08[bonus] 今ある幸せを噛み締めて
一方その頃、ストームブレイカーの面々が泊まる宿屋の一室、スノウら女子組に割り当てられた部屋に、モノグ以外の面々が揃っていた。
そして何故か、リーダーであるレインが一人、正座をさせられている。他の3人に囲まれながら。
「レイン、何か弁明はあるかしら?」
そう、冷たい言葉を浴びせるのはスノウ。そんなスノウにレインはどこか夢見心地で、満足げな表情を浮かべている。
「……何ニヤニヤしてんのよ」
「だって、モノグかっこよかったんだもん」
普段、外では見せない柔らかく蕩けるような、“恋する乙女らしい”表情を浮かべるレイン。実に幸せそうなその姿にスノウは怒りを堪えるように口の端を引きつらせた。
「アンタ……自分が言ったこと忘れたんじゃないでしょうね!?」
「忘れてなんかないよ。抜け駆け禁止、でしょ?」
レインはスノウ、そしてサニィとサンドラを見てはっきりと言う。
「ならなんであんな……モノグに抱き着いたりしたのよ! ズルいじゃないっ!!」
「だってボクらは“男の子”同士だもん。ハグくらいするよ。普通のスキンシップだって」
スノウの責めるような口調にも一切怯まず、レインは満足げな表情を浮かべている。
そんな彼女の感情が爆発する前に割り込んだのは、意外にもサンドラだった。
「レイン、女の子じゃん」
相変わらず感情は薄いが、少しばかり怒ったような感情を滲ませるサンドラ。
そう、モノグや他の冒険者たちの認識とは異なり、ストームブレイカーのリーダーを務める双剣士レインの性別は女。
それを知っているのはこの3人の他は僅か数名程度でしかなく、当然モノグにも明かしていない。
「いいや、男だよ。スノウとサニィは当然覚えてるでしょ? 冒険者パーティーを組むときに決めたこと――ボクは男になるって。女の子だけのパーティーなんてどうしたって悪目立ちしちゃうしね」
「でも、レインはモノグ君のことが好きなのよね?」
「うん、大好き」
サニィの質問、いや確認にレインは戸惑うことなく頷いた。
「そんなの、みんなだってそうでしょ」
「っ……! そ、そうだけどっ!」
真っすぐ視線を向けられ、スノウは顔を赤く染める。
「不思議よね、いくら幼馴染とはいえみんな同じ人を好きになっちゃうなんて」
「サンドラは幼馴染じゃないけど、モノグ好きだよ」
そしてサニィ、サンドラも同調する。
彼女たちは同じ冒険者パーティーの仲間であると同時に、恋敵でもあった。
抜け駆け禁止というルールがあるものの、毎日水面下ではバチバチと火花を散らしている。
「ボクからしたらみんなの方が羨ましいよ。ちゃんと女の子としてモノグに接せれるんだもん」
「……そうね。レインが男の子のフリをしているのは私達の為だものね」
先程レインが言った通り、冒険者パーティーのリーダーを女性が務めているというのは、何かと悪目立ちをする。
気にしない冒険者が殆どとはいえ、変にからかってくる、もしくは下心丸出しで近づいてくる下衆な冒険者が存在しているのも事実なのだ。
だからこそ、彼女達は冒険者となる為に故郷を出る段階から対策を立て、3人の中で最も適性のあったレインがリーダーとして男のフリをすることになったのだ。
レイン本人もその頃はむしろ乗り気で、煩わしい恋愛絡みの話に振り回されずに済むと考えていたのだが――まさか彼女自ら、その恋愛に嬉々として飛び込んでいくことになるなど想像もしていなかっただろう。
男性をリーダーに、という意味ではモノグをトップに据えることも可能ではあるが、サポーターに対する現在の風当たりの強さを思えばそれも得策ではない。
その為、現状レインがリーダーを続ける必要があり、即ち男のフリを続けることも必要なのだ。
「ボクは、好きな人に男だと思われてるんだよ? 恋愛対象外……そういう風に見てもらえる可能性もないんだ」
「レイン……ごめん、アタシ……」
肩を落とし俯くレインに、スノウは強い罪悪感に襲われていた。
もしも自分が彼女の立場だったらと思うと、想像だけでも苦しくなる。
どういう言葉を掛けるのが正解なのか分からず、3人は黙って俯いてしまっていたが――そんな空気を吹き飛ばしたのは、やはりその空気を作り出した張本人だった。
「だから、ボクがモノグと同性ならではの熱いスキンシップを交わすのも、間抜けのフリしてモノグの匂いが染みついたベッドで眠るのも合法なのっ!」
「アンタ、そんなことやってたの!?」
彼女が故意にベッドを間違えているというのを、3人が初めて知った瞬間だった。
「ふふふ、モノグの匂いが染みついたベッドで寝るとさ……まるで彼に抱き締めらている感覚になるっていうか――控え目に言って最高なんだよねぇ」
「モノグ君に抱きしめられながら眠る……!?」
何を想像したのか、珍しくサニィが動揺を露わにしつつ狼狽える。スノウ同様、顔を真っ赤に染めながら。
「ボクは男だからね。寝る直前までベッドトークに花を咲かせるのも合法! 寝顔を堪能するのも合法っ! 寝ぼける彼を優しく起こしてあげるのも全部全部合法なのっ!!」
「ズルい……! サンドラも男の子になる……!」
「駄目だよ。これはボクの特権なんだから!」
自慢気に胸を張るレイン。挑発とも取れる態度に、他3人の胸中に渦巻いていた罪悪感はすっかり消し飛んでいた。
「何が抜け駆け禁止よ!? ちゃっかりとんでもない抜け駆けしてるじゃないの!!」
「あくまで男としてだよぉ」
「アンタそれ言っておけばいいと思ってるでしょ!? 全然良くないから!」
「ええ、良くないわね」
「良くない」
完全に罪悪感よりも嫉妬が上回った瞬間だった。
「でもさ、良くないなんて言うけど、それならボクだって言いたいことあるよ、サニィ」
「え? わ、私?」
「今日ボス部屋前でモノグに何かしてもらってたよね?」
反撃とばかりに、今度はレインがサニィを標的にする。
そしてその矛先を向けられたサニィは、彼女に突き付けられた言葉に動揺を露わにし、恥ずかし気に俯いた。
「それアタシも思ってた!」
「サニィ、完全に女の目していた」
「し、してないわよっ!? ただ弓の弦を交換してもらっただけ!」
「ふーん、弓の弦をねぇ?」
サニィの弁明を受けてもなお、納得しないレインは思いきり疑うように半目を向けている。
「ところでサニィ、随分弓を大事にしてるよね?」
「と、当然じゃない。私にとっては大事な商売道具だし――」
「それだけじゃないよね。サニィ、ずっと同じフレームを使ってるけれど、あれってモノグと一緒にカスタマイズしてきたからでしょ」
「う……!」
2つ年下の少女に言い当てられ、思わず怯むサニィ。
年長者だからこそしっかりしなければならない。そう思っている彼女にとって、そのささやかな拘りはあまり触れられたくないものだった。
「サニィ、アンタもしかして……あの弓をモノグとの子供とか思ってるんじゃないでしょうね?」
「うっ……!?」
「え、その反応マジなの!?」
「ち、違うの! 子供ってほどじゃないけれど、それなりに、大切にはしているというか、愛着があるっていうだけで、モノグ君とのこ、子供なんてそんな……!」
年上としての尊厳を見事に崩されつつ、涙目で唸るサニィ。
そんなサニィを見て、静かにしていたサンドラが立ち上がった。
「羨ましい」
「サンドラ?」
「サンドラもモノグに子供作ってって頼んでくる」
「ちょっ、サンドラ!?」
「それは抜け駆けなんてレベルじゃ収まらないないわよっ!?」
突然そんな物騒なことを言いだしたサンドラをレインとスノウが慌てて止める。
そんなこんなで度々攻守を交代させつつも、一同は賑やかな時間を過ごしていた。
夜が明ければまた彼女らは、ダンジョンへと向かうことになるだろう。
冒険者に安息は無い。今日死線を潜り抜けたとて、明日、今日以上の死線が待ち受けているかもしれない。
だからこそ、彼女らは今日という日を懸命に生きる。
後悔が無いように。自分たちの勝ち取った“今”を噛み締めるように。
いつの日か、ダンジョンの最奥へ。
誰も見たことの無い栄光を手に入れるまで。
彼女たちは、彼らは――ストームブレイカーは走り続ける。
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