02 やはり彼は気が付かない

「やぁ、おはようモノグ」

「ん、ああ」


 その後準備を終え、集合前に一度部屋へと戻ると、すっかり出発の準備を終えたレインが笑顔で出迎えてくれた。俺のベッドに身を放り出しながら。

 ちなみに、昨日はちゃんとそれぞれのベッドで寝た。だから今レインが俺のベッドに転がってるのはただの確信犯だ。


「お前さ……そこ俺のベッドだって知ってるよな」

「モノグのじゃないよ。この宿のだ」

「屁理屈が聞きたいんじゃない」


 絶対俺の言いたいことは分かっている筈なのに、悪びれることなく笑顔を向けてくるレイン。

 コイツのことだ、俺をからかって楽しんでいるのだろう。朝っぱらからそれはやめて欲しいんだけれど。


「あれ……? モノグ、ちょっとこっち来て」

「あん?」


 レインに手招きされ、近寄る。

 するとレインはがばっと身を起こし、両手で俺の顔を掴んできた。


「なっ……!?」

「じっとして」


 思わず動揺する俺だが、レインは真剣な口調でぴしゃりと止めると、まじまじと俺の顔を見つめてくる。

 コイツ、相変わらずのイケメン具合だな……まつ毛長……。


 その真剣な眼差しに思わず息を呑んでしまう。男の俺でも魅入ってしまうのだ。もしも俺が女だったらイチコロだっただろう。


「モノグ、何かあった?」

「え?」

「表情が硬い。少し顔色も良くない。モノグが思いつめてるときによく見る感じだ」

「そ、そんなの分かるのか……?」

「うん、当然だよ。ボクもリーダーだからね。ちゃんとキミのことは見ているつもりだよ?」


 そう言って、レインはこれまで何人の女の子を落としてきたんだと呆れたくなるような笑顔を向けてくる。

 宿屋の一室、それも2人きりというシチュエーション……正直、相手は俺であるべきではないだろう。


「何かあったの?」

「……ちょっと色々な」

「ボクじゃ話す気にならない?」

「お前がどうとかそういう問題じゃなくて……」

「ふーん……?」


 レインは俺の顔を離し、少し拗ねたみたいに唇を尖らした。


「なんとなく分かった。モノグが自分のことじゃなくて、誰かのことで悩んでるって」

「うえっ?」

「というか、モノグが自分のことで悩んでいる時はもっとはっきり顔に出るよ。うじうじしててみっともないし。すぐわかるから」

「……そっすか」


 つまるところ、俺は随分と分かりやすい人間らしい。レインだけじゃない、ストームブレイカーの連中は妙に察しが良いと思う時もあったけれど、彼らの察しが良いというより俺が原因だったというわけだ。敵を騙すにはまずは味方から、一番の敵は味方の中に居るなんて言うが、それが自分自身だったとは。


「キミのその表情を晴らすためにも、ここで無理やり聞き出したい気持ちはあるけれど……残念ながらモノグは決して話してくれないだろうね」

「どういう意味だよ」

「そのまんまさ。モノグは基本面倒臭がりだけど、抱えたものは決して自分から手放したりはしないから。モノグが話せないっていうなら、ボクもモノグが話してくれるまで待つしかない」


 ちょっと歯がゆいけどね、などと言いつつ、レインは嬉しそうに笑った。何故彼がそんな表情を浮かべているのか、正直分からないけれど。


 ただ、彼の言う通り、俺は今の時点でレインにスノウとのことを明かすつもりはない。

 というか今の段階では分かっていることが少なすぎて話せないというのが正しいか。中途半端に相談してしまえばミスリードに繋がる可能性の方が高いし、そうなってしまえば余計に話がこじれて、面倒なことになるのは目に見えている。


「でも、なんだか嫉妬しちゃうな」

「え? お前が俺に嫉妬することなんてあるのかよ」

「モノグに嫉妬したわけじゃないよ」


 じゃあ何に。そう聞こうとしたが、その前にレインは勢いよくベッドから立ち上がり――


「っと、そろそろ時間だ。行こう、モノグ」


 そう、一方的に話を打ち切ってしまった。

 話は終わっていないと言いたいところだが、実際はもう殆ど終わっていたようなものだ。


 レインが何に嫉妬していたかは分からないけれど、現在のスノウのこと一つでもキャパオーバー気味だし、それ以上のことを抱えるには、それこそ荷が勝ちすぎてるというもの。

 俺もそれ以上追及することはせずに立ち上がった。

 

「ああ、そういえばモノグ。このあいだ噂で聞いたんだけどさ――」


 そのまま俺達は話を雑談へと切り替えつつ、部屋を出た。

 彼も何かを抱えているのかもしれない。けれど、やはりレインには、俺が彼に指摘を受けたような、“顔に出る”ような迂闊さは見られなかった。

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