魔術師は常に冷静であれ
01 攻撃術師の異変
冒険者パーティーにおける雑用係の朝は早い。
たまにガッツリ寝坊してレインに起こされている俺が言っても説得力は薄いが、早いったら早い。
理由は当然、その日の冒険の準備を行うためだ。
もちろん、前日の夜にやってもいい。忘れもしない、第18層攻略の準備を行ったのも、前日の夜だったしな。
ただ、雑用係ってのは大抵俺みたいにサポーターが兼任している。夜はそれこそアタッカーも多くて、中にはサポーターって分かると絡んでくる奴もいて――トラブルを避けるためにもそいつらがグースカ寝ている明け方に準備を進めるという者も少なくない。
俺の場合、最も重要な階層攻略の準備は前日の夜に、それ以外の依頼や素材集めで既に攻略した階へと潜る準備はその日の朝にと決めていた。
明け方だとやっていない店もあるから、万が一って場合も出てくるしな。
そういう訳で、この町では朝もそれなりに賑わう。それも一日の中で数少ない、サポーターが中心となった時間だ。
俺にもそれなりに同業の仲間――他パーティーでサポーターをやっている知り合いはいて、彼らとの情報交換もそれなりに有意義で楽しい時間ではある、の、だが……
「あれ?」
丁度、そんな知り合いの1人と世間話をしていると、市場の方へと向かう良く知った背中が視界に映り込んだ。
普段だったら絶対こんな時間にいない少女の姿が。
「悪い、俺行くわ」
咄嗟に話を打ち切り、彼女を追う。
後ろ姿しか見えなかったが、どこかその背中は危なっかしく見え、とても見て見ぬふりはできなかった。
彼女は出店の間を抜け、裏路地へと進む。
この先には魔術師用の道具を扱う店が幾つかあったはずだ。
その後を追い、様子を伺うと――彼女は店のひとつ、ガラス張りのショーケースに展示された魔道具をまじまじと見つめていた。
「うわぁ、これ凄い……って、値段も凄いッ!?」
彼女はそう叫びながらも懐から財布を取り出し、その中を見て――
「はぁ……」
大きく溜息を吐いた。
「ふーん……新しいロッドか」
「ッ!? モノグ!?」
「よう。レインじゃなくて悪かったな」
いつまでもコソコソしているのも変だったので、俺はあっさり姿を晒し挨拶をした。
彼女――我らがストームブレイカー唯一の攻撃魔術師、スノウに向かって。
対するスノウは、まるでお化けでも見たかのように驚きで目を真ん丸に見開いている。
「な、なんでアンタがここにいるのよっ!?」
「そりゃこっちのセリフだ。普段ならまだ寝てる時間だろ」
「それは……」
気まずげに俯くスノウ。
それでも彼女に視線の先には、先ほど子供のように目を輝かせて見つめていたロッドがある。
戦士にとっての剣、槍、弓――そういった有って当たり前の武器と同様に、魔術師にもちゃんと武器が存在する。
魔術師の武器の殆どは杖。ただし、歩行が不自由な人が使う補助具でなく、魔術の行使をアシストすることを目的とされている。
このショーケースの中にあるロッドもその一つだ。値段は確かに高い……が、驚くほどじゃない。魔術師用の道具は杖から衣服、勉強用の魔術書に至るまで高価な傾向があるのだ。
「でもなんでわざわざロッドを? お前、ちゃんとしたワンドを持ってるだろ」
「う……そうだけど……」
スノウは気まずげに目を逸らす。明らかに何かを隠している。
「まさか壊したか?」
「なっ……壊してないわよっ!」
スノウは腰に差していたワンドを付きだしてくる。なるほど、確かに破損の跡は見られない。
けれど、だからこそ、どうして彼女がロッドをああも物欲しげに眺めていたのか分からなくなってしまう。
彼女が使っているワンドは、俺がストームブレイカーへ入った時には既に使っていたものだけれど、劣化は見られず、それどころかかなり優良な代物だと思っている。
買い替えを検討するにはあまりに勿体ないとも。
「なぁ、スノウ。何か悩んでるなら、俺で良ければ相談に――」
「うるさい」
俺の言葉を遮って、スノウは歩き出してしまう。
「お、おい。どこ行くんだよ!?」
「うるさいったらうるさいっ! 宿に帰るだけよっ!」
あからさまに拒絶する彼女を俺は追うことができず、ただ見送るしかなかった。
情緒は若干不安定だが呆然自失といった様子ではないし、足取りもしっかりとしている。無理に追う必要は無いだろう――と思いつつも、やはり心配してしまう。
これが俺でなくレインだったら、彼女も少しは相談できたのかもしれない。想い人相手だと余計に弱みは見せたくないと反発する可能性もあるけれど。
「ロッドか……」
ショーケースの中に飾られたロッドに目を向ける。シンプルな装飾だが、見る者が見れば中々に優れた逸品だと分かる。値段は何度見てもそれなりで、俺の全財産ではとても届きそうにはなかった。
魔術師にとって武器はそれほど重要ではないという風潮がある。
切れ味を始めとして、武器の品質が直接戦闘力に直結する剣士たちとは違い、魔術師は杖に金を掛けたとしても、敵を攻撃するのは魔術だ。直接杖で敵を殴るなんてことはしない。
もちろん、だからといって当然全く無意味な訳でもない。杖には魔術の効果を高める補助的な役割がちゃんとあるし、それにいい杖を使っているということは魔術師に安心感を与える。魔術は精神状態と強く連動していて、術者が不安定な精神状態であれば、放たれた魔術もまた不安定になってしまう。
魔術師も人間だから、当然色々なタイプがいる。常に冷静で落ち着き払った奴、感情の起伏が激しい奴など。
スノウは感情の起伏が激しい方だ。上がる時はどこまでも上がるが、落ちる時はどこまでも落ちてしまう。感情をそのまま魔術に乗せる子だから、魔術にもその時のスノウ自身がはっきりと反映される。良い意味でも悪い意味でも。
――魔術師は常に冷静であれ。
そんな風潮が冒険者界隈、いや魔術師界隈に当然のように蔓延している。
魔術にムラなんか無い方がいい。だから、魔術師も常に冷静沈着で、感情に揺らぎを持たせるべきではない……と。
その風潮に当てはめれば、スノウは良い魔術師からは外れてしまうのかもしれない。
けれども、俺はそうは思わない。彼女の使う魔術は生き生きしている。
彼女と同じように笑い、彼女と同じように泣き――そういう、生き物のような表情を見せてくれるのが、攻撃・支援という違いこそあるが同じ魔術師の端くれとしてはとても愛らしく思えるのだ。
「なんて、俺が言っても気休めにはならないかもな……」
攻撃術師、支援術師……その2つの間にある溝は同じ魔術師という括りであるからこそ深い。
攻撃術師は常に敵を攻撃し、ヘイトを集め、死に至る可能性に晒されている。それに比べれば後方で味方の支援に徹する支援術師はずっと安全だ。
同じ魔術師なのにという感情が生まれてしまうのも、全く理解できないわけじゃない。
「はぁ……」
つい口から溜め息が漏れる。
スノウには、そういう支援術師に対する嫌悪感が無い。そう思っていた。
けれど、先ほどのあの反応……もしかしたらそれは見えていなかっただけなのかもしれない。
見ないようにしていただけなのかもしれない。
「やっぱりここにいるのは俺じゃなくて、レインであるべきだったな……」
魔術師同士だから分かる、分かってしまうことも多い。
俺はまたすぐにスノウと顔を合わせなければならないことを思うと、ついまた溜息を吐いてしまうのだった。
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