかし、相変わらずスノウは俺の方を見ようともしない。


「行こう、サンドラ」

「……サンドラ、役に立った?」

「役に立ったって……ああ、凄く助かった」

「じゃあ、借り」


 ぎゅっと俺の手を握る力を強めて、サンドラが俺を見上げてくる。


「今度、付き合って」

「……え?」

「サンドラの訓練。もっとモノグに合わせれるようになりたいから」

「あ、ああ、訓練ね……」


 うっかり一瞬愛の告白でもされたのかと思ってしまった。

 いやそんな筈がないと理性は理解しているのだけれど。なんたって、彼女はレインに気があるんだから。


「モノグ、行こ?」

「ああ」


 サンドラに手を引っ張られ、レイン達を追うように付いていく。

 一瞬、スノウの方から視線を感じたが、俺が彼女の方を見る時にはもう逸らされてしまっていた。

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