07[epilogue] 追放されるその時までは

 “ダンジョンハイ”なんて言葉がある。

 ダンジョンに潜っていてアドレナリンという頭を色々麻痺させる麻薬が出まくって、ハイになってしまうという現象だ。

 時に疲労も無視して頑張れるというメリットはあるが、それはそっくりそのままデメリットとして返ってくる。

 限界を超えたせいでいきなり電池が切れ、倒れてしまうなんてことも起こりかねない。



 倒したドラゴンの死骸を解体し、手に入れた良質な素材を【ポケット】にしまった後、第19層の入り口、ワープポイントへと着いたころには、そんな熱もすっかり冷め、俺達は全員満身創痍を自覚していた。

 正に、俺達は全員揃いも揃ってダンジョンハイに罹っていたというわけだ。


 魔力切れ、疲労、あと精神的な緊張から解放されたという色々な要因がそれぞれに重くのしかかり、当然これ以上探索も何もできそうになかったので、俺達は少しばかり休憩した後、地上へと帰ることにした。

 ありがとう、ワープポイント。ありがとう、ワープポイントを設置してくれた古代の親切な人。




「あー、お風呂入りたーい!」

「そうねぇ、サンドラちゃんも行く?」

「うん」


 地上に帰った後、女性陣はそんならしい会話をしつつ、銭湯へと向かった。

 お風呂か……いいなぁ、俺も行きたくなってきた。けれど、先に別の仕事が浮かんでしまったのでそれは後回しだ。


「レインも先に風呂なりなんなり休んでてくれ。俺、ギルドにドラゴンとドラゴンが空けた穴のことを伝えてくる」

「あ、そっか。18層より下にはあのドラゴンが突き破ってきた穴が空いてるってことだもんね」

「ああ。安易にショートカットできるようになった、なんて考える馬鹿が出てこないとも限らないしな」


 ギルドというのは冒険者パーティー同士、または冒険者へ依頼をしたい人を繋ぐ役割を果たす組織だ。

 素材を売る以外に、依頼者の悩みを解決することで謝礼を貰うというのも、冒険者として稼ぐ手段の一つだ。


 まぁ、そんなパーティー間を繋いでる存在だからこそ、注意喚起や穴を塞ぐ対応などをお願いするにはギルドが一番適した場所だろう。


「ボクも行くよ?」

「馬鹿、もうそんな気力ないだろうが。リーダー様はのんびり休んでてくれよ」

「でもモノグだって……」

「でもも何もあるか。俺はお前たちが守ってくれたからまだまだ元気さ」


 なんて、支援魔術を限界まで酷使したんだ、今でも気を抜けばぶっ倒れてしまいそうではある。

 けれど、レイン達に散々カッコいいところを見せられたんだ。俺もそんな彼らにくらい見栄を張っていたい。


 レインは少し渋った様子を見せた後、観念したように頷いた。


「ごめんね、モノグ。迷惑かけて……」

「気にすんな。お前らを支えるのが俺の仕事だろ?」

「……うん、ボクらはモノグがいないと駄目駄目だもん」


 それはあまりに自分に対して過小評価すぎる。そして俺に対して過大評価すぎる。

 レインだけじゃなく、ストームブレイカーの面々に足りないのは自信だ。特にレインなんて今回ドラゴンを屠った立役者だっていうのに。


 けれど、そんなことを考える反面、どうしても嬉しいという気持ちは湧いてしまう。

 アタッカーを支えることこそサポーターのいる意味。

 彼からの評価は、それこそサポーター冥利に尽きるって話だ。


「守ってくれてありがとな、レイン」

「守るよ、何度でも。それがボクの役目だ」


 レインが拳を突き出してくる。ちょっと気恥ずかしいが……まぁ、いいか。今はそういうテンションだ。


 俺も拳を突き出し、彼に応えるように合わせた。

 そして、レインはそれでいったい何人の女を落としたんだと聞きたくなるような、無邪気で、無防備で、蕩けるような笑顔を浮かべた。




 それからレインと別れ、ギルドで事のあらましを説明して対応を任せた後、ようやく帰路へつく。

 無駄に書類を書かされたせいで、日もすっかり暮れてしまった。実際、あまり手間のかかるものでは無かったが、ついウトウトしたり、対応してくれた受付さんとの会話に花を咲かせてしまったせいだ。眠い。


 そんなこんなで、俺は1人、賑やかな夜の町を歩いていた。目指すは当然宿だ。風呂は……明日入ろう。さすがに明日はオフだろうし。


 この町の夜は結構賑わう。昨日の俺達みたいに酒盛りに勤しむ冒険者も多いし。

 けれど俺も1人で飲む趣味はないし、仲間たちもダウンしているだろうし……普段なら打ち上げでもしたんだろうけれど、それもお預けだな。


 普段なら、賑やかな中を1人で歩いていると、妙な寂しさというか虚しさというか、そういう感情に襲われるものだが、不思議と今日はそれがない。


 今日、俺達は死線を潜り抜けた。こうして生きていられるのは、5人全員がそれぞれの役割を全力で果たした結果に他ならない。

 世間じゃサポーターは不要という流れになっている。俺も少し流されつつあった。サポーター、大変だし。


 でも、もしも今日俺がいなかったら、レイン達は無事では済まなかったかもしれない。俺がいた意味も、そういう意味ではしっかり有ったってことだ。

 何とも現金な話だが、普通に嬉しい。


「……もう少し、しがみついてみるか」


 元々、なりたくて冒険者になったんだ。しんどいからって自分から匙を投げるべきじゃない。

 もしもレイン達が俺が不要だと、クビだと言い渡して来たら、きっとそれが足を洗うタイミングだ。


 だから、彼らがそういうことを言ってこない内は、俺も冒険者でいよう。

 それこそ許されるのであれば、かつて抱いた夢――ダンジョンの最奥へと辿り着くまで。


 前人未踏の偉業。それをよくて中堅パーティーである俺達が夢として抱くのは分不相応かもしれない。

 けれど、俺はきっと、ストームブレイカーならばいつかそこに手が届く。


 初めて彼らと出会った時と変わらない、あの頃の想いを再燃させつつ俺は夜の街を走る。

 妙な高揚感に、とてもじっとなんてしていられなかった。

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