06 ストームブレイカー

 ドラゴンが鋭い牙の生え揃った口を大きく開く。

 遠く離れながら、俺に向けられたその喉の奥から何かが湧き上がってくるのを目視した瞬間、俺は咄嗟に真横へ大きく跳んだ。


 次の瞬間、凄まじい轟音と共に、先ほど俺が経っていた場所が焦土と化す。

 瞬きするほどの一瞬。爆発などという生易しいものではない。例えるなら雷が真横から飛んできたみたいな感じだろうか。


(魔術で防御、なんて選択肢が一瞬でもチラついたら死んでたな……)


 正直ちびりそうなくらい恐ろしいが、それでも自分に鞭を打ち、第二波に備え立ち上がる。


 今の俺は殆ど丸腰に近い。というのも、支援魔術の内の1つ、防御魔術を発動することができないのだ。


 理由は2つ。支援フィールド【エンゲージ】の最大効果を引き出すために、そちらにキャパシティの殆どをつぎ込んでいること。そして、それでも余ったキャパシティもまた、アタッカー達に掛けているということ。

 今の俺はとても自分の為に魔術を行使する余裕などない、ただの足がついたカカシだ。


 けれど、そのおかげで判断を迷う手間を省けた。受け止めるという選択肢が無ければ逃げるしかないのだから。

 仮にキャパシティ的に問題無く、反射的に受け止めるという選択を選んでいたとしても俺に受け止められるパワーじゃなかっただろう。防御魔術ごと打ち貫かれていたに違いない。


 結果、選ぶことができない崖っぷちの状況が、逆に俺を救うことになった。なんとも皮肉に思えるけれど命あっての物種だ。


「とにかく、第一関門は突破だな……!」


 俺を仕留められなかったことに気が付いたドラゴンが、ゆっくりとこちらへと歩み寄りながら再び雷のようなブレスを放つ為、照準を合わせてくる。

 しかし、それが再び放たれるその前に――


「ハァァァアアアアッッッ!!!」


 ドラゴンの側面からサンドラが飛びかかった。


 空中で自身を軸に、風車のように回転しつつドラゴンに迫るサンドラ。

 勢い任せ、力任せに叩きつけられた大剣の刃がドラゴンの脇腹を叩く。


――グぅ?


 が、ドラゴンは一切痛みを覚えた様子はなく、むしろ虫でも止まった程度の違和感くらいしか感じていなかった。

 実際その鱗には1ミリ程度の傷さえも作れておらず、一見サンドラの攻撃は全くドラゴンに通用しないという結果に終わった――かに見えるだろう。


 けれど、俺の目にはハッキリと視えている。

 ドラゴン自身気が付かない内に、一歩、俺達が勝利へと近づいたという証が。


「サンドラ、その調子だっ!!」

「うんっ」


 俺の言葉にサンドラは頷き、そしてすぐさま大きく後方へと跳ぶ。ドラゴンが尻尾で薙ぎ払いを仕掛けたためで、彼女の早い反応もあり難なく回避できていた。


 そして間髪を入れず、今度はサンドラとは逆サイドに立ったスノウが、手に持った指揮棒のようなワンドを振るう。


「喰らいなさい! 【ダイヤモンドボルト】ッ!!」


 杖先から鋭い冷気を纏った稲妻が放たれ、ドラゴンの身体を撃ち抜いた。

 スノウが得意とする氷結属性の攻撃魔術。その威力はこの階層の魔物達を一瞬にして氷漬けにするほどだけれど、ドラゴンの身体には一切、冷気の欠片も届いていない。

 おそらく、あのドラゴンは冷たいとさえ感じていないだろう。しかし、それでいい。


「今度は私よっ!」


 そして、俺とはドラゴンを挟んだ反対側、やつが上がってきたであろう大穴の向こう岸に立ったサニィが弓を絞る。


「【シャイニング・シュート】ッ!!」


 武器による攻撃を自身の魔力で増強させる武技、“アーツ”と呼ばれる技を放つ。

 眩い光を放ちながら飛ぶ矢は、その派手な見た目に恥じぬこと無い破壊力を有している――が、これもドラゴンの身体に触れた瞬間、まるで最初から飛んでいなかったみたいに勢いを失い、弾かれた。


 さすがのドラゴンも殆ど全く痛みが無い状況に困惑しているように見えた。魔術も、アーツも視覚的には相当に派手だ。本来であれば破壊力だって見た目に恥じない威力を有している。

 もちろん、アレは魔物。人のような理性が備わっている筈もない。しかし単純な思考をしているからこそ、攻撃を受けている筈なのに一切ダメージが入ってこないという違和感を無視できない。


「みんな、確実に効果は有る! 反撃を喰らわないよう気をつけろよ!」

「当然だよっ、モノグ!」


 そして、正面。俺とドラゴンの間に立つのはストームブレイカーのリーダー、レイン。

 器用に両手で双剣を回し、軽やかに、それでいて風のように素早くドラゴンとの距離を詰める。


「【風牙】!」


 わざわざドラゴンの視界を切り裂くように、刃を叩きつけるレイン。

 ドラゴンも無視は出来ず、だからこそその攻撃による衝撃が一切襲ってこないことに戸惑う。


 レインが気を引けばサニィが矢を放つ。サニィに意識が向けばサンドラが大剣を叩きつけ、サンドラに反撃しようものならスノウが魔法を浴びせる。

 視覚的には派手ながら、それでも相変わらず全く体に影響がない――こういうのはアレだ、レインの剣の師匠の国の言葉を借りるのであれば、“狸に化かされた”とでも言うのだろうか。


 本来正面から、馬鹿正直に戦えば苦戦は必至。それこそ誰か犠牲となってしまうかもしれない。

 圧倒的な力の差。個々の強い・弱いではない、ドラゴンと人、その生物としてのポテンシャルの差は先ほどの初撃を見れば全員が感じたことだろう。


 今、ドラゴンは俺達を測りかねている。混乱し、正常で冷静な判断ができていない。

 痛みを与えれば逆上するだろう。恐怖を与えれば緊張し、本気になるだろう。

 だからこそ、それを与えてはやらない。


 お前は俺達の力を知らないまま、困惑し、油断したまま、死んでいくんだ。


「よし、貯まった……!」


 今、俺の目にはある数値が見えている。そして、その数値は目標へと積み重なった。


 支援術師は戦闘を有利にするために、独自に敵の分析を行う魔術を持っている場合がある。

 例えば敵の強さをオーラの色とやらを見て判別する者がいれば、レベルという概念で分類する者もいる。


 俺の場合、敵の体力を数値化していることができる。これを俺に教えた師匠は“HP”などと呼んでいた。

 基本、このHPというのは不思議なもので、部位の破損、出血量などに関わらず、このHPが無くなった生き物は死に至ってしまう。


 刃も刺さらない、魔法も弾かれる――そんな敵であっても、剣で叩くことで、魔法をぶつけることでHPが1でも減らせれば、いつかその蓄積で殺すことができる。

 まるで致死毒が知らず知らずのうちに全身を侵すように。


 そして、そのHPを削るのに特化しているのが、今俺が仲間たちに付与しているもう一つの支援魔術【アキュムレート】だ。

 【アキュムレート】は発生する攻撃エネルギーを敵の身体に全て蓄積させる。

 実際の物理的なダメージは消え失せ、斬られたのに斬られていないといった五感と結果が矛盾する現象を引き起こす。


 ただし、そのダメージは確実に敵の身体に貯まっていっている。そして、そのダメージを爆発させる契機は――


「レインッ!!」

「任せて、モノグッ!」


 スノウ、サニィ、サンドラがドラゴンから大きく距離を取る。

 そして、彼女らとは反対にレインは1人、ドラゴンに突っ込んだ。


「【アキュムレート】解除……【バースト】ォッ!!」


 4人に掛けていた支援魔術を剥がし、生まれたキャパを新たな支援魔術に割り振る。今度はレインただ1人に。


「レイン、やっちゃいなさい!」

「お願いっ!」

「頼んだ……!」


 仲間たちの応援を受け、そして俺の支援魔術を受け、レインの身体がその勢いを増す。


「ボクの、みんなの全てを乗せる……【嵐破爆砕刃】ッッッ!!!!」


 勢いと、技と、想いの全てを乗せた、双刃による一閃。

 俺の【バースト】を最大限活かすために、レインが編み出した必殺技――それがドラゴンの身体を穿つ。


――ウゴォォォアアアアア!!?


 ドラゴンが咆哮を上げる。最初とは違う、聞いているこちらの胸が締め付けられると錯覚するほどに悲痛な、苦悶の声だった。


 【バースト】は【アキュムレート】で貯めたダメージを一気に放出する魔術。

 そして、その最終的なダメージは貯めたダメージに、【バースト】によって放った一撃のダメージを掛け合わせたものになる。

 4人が稼いだダメージを、レインの全てを込めた一撃が増幅し――その積み重ねは俺達の前に立ちはだかった強大な壁――下層からの侵略者を討った。


 俺達は全員、その巨体が地面に倒れていくのを呆然と見ていた。

 俺は、ドラゴンに表示された数字が0を示しているにも関わらず、なんというか、実感として受け止められなかった。

 けれど、段々と麻痺していた感覚が戻ってきて、加速度的に熱が沸き上がってきて――


「やった……」


 声が漏れた。無意識の内に漏れていた。


「勝った……勝ったんだ……!!」

「やったぁぁああ!!」


 一番最初に高らかに吼えたのは我らがリーダー、レイン。それに仲間たちも続き、勝ち鬨を上げた。


「やったぁ! やったよ、モノグーっ!!」

「うわっ!?」


 興奮からか、何故かこっちに突っ込んできて、勢いのまま抱き着いてくるレイン。

 彼は華奢だが、前線で戦うゴリゴリのアタッカーに比べれば、サポーターってのは遥かにひ弱なもので――俺は受け止め切れるわけもなく、勢いに押され地面に倒れた。


「いってぇ……」

「ボクたち勝ったんだ! ドラゴンだよ、ドラゴン! 子どもの頃からずっと御伽噺の中だけの存在だったドラゴンにっ!」

「そ、そうだな……」


 興奮して顔を擦り付けてくるレイン。

 男同士でこういうことをやる趣味なんか無いのに……っていうか、なんでコイツ汗臭さと別に妙にいい匂いがするんだよ……!?


「レイン、離れるっ!」

「痛っ!?」


 俺を押し倒し、覆いかぶさったままのレインをスノウがどけてくれた。雑に、足で。


「アンタね……勢いに乗って何やってんのよ!」

「別にいいじゃんか、こういう時くらい」

「駄目よ! こういう時でもどういう時でもっ!」


 レインがスノウに怒られている。

 多分、想い人が野郎に抱き着いているのに嫉妬しているんだろう。スノウは乙女だからなぁ。


「ん、モノグ」

「サンドラ……ありがとう」


 そして、続いてやってきたサンドラが小さい手を差し出してきてくれたので、俺はその手を掴み立ち上がる。


「お疲れ」

「サンドラこそ。いい攻撃だったぞ」

「うん。でも、次はバースト任せてもらえるよう頑張る」


 サンドラは意気込むように胸の前で拳を握る。サンドラのレインに対する剣士としての対抗心は、最後の一撃を任せてもらえるかどうかという形にシフトしているようだ。

 脳筋感はあるが、冒険者としては実に健全な思考だ。


「モノグ君、お疲れ様」

「サニィも。弓、調子良さそうだったな」

「うふふ、分かった?」

「ああ。俺には蓄積ダメージが数字で見えるからな」


 そして一番遠くにいたサニィも合流する。

 俺が言った通り、サニィは弓の弦の交換がばっちりはまったみたいで、中々いいダメージを弾き出していた。


「さすが、良い値段しただけのことあるよ」

「そうね、でも性能とか以上に、きっと気持ちが乗ってくれたから」

「気持ち?」

「ええ」


 サニィはほんのりと頬を紅潮させつつ、弓を抱きしめるように抱えながら微笑んだ。

 レインにいいところを見せようと張り切っていたというところだろうか。年長者として落ち着いていることが多い彼女にしては珍しいかもしれない。


「ちょっと、サニィ!」


 どこかほんわかした空気が流れていたのだが、何故かそこにもスノウが割り込んでくる。


「アンタ、さり気なく抜け駆けしてんじゃないわよ……!?」


 スノウは小声で囁くように言っていたが、俺の耳にも届いてしまった。

 しかし、サニィは俺と話していただけだ。抜け駆けも何もないだろう。


 いや、もしかしたらスノウは、サニィがレイン攻略の為に俺を味方につけようとしたなんて勘違いしているのかもしれない。

 けれど、俺ごときにレインとの関係向上なんていう大役が務まるなんてとても思えないんだよなぁ。


 つい苦笑してしまう俺だが、しっかりスノウの耳に届いてしまっていて――彼女は顔を真っ赤にしてこちらを振り向く。


「ちょ、モノグ……もしかして、聞いてた?」

「ああ、抜け駆けがどうとか」

「う……!!?」


 かあっとスノウの顔が耳、首まで真っ赤に染まる。相変わらずこういうところは初心だな。普段はツンツン強気なくせして。


「ぬ、盗み聞きしてんじゃないわよ、バカぁ!!」


 そして、ドラゴンの亡骸が倒れる広間に、スノウの涙交じりの怒号が響き渡った。


 先程まで死線を潜っていたとは思えない、なんとも弛緩した空気だけれど――やっぱりこの和気あいあいとした感じが俺達らしくて、なんだか勝ったって実感よりも、生きてるって感覚の方が強くて、俺は――いや、俺達は腹の底から笑い合った。

 互いの健闘を、勝利を讃えるように。

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